幕間2 3
「今日は本当にありがとうねえ。もう大丈夫だよ」
時刻は閉店一時間前。
ピークの時間が過ぎ、客もいなくなり始めた頃。
飛び込みの従業員達に紫織が声をかける。
「いいっていいって!まだ仕事あんべ?オレら家帰ってもヒマだしヨー!」
「店閉めの作業とかあるっしょ?せっかくだしボクも最後までやるよ」
「なんせ私は最強のウェイトレスですからね!フッフン!フンス!!」
遠慮する紫織だったが宏、賢治、亜由美の三人は閉店まで残る気配を崩さない。
「へっ……物好きな野郎共だよ、勝手にしな」
晃も特に三人を止める様子もなく、すっかり機嫌を良くしながら悪態をつく。
短い時間だったが、あの空間が誰にとっても心地の良いものであった事の証明だ。
「閉店までいるのかあ……」
しかし、そんな微笑ましい空気を苦々しく思う影が一つ。
店の戸を少しだけ開けて中を覗く麗華だ。
客が少なくなる頃には三人は帰ると読み、頃合いを見て店を訪ねたが予想は大外れ。
このまま入店すればバカ三人に茶化される事は容易に想像できる。
「うう……お腹減った……」
しかし麗華の空腹はもう限界で、今すぐあきかぜの美味しいご飯を味わいたいと心が叫び声を上げる。
理性と本能の衝突は麗華が本来持つ鋭敏な感覚を鈍らせた。
背後に迫る影の察知すら出来ないほどに。
「やあ」
「うわああああああっ!!??」
突然聞こえてきたのは母の声。
予想だにしない不意打ちに驚いた麗華は、大声を響き渡らせてしまう。
店内全員の視線が、戸の外に集中する。
「その声は……羽黒さ〜ん❤いらっしゃいま〜せ〜❤」
真っ先に反応したのは亜由美。
飛び出して勢いよく戸を開け、状況などお構いなしに愛しの麗華にハグをする。
「お兄ちゃんこんばんわ!ご飯食べに来ちゃった!」
「こんばんわ」
店の外には仰天する麗華と、その横をすり抜けて入店する蘭。
そして晃達にとっては知らない女、棗が立っていた。
下はジーンズ。上はTシャツにカーディガンを羽織っただけという、身分を感じさせない服装。
特に〝牛乳淑女〟と前面に大きくプリントされたTシャツを見て、彼女が羽黒コーポレーション社長婦人であると気づく人間はいないだろう。
「あら、いらっしゃい。どうぞ(牛乳淑女……?)」
「なんだ妹も一緒かよ、デケェ声出してねえで入れ。そんでそっちは……(なんだ牛乳淑女って……?)」
「ほほぉ、こちらがウワサの羽黒氏の妹さんと……お姉さん?(牛乳淑女ってなんぞ……?)
「ウォッ!?ゲロマブ美人!!?(の胸に牛乳淑女……?)」
店内全員の視線が自分(正確には着ているバカTシャツ)に向いている事に気づいた棗。
自己紹介の必要があると判断し、少し考える素振りを見せた後動き始めた。
「れいちゃん、と」
まずは亜由美が引っ付いたまま絶句する麗華の方に指を指す。
「らんちゃん、の」
その次はひと足先にテーブル席に座り、店内一同を笑顔で見つめる蘭に指を差す。
「母」
「「「母ァ!!??」」」 「お義母様❤」
表情の薄い自らの顔を最後に差し、自分が何者であるかを簡潔かつ少ない言葉で説明した。
男衆は突然の母親登場とその口下手っぷりに驚愕し、亜由美は大好きな麗華の母との遭遇をただ歓喜する。
「か、母さん……!!」
ようやく思考が追いついた麗華は解釈のおかしい亜由美を力づくで引き剥がし、突然ここに現れた意味を問いただすべく店内に踏み込んだ。
「なっちゃん」
仏頂面で自らを指差したまま続いた短い言葉。
それは娘がそれぞれれいちゃん、らんちゃんなので自分の事はなっちゃんと呼んでほしいという意思。
「「「なっちゃんンンンンン!!!???」」」 「出会ったばかりなのにあだ名呼びが解禁されるなんて……お義母様から私への初期好感度、高すぎ!!?」
麗華の母が現れたというだけでも驚いていたのに、見た目と口調からは想像もできないフランクな性格が見えて一同はさらに混乱。
「母さん!!!!!」
母の悪癖である悪ノリに激怒した麗華は都合のいい妄想を垂れ流す亜由美の脳天に手刀を叩き込み、大声を上げる。
「(娘さんに負けず劣らずの、変な母親だねぇ……)」
この場で唯一平静を保つ紫織は、棗への第一印象を喉の奥にしまいこんでただ沈黙した。
棗が蘭の隣に座り、ようやく空気が落ちついたように見えた。
しかし、ただ一人この状況に納得していない麗華だけは着席せずに母と妹に抗議する。
「母さん!話が違う!!今日は用事があるって言ってたんじゃ……」
「用事」
棗は顔色ひとつ変えずに晃の方を指差し、彼こそが目的だと主張した。
「……あ?な、なんスか!?俺!?」
「れいちゃんに、かれ……友達が出来た事が、喜ばしいので、見に来た」
突然自分に指先が向いた事に驚き、心当たりがないので困惑する晃。
棗の行動理由は晃の存在だが、彼ピと表現しようとしたところ麗華に鋭く睨まれたので渋々友達の顔を見に来た体に整える。
「お兄ちゃんと出会ってから姉ちゃん明るくなったって話、前にしたでしょ?お母さんもそこすっごい気になってたみたいでさ〜!」
言葉の足りない棗をフォローするように蘭が話を引き継いだ。
「で、今朝姉ちゃんの話でお兄ちゃんの所在がわかって〜そこまでならお母さんのやり方も違ってたかもしんないけど、お兄ちゃんが今日お店手伝うって特ダネ聞いて〜」
「アレ、蘭氏聞いてたのか……」
「抜け目ネェっつーかなんつーか……末恐ろしい妹君だよナ」
「つーかもし俺が今日店手伝わなかったら、このおばちゃんはどうやって俺のツラ覗きに来るつもりだったんだ……!?」
自分達の何気ない会話を的確に拾ってくる妹と、決断力と行動力の高さをもって襲来してきた母。
恐ろしく濃いキャラ立ちで現れた麗華の家族に、男衆はただ震え上がる。
「お兄ちゃんの顔が見に行ける絶好のチャンス!じゃん、だから……」
「「ね?」」
「くそっ……やられた!!!」
最後は二人で肩を組み、悪びれる様子もなく種明かしを終えた。
完全に母と妹にしてやられた上、自分の行動まで読まれていた麗華は悔しさで頭を掻きむしる。
「でもお母さんすごいね!姉ちゃん来るって予想ピッタリ当てちゃうもん!」
「母はなんでもお見通し」
「〜〜〜ッ!!!」
母の無表情ドヤ顔とピースサインによって麗華の苛立ちと恥ずかしさは最高潮。
顔を真っ赤にして歯軋りと共に地団駄を踏む姿には、本来家族ににしか見せない幼さがあった。
「はいはい、そろそろ仕事に戻りな。最後までやるってん言ったんだからさ」
「「「「ウィース!!」」」」
紫織の一言で動揺していた従業員達は正気に返り、はちゃめちゃ親子の独壇場から定食屋の空気を取り戻す。
「……フン!!!」
麗華の頭も冷えはしたが、一度損なった機嫌は早々には戻らない。
口をへの字に歪めて大きく鼻を鳴らし、母と妹の座るテーブル席を横切ってカウンターの方へと足を運んだ。
「やばっ……姉ちゃん、こっち座りなよー!仲直りしよー?」
麗華のヘソが完全に曲がった事に焦った蘭は自分達と一緒の席に座る事を勧めるが、棗が横からそれを制止する。
「れいちゃんの好きな、チーズケーキ買ってある、から。おうちで仲直りしよう」
「邪魔しちゃ、だめ」
棗が指差した先には、複数あるカウンター席の中からわざわざ晃の目の前の席に座った麗華がいた。
「お、おい。いいのかよ。妹呼んでるぞ」
「いいのよ。母さんと蘭の思惑と私の目的は違う」
家族と一緒の席に座るとばかり思っていた晃は予想外の展開に動揺するが、麗華は口をへの字にしたままお構いなしの様子を崩さない。
「……私は、ここに座りに来たんだから」
「なるほどぉ?」
二人の様子で流れを察した蘭はにんまりと笑みを浮かべ、様子見に徹する事に決める。
「今は私達も、お料理楽しもう」
棗がお品書きを開き、料理を注文したい雰囲気を察知すると三人の従業員が一斉に寄ってくる。
「はぁい❤お待たせしましたお義母様ぁ義妹様ぁ❤私羽黒さんと大変親密ヨロシクさせていただいております愛の親友亜由美と申しましてぇ❤」
「デュフフ、羽黒氏の友達って晃だけじゃないんですよ。あ、ボク賢治っていいます。これはお茶です」
「オレっちは宏!人はオレっちのコト、イケメンの宏って呼ぶのサ!!ご注文なんでも承りまァす!なんなら……オレっちをご所望!とかでもいいんスよ!なーーーんってな!!」
他に客のいない店内に、やや大げさな三人の声が場を盛り上げるように響き渡る。
必要以上に母娘に近づきたがる三人の内面は麗華と棗•蘭の間の微妙な空気を和らげたい心が3割、下心が7割。
「姉ちゃんのお友達みんなクセ強過ぎない?……あ!サバ味噌あるじゃん!私サバめっちゃ好き!これにしよ!」
「でも好ましい……私は肉野菜炒め定食、と」
そんな内心を知る由もない母娘はうざい三人を軽くあしらいながら注文を続ける。
だが、賑やかなアホ達は棗の目には麗華の良き友人として映ったのか、平坦だった声色が少しだけ楽しげに弾んだ。
「ビール」
「お母さん飲むの!?超ゴキゲンじゃん!私も烏龍茶くださーい!」
「こちらのお妃様お姫様からボトル入りまーす❤」
「「ウェーイ!!!」」
「何がウェーイだ!ウチはホストクラブでもねえよ!!」
「まあまあ、他にお客さんもいないし余裕もあるんだ。そうカッカしなくてもいいよ」
ドリンククーラーから瓶ビールと烏龍茶を取り出し、相変わらず羽目を外しっぱなしの三人に厳しく当たる晃。
そんな晃を宥める紫織は、普段よりずっと慈愛に満ちた様子に見える。
「なんだよ、なんか今日はお婆ちゃん甘くねえ?」
「アタシにだって機嫌の良い日くらいあるってことさ。しかしお客さんを放っておくのは感心できないね」
紫織が視線を向けた先には、頬杖をついて退屈そうにしている麗華の姿がある。
「こっちはやっとくから、注文聞いてきな」
「えっ?お、おう……」
晃の持つ飲料類を無理やり奪い取り、背中を叩いて強引に麗華の所に送り込む。
祖母の考えていることがいまいち読めない晃は、首を傾げた。
「おう、何食うか決まったか」
「晃くんって、料理作れるのよね?」
「あ?……まあ、作れるっちゃ作れるけど店はお婆ちゃんメインだからよ。ここじゃ俺は手伝い程度のもんだ」
頬杖をついたまま、視線を合わせずに応えた麗華の言葉は注文ではなく晃への問い。
こっちの意図も晃は読めないので、困惑しつつも正直なところを返すしかない。
「そう……じゃ、生姜焼き定食もらおうかな」
「あいよ。婆ちゃん、こっちは生姜焼き!メシ特盛な!」
――ま、ハラ膨れりゃ機嫌も直んだろ。
「晃、生姜焼きならあんた一人でも十分だろう。やってみな」
つまらなさそうな姿勢を崩さないまま注文を入れる麗華。不機嫌を察しつつも自分からフォローを入れたりはしない晃。
そんな時、横からそのやりとりを聞いていた紫織が放ったキラーパスが状況を一変させた。
「うぇっ!?なんだよいきなり!!」
料理に関しては特に厳しく、晃の腕前への評価は一貫して〝半人前〟。
そんな辛口の紫織から唐突に言い渡された、一人前の事をやってみせろという言葉に晃は動揺する。
「腕前を見せるって、朝言ってたろ?ちょうどいい機会だ。アタシは鯖味噌と肉野菜炒めを作らなきゃならんからね、分担だよ」
「そりゃそうだけどよぉ……何もこいつの時にやらせなくたって」
理屈の上では納得が出来る、自分の腕を振るってみたい欲求もある。
だが、よりにもよってその相手が麗華である事が晃にとっての大問題だった。
未だ祖母から合格点を貰ったことがない自分が麗華を満足させる料理を作れるのか、美味しいと言ってもらえるのか……
そんな弱気が見える顔で麗華の方を見るとそこには不機嫌な様子も退屈な仕草も既に無く、期待に満ちた視線で見つめ返す瞳があった。
「作れないの?」
「あ゛ぁ゛!?作れるっつってんだろ!!なんだコラ、上等だ!!やってやろうじゃねえか!!」
その口から出た、キラキラとした目と不釣り合いな嘲笑混じりの一言で晃の脳は瞬間沸騰。
短気なので怒りで焚き付ければ弱気を焼き払って乗ってくる。そんな晃の習性を、麗華はよく理解している。
「生姜焼きくれぇラクショーだっつーーの!!!」
勢いよく冷蔵庫から豚肉と玉ねぎを取り出し、麗華の待望していた料理の時間が始まる。
「フフッ、ババァにだってお見通しなのさ」
麗華が晃の作ったものを食べたがっていることを、紫織はかなり早い段階で察していた。
玉ねぎと豚肉を包丁で適度な大きさに切り、豚肉に下味をつけて片栗粉を塗す。
麗華が以前見た紫織の調理風景と比べると、彼女ほど手際が良いわけでもない。
「いっけね、レタスも出さねえと……付け合わせはほうれん草でいいか」
麗華の脳裏に浮かぶのは怒り狂って戦いに赴く、鬼のような顔。
賢治や宏と羽目を外している時の、素っ頓狂なマヌケ面。
涙腺が緩いのかすぐ泣きそうになる、弱虫の顔。
ぶつぶつと独り言を呟き思考を巡らせて真剣に料理と向き合う今の晃は、今までとはまるで異なる新鮮な姿。
一度見てみたいと思っていた、新たに見えた晃の一面を麗華はカウンター越しにじっと見つめている。
「……なんだよ、何見てんだ」
「フフッ、別に」
「や、やりづれえ……!」
麗華の機嫌がすっかり良くなり、楽しそうに自分を見る理由が晃にはわからない。
視線のプレッシャーを感じつつも、しっかり強火で熱したフライパンにラードを絞り、豚肉を投入。
「おお……!」
肉が焼ける音と香りと煙に魅せられ、麗華の口からは感心の吐息と共に涎が滴る。
「ヨダレ拭けよ汚ねえな!!……よし、ここでウチ秘伝のタレを絡めて……完成!!」
締まりのない麗華の顔にツッコミを入れるが、視線はすぐフライパンに戻る。
肉の後には玉ねぎを入れ、それぞれに適度な焼き目がついたら最後にあきかぜ独自のプレンドで作られたタレをかけて全体に味が馴染むように熱して完成。
「オラ出来たぞ!!食え!!」
レタスと共に盛り付けられた生姜焼きと、丼に盛られた白米。
小鉢に入れたほうれん草のおひたしと味噌汁を添えて、麗華が待ち望んでいた晃の食事が目の前に差し出された。
「い、いただきます!!!」
出来立ての熱は、最高の点火剤。
調理風景によって空腹を刺激され続けた麗華は、解き放たれた獣のように生姜焼き定食を貪り食う。
焼いた豚肉と白米の相性はもはや語るに及ばず。紫織が長い経験の末配合を完成させた生姜焼きのタレが肉に力を与え、食欲は更に暴走する。
箸休めとして用意されたほうれん草のおひたしだが、悲しいかな小鉢一杯の量では麗華の箸は休まらず、合間の一瞬で味噌汁も飲み尽くされ、嵐のような食事にブレーキをかけることはできなかった。
「ごちそうさま」
食後のほうじ茶を啜る麗華は、完全に普段のペースを取り戻していた。
母と妹におちょくられて顔を真っ赤にしていた人物と、料理ができる過程に空腹を刺激され瞳と涎を光らせていた人物と同一のものとは思えないほどに。
「……あのよ、ど、どうだった?」
「何が?」
「いや、俺の料理の味の……感想みたいな……」
麗華が落ち着いた途端、今度は晃の様子がおかしくなり始める。
一から仕上げた自分の料理を誰かに食べさせるのは、晃にとって初めての経験。
その相手が麗華となると何故か照れ臭くなるが、どうしてもその味の感想を聞かずにはいられなかった。
「お婆さんに比べたらまだまだね」
なんだか晃が弱くなり始めた。
そう感じた瞬間に麗華の顔にいたずら心が浮かび上がり、追い討ちをかけるような忌憚のない感想を飛ばし始める。
「んがっ……!て、てめぇ!よりにもよってお婆ちゃんと比べるこたぁねえだろ!!一生かかっても追いつけるか怪しいのによぉ!!」
「フフッ……でも、私はこの味好きよ?また何か作ってくれるなら、食べてあげてもいい」
情けない声で抗議する晃を宥めるように、微笑みと共に本心を語りその心を弄ぶ。
ちょっとしたサディズムが垣間見える麗華の中に、蘭や棗との確かな血の繋がりを感じずにはいられない。
「その一回イジワル挟むところ、お前の家族そっくりだ……」
そう言って晃が視線を向けた先には酒が入ってすっかり上機嫌になった棗と、一緒に盛り上がって会話に花を咲かせる蘭と同級生達がいる。
騒がしい母親達の方を、静かな娘は一瞥もしない。
「お前さ、まだ怒ってんの?」
「別に……母さんと蘭のイタズラ癖はいつもの事だし」
麗華が自らの特異な生まれと、そこから生じる家族との距離感に悩んでいた事を晃はよく覚えている。
まだその苦しみの中にいるのでは、と心配していたが何でもないように語る麗華の口ぶりに嘘や欺瞞は感じられない。
麗華本人が望んでいたように、家族への感じ方が変わりつつある事が晃にも理解できた。
「俺はさ……正直お前の事羨ましいよ」
余計な心配が不要と悟り、店の手伝いという一仕事が無事に終わろうとしている時。
晃の一番奥に隠れていた本音が顔を見せ始めた。
「え……?」
「いや、あの人マジで変なおばちゃんだけどよ……お前の事思ってんのはなんかよくわかるし」
「もう、俺の母ちゃんは何もできねえからな」
棗が麗華の母だと分かった時に。
変人ながらも家族を思い、家族に対して何かを出来る元気な母だと知った時に。
母が病死した自分との落差を感じ、強い羨望の気持ちが生まれた事を、耐えきれずに吐露してしまう。
「そうかな。きっと今でも見守ってると思う」
麗華は、何故かその言葉を即答できた。
知る由もない晃の寂しさに対し、そう答えられるという確信があった。
「お!?な、なんだよ、なんかお前らしくねえセリフじゃねえか」
「?……そうね、確かに」
死んだ者の魂が今も見守っている、などという慰めは普段の麗華の口から出ない言葉。
それは晃だけではなく麗華自身の認識でもあり、自分の口からそんな言葉が出た事実に首を傾げた。
「なんでそう思ったんだろう……?」
時間はもうすぐ夜の九時。
窓の外の夜空から閉店間際のあきかぜに、静かな月が微笑みかける。




