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鉄拳の騎士  作者: sui
第十四話 因果はまるで暴風のように
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第十四話 3

 その日の放課後。

五人は昼休みに出来なかった情報収集に関するミーティングをするため、学校最寄りの駅まで歩きながら議論を交わす。


「とりま歩きながらだと落ち着かねーべ?一旦ファミレスとかで座らね?」


「……おう、そうだな……」


 昼の一件を引きずる晃の声には元気がない。

自分の行いを反省しながらも、心のどこかで何かが引っ掛かり燃え続ける苛立ちに苛まれる。


「こういうのって、あんまり他人に聞かれるようなロケーションはまずくない?食堂だってホントは良くないでしょ」


 一方、賢治は宏の適当な提案を諫めた。

地味ながらも、この五人の中では麗華の次に冷静な考えが出来る人材だ。


「そうね。情報収集用の機材があって外部の人間を巻き込まないロケーションが好ましい……の、だけれど……」


 情報収集と秘密の会議。

両方を済ませる事のできるロケーションは麗華の頭の中にはひとつしかない。

ちらりと亜由美の方を見ると、麗華の意を汲みながらも下心を隠さない笑みで見つめ返してくる。


「ムフ、ムフフフフ……そんなの私の家くらいしかないじゃないですかぁ……ママに羽黒さんを紹介しておきたいところでもありますしぃ……ムフフ……」


「…………他に、手はないから……ね……」


 それしかないとはわかっていても、心底気乗りしない。

男衆をまったく勘定に入れず妄想に耽る亜由美に先行きの不安を感じ、麗華は深いため息をついた。


「悪ぃが、そのミーティングはまた今度に延期してもらおうか」


 歩いていた一同が駅に着いた時だった。

後ろから聞こえてきた男の声が、一方的に彼らの集いを中止させる。


 一同が振り返った先に立っていたのは、背の高い中年男性。

ヨレヨレのワイシャツにはネクタイを絞めず、四十代ほどに見える顔に無精髭、頭に癖毛のボサボサ髪を生やし、タバコ臭い口には不信感を煽る薄ら笑いを浮かべる。


「えっ誰ぇ?」「さぁ……?」「亜由美チャンの知り合いかヨォ?」「し、知りませんよこんな変なおっさん……」


 不審な男性に話しかけられた一同は誰の知り合いかとそれぞれの顔を見合わせるが、皆心当たりがなくただ困惑する。


「テメェ……!!何のつもりだ、船橋!!」


 晃だけを除いて。


「よぉ、久しぶりだな晃。お婆さん元気か?」


「テメェに構ってる暇も用事も無えんだよ!失せろ!!」


 ただ一人、この男と面識があるらしい晃は抑えていた苛立ちを解き放ち食ってかかる。

船橋と呼ばれた男はチンピラ仕草に怯むことも無く、慣れた様子で晃の怒りを軽くいなす。


「お前に無くても俺にはある。こっちとしてもお前のツラなんて二度と見たくなかったんだが、これも仕事なんでな。ついて来てもらうぜ、重要参考人」


 顔を見ただけで沸騰する晃と、嫌味を隠さない態度の船橋。

この二人の間にある関係が最悪であることは、何も知らない四人にも理解できた。


「ふざけんな!テメェの世話になるような事なんざもうやってねえんだよ!」


「高校に上がって丸くなったって話はマジらしいな、少しはマシなツラになったじゃねえか……〝昔はオレもヤンチャしてたが、今はもう落ち着いたもんだ〟ってな。そういう事言いそうなツラしてるよ、お前は」


「な……何が言いてえ」


 晃が掴み掛かろうと距離を縮めると、船橋の声色が急に柔らかくなった。

曰く過去より柔らかくなったというと晃の顔つきを誉め、頭を撫でる。

船橋の優しさを不気味に思った晃は一瞬、怒りと伸ばす腕を止めてしまう。


「お前みたいなクソガキが大人になって、勝手に過去を清算したつもりになって、勝手にいい思い出にして懐かしむクソ大人になった時によく言うセリフだが……テメェはまだそうじゃねえよなあ!?」


 無論、見せかけだけの穏やかさは前振りに過ぎない。

一瞬の油断を突いて晃の髪を掴み上げ、寄せた顔から出る言葉は威圧に早変わりしていた。


「逃げようったってそうはいかねえ、今入ってる仕事の引き金はテメェなんだよ。ウダウダ抜かさずにツラ貸しな」


 自分がなんらかの騒動の引き金になったという事実に、昼の騒動を思い出す。

何も悪さをしたつもりはないが、それはあくまで最近の話。

過去に置いてきた喧嘩の日々がまるで暴風のような勢いで追いかけ、かつて自分がそうしたように逃しはしないと殴りかかってくる。

そんな感覚に襲われた晃は言葉を失ってしまった。


「あの!!……すいません、どなたか存じませんか、その手を離してあげてください」


 晃と船橋の重苦しくて乱暴な空気を断つべく、麗華が声を上げた。

船橋の持つイヤな大人の空気にたじろいでいた残りの三人も麗華に続き、一歩前に出る。


「あぁ?……ほぉ、成程な。この様子だと確かにお前は変わったらしい」


 四人の高校生の視線には船橋の行為に対する明確な抗議、そして怒りの感情が乗せられる。

晃の為に怒る友がいる。船橋の知る昔の晃には無かった、明確な違い。

見せかけではない本物の感心を受けた船橋は、ようやく晃の髪から手を離した。


「驚かせちまったか?悪ぃ悪ぃ。俺は嘉地鬨警察署、生活安全課所属の船橋 徹(ふなはし とおる)ってもんだ。早い話が町のお巡りさんだな」


 威圧の空気が解け、胡散臭さだけが残った船橋は胸ポケットから警察手帳を取り出して一同に見せびらかす。

国家に属する者とは思えない人柄の船橋から出た言葉と手帳に、一同はどよめいた。


「オマワリにしちゃガラ悪すぎんだろうがヨ……」


「サツにもピンキリいるんだよ、俺がキリってわけでもねえけどな」


 小声でぼやいた声も決して聞き逃さない。

まさか聞かれて返事までされるとは思っていなかった宏は船橋の底知れなさにゾッとした。


「晃くん、やっぱり警察の知り合いがいたのね……」


「仲のいい奴はいないって言ったんだ。こいつと俺、仲良しに見えるか!?」


「おいおい、俺たちゃマブダチみてえなもんだろうが。なんせお前が10歳の頃からの腐れ縁だ」


「ふぅん、マブダチ……」


「こいつの言う事をいちいち間に受けるんじゃねえ!!」


 船橋の登場は、麗華にとって晃が先日見せた思わせぶりな態度の答え合わせ。

最初に見せた険悪なやり取りからは、とても情報を仕入れる先に使えるとは思えなかった。

しかし相当な確執があったであろう晃に対して、冗談嫌味皮肉込みだとしても友人と行ってのける船橋には、外から一口に言うことのできない関係があり

実際の所そんなに仲は悪くないのでは、などと麗華は想像を走らせる。


「と、なると……もう7年前になるか。お前と関わる羽目になった最初の事件はよ」


「10歳の頃ってお前……そんな歳からオマワリの世話になってたのかヨォ!?」


「7年前……!?」


 船橋の暴露に対する友人達の反応は、三者三様。

晃の悪童としての覚醒の速さに驚き呆れる宏と、7年前の事件という単語に眼を丸くする賢治。


「そいつが現れたら最後、何もかもをぶち壊して誰もかもを殴り倒す。誰が呼んだか〝嘉地鬨の災害小僧〟……あの当時の有名な話ですね、まぁ私は知ってましたけど」


 そして情報通である亜由美だけは、晃の過去をある程度把握していた事を得意げに語り出す。


「で、だ。悲しい事に今追ってる仕事にこの野郎の名前が出てきちまってだな、事情聴取しなけりゃならん。今日はこいつ抜きで遊んでくれ、じゃあな」


「痛ってえな!!分かったから引っ張んな!!」


 説明すべき事を粗方話し終え、早々に連れ去るべく晃の右腕を掴んだ船橋。


「待ってください」


「だから引っ張んのやめ……え?」


 その様子を見て反射的に晃の左腕を掴み、連れ去りを阻止する麗華。

晃の両隣は一瞬で船橋と麗華の掴み合い、睨み合いの場へと姿を変えた。


「いくら警察のやる事とはいえ、納得できるものではありません」


 警察とコネクションを作るきっかけを逃すわけにはいかない。そう思って行動を起こしたはずだった。

しかし晃を乱暴に連れて行く船橋の姿を見ていると無性に腹が立ち、無意識のうちに声に怒気が混じってしまう。


「おい!やめとけ羽黒!お前までポリ公にツバ吐くこたぁねえだろ!こいつらめんどくせえぞマジで!!」


「珍しくいい事言うな、晃。こんなしょうもねえ所で公務執行妨害なんざ使いたくねえし、警察には守秘義務ってモンがあるからあんたが納得できるような話は何も……ん?」


 こんな形で警察に関わっても碌なことがない、それは晃も船橋も同意見だった。


「今羽黒っつったか……あんた、もしかしてハグロレイカさん?」


「ええ……それが何か?」


 船橋は適当に国家権力をちらつかせて追い払おうとしたが〝羽黒〟という単語に思い当たるような仕草を見せ、首を捻る。


「こりゃ有り難え、仕事の手間がだいぶ減るな……『羽黒コーポレーション御令嬢の』羽黒麗華さんよ、あんたはこいつと一緒に来た方がいいかもな?」


 麗華の正体を知るや否や、麗華を軽視していた船橋の顔色が変わった。

羽黒コーポレーションの存在をわざとらしく強調し、晃と一緒に来る事を要求する。

警察という一般人より特殊な情報が入る環境においてこの発言は羽黒コーポレーションの後ろにあるもの――即ち、特防省やJRICCの存在を把握しているという事。

彼の今追っている仕事は、その力を必要としている事を表していた。


「……わかりました。行くわよ、晃くん」


「物分かりが良くて助かるね……行くぞ晃。近くに俺の車停めてあっからよ」


「てめぇら、せめて手は離せよ!俺は連れ去られる宇宙人かあ!?」


 利害の一致を察した麗華と船橋は、察しの悪い晃を引きずるようにして駅前ロータリーに停めてある船橋の車へと消えていった。


「オレっち達、まーた置いてけぼりになっちまったナ……」


 思惑と戦いの気配に流され、気がつけば一般人達はまた日常に取り残される。

晃と麗華に協力できるつもりだった三人の友人は、どうしようもない戦士達との壁を前にして呆然と立ち尽くす。




「車ン中には先客待たせてんだ。今回警察に相談持ち掛けた依頼人だ……晃、ちゃんと挨拶しとけよ」


「あぁ!?それ俺に関係あんのか!?」


「あるから言ってんだよ……さて、お待たせしました。連れてきましたよ、あなたの言う〝元凶〟をね」


 船橋が車の後部ドアを開け、晃の身体を強引に押し込んで中にいる人物に対面させる。


「あ……!あなたに……責任取ってもらいたいんです!!」


 後部座席に座り、怯えた顔と強い意志を秘めた声をもって晃を指差したのは中学の制服を着た女子、晃達が昼間見た顔。

歌室真吾を連れ戻しに嘉地高にやってきた女、里奈だった。


「シンちゃんがおかしくなったの、あなたのせいなんだから!!」

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