幕間2 2
「えーっ!?芽吹くん厨房に立つんです!?」
昼休み、嘉地鬨高校食堂。
晃、賢治、宏の三バカと麗華と亜由美の変な女二人。
いつもの五人が固まった、一番隅のテーブル。
本日一番の大声を最初に発したのは亜由美だった。
「なんだよ、俺がメシ作っちゃ悪いかよ……」
亜由美の驚きが面白くないので、晃は不機嫌なチンピラ仕草で返す。
基本的に仲良し五人組の形が整ってはいるが、晃⇔亜由美の間柄では反応が刺々しくなりやすい。
お互いへの配慮がまるでない物言いを繰り返す。これがトラブルなく成り立つのもひとつの友情の形ではある。
「そういえば、料理が趣味って言ってたわね……」
麗華は晃が初めてJRICCに来て篝火に尋問されていた時に、趣味として料理を挙げていた事を思い出した。
――お婆さんの料理はすごく美味しかったけど、晃くんの腕前ってどれほどなんだろう?
当時は特にそこを気にかける余裕は無かったが、今になって晃の料理が気になり始める。
――今夜の食事をあきかぜで済ませるのも悪くないかな。
「まぁ、それはそれとして今日は店やべえから俺も手伝いに入るって、そんだけの話だ」
「オイオイ水クセーじゃねえかヨ。お婆ちゃんのピンチなんだベェ?」
「どうせボクらも暇だし、皿洗いとか注文聞く係くらいなら手伝うよ?」
「ヘッ、バーカ。お前らの手伝いなんかいるかよ。いつもみてえにゲーセンでも行ってろ」
自ら快く協力を申し出る宏と賢治に、憎まれ口を叩くも柔らかい声色の晃。
二人も晃の祖母に恩義があり、今までも手伝う機会があった過去。
そして今回も同じく手伝いに入る未来が短いやりとりの中に表れる。
「じゃあ女手ならどうです?私がカワイイカワイイウェイトレスさんになればきっと売り上げ伸びますよ?」
そんな良き男達の仲に脈略なく新規参入しようとする変人、亜由美。
大きく身体を乗り出し、両手の人差し指で口角を吊り上げた満面の笑みで主張する。
「「「えー…………」」」
何がこの好奇心の怪物の琴線に触れたのか、ウェイトレスへの無駄に高い自信は何なのか。
変人の心は何もわからないが、少なくとも晃への友情や紫織への恩義が動機ではないという確信と、碌でも無い事をするであろうという負の信頼から生まれた不審の声が三人の口から同時に漏れ出した。
「ひっっっっどい!!!いつもに増してひっどぉい!!もう今夜絶対絶対ずぇぇぇったいお店乗り込みますからね!覚悟の準備をしておいてください!!」
そんな三人の様子が亜由美を激昂させた。
ウェイトレスの服を着てみたいという、思いつきと好奇心だけが原動力だった。
「そもそもうちは定食屋なんだよ!なんでウェイトレスなんだバカヤロー!!」
「私にそんな口聞いた事、絶対後悔させますよ!!最強のウェイトレスになってやるんだから!!」
しかし、今はもう違う。
必ずこのバカどもを見返してやるという反骨の心が芽生え、晃の至極真っ当なツッコミに屈さず更なる牙を剥いた。
「う……うーん……」
晃が料理を作っているところを見てみたい、あわよくば自分のために一皿だけでも作ってみてほしい。
麗華の中にある淡い願望と、とても騒がしくなるであろう今夜のあきかぜ。
行くべくが行かざるべきか、麗華の心は静かに揺れ動いている。
「ふひひひ……面白い事になりそうじゃん」
晃達の指定席から少し離れたところに座り聞き耳を立て、密かにその動向を探っていた悪い妹、蘭。
その視線は、顎に手を当てて考え込む麗華に向けられている。
「これはお母さんも大喜びだぞぉ?さぁ、どうする姉ちゃん?」
偶然にも晃をたっぷりと眺める機会を発見した蘭。
スマホを開き、メッセージアプリを用いて母にこの面白い展開を密告する。
【お母さん!】
【今夜店行ったらお兄ちゃんに会えるよ!】
【お料理手伝うんだって!】
年頃の娘らしく爆速で紡がれるメッセージ。
少しの間をおいて、時間をかけたであろう母のメッセージが返信された、
【まぢ!?Σ੧(❛□❛✿)れいちゃんの彼ピ❤拝める!!??
めっちゃラッキー!!!✌(’ω’✌
♬♪♫★絶★対★行く〜♬♪♫☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
でも、混んでる時に行ったら迷惑かけちゃうかも(^_^;)
だから人があまりいない時間狙って__(⌒(_ ´-ω・)▄︻┻┳══━一二人で行こうね(=´∀`)人(´∀`=)】
年齢を感じさせない美貌を持ち、寡黙で無表情のため内面が読みにくい母、羽黒棗。
その隠れた本性と年代感が、メッセージアプリの文体に滲み出る。
【タブン、三人になると思うけど、ね(o´艸`)ムフフ】
定食屋あきかぜの夜。
普段は中年から老年の人間しかいないような場所だが、この日は若い声が店内を賑やかす。
「晃、次ポテトサラダ用意しとくれ」
「ウッス!キャベツ切ったからこっち置いとくぞ。おっと、賢治ー!そっちのテーブル席片付けといてくれ!」
「はいはーい!」
店から借りたエプロンを身につけ、客が空いて食器を片付けたテーブルを懸命に拭く賢治。
カウンターの奥から指示を出すのは祖母と一緒に料理に勤しむ晃。
その頭には三角巾を巻き、身体には小学生の時に家庭科の授業で作らされたホーリードラゴンの絵柄のエプロンを装着する。
エプロンの柄のせいで幼さと頭の悪さが滲み出るが、これが晃なりの料理人スタイルだ。
「お婆ちゃん、こちら焼鮭定食とハンバーグ定食オナシャス!焼鮭のお客さんご飯少なめ希望なんでそこんとこヨロシクゥ!」
賢治と同じく借りたエプロンを着けた宏は客の注文を聞き、無駄によく回る舌とうざい手振りと大きな声で紫織に伝える係。
定食屋というより居酒屋のような雰囲気が出てしまうが、宏の適性が活きた役割だ。
「焼鮭とハンバーグね、少々お待ちくださいね」
宏の声を聞き、調理を始める紫織は少し機嫌が良い。
誰も寄せ付けなかった孤独な孫が、気の合う友人達を連れて店を手伝うようになった変化を心の底から嬉しく思うが故だ。
「いらっしゃいませ!こちらのお席どぉぞ❤」
そして、自前で持ってきたウェイトレスの制服を着こなして客を出迎える亜由美。
助太刀を断固拒否する晃を押し切り、店を手伝う流れに持ち込んだ。
「おっ!?こんな若い子いたっけ?紫織さん、新人かい?」
接客を受けるのは常連の中年男性。
見慣れない顔に面食らうも、亜由美の作る満面の笑みに絆され気をよくしてしまう。
「孫の友達だよ。わざわざ手伝いに来てもらっちゃってねぇ……」
「なんだ小僧共も一緒か!おい、この子オメェの彼女かぁ〜?」
「違ぇよ!呼んでねえのに勝手に来たんだよ!マジで!!」
「えへへ……ちょっと違うんですけどぉ、芽吹くんには助けてもらった事があってぇ……恩返し、かな?」
「「「こいつ……!!」」」
普段の変人っぷりを完全に封印し、お茶目なクラスメイトを演じ切る亜由美。
紫織に取り入り、客の心も即座に掴める女のテクニックを目の当たりにした男三人は、普段との落差に恐怖した。
「(ま……芽吹くん達に命を救われた事も、恩を返したかったっていうのも嘘じゃないからね。私が正直にこれ言っても変な顔されそうだけど)」
そして男共に真の動機を悟らせないのもまた、亜由美なりのテクニックなのだ。
「しょ、しょうもねえ事言ってねえで料理運べ!アジフライ定食あがったぞ!向こうのテーブルな!」
「はぁい❤お待たせしました!おいしくなぁれのおまじない、です!」
だが、変な事したがりの性根を隠し通すにも限度があった。
晃に言われるがま客の元に持って行ったアジフライに、亜由美は突然タルタルソースでハートマークを描き始める。
本来定食屋では見られないサービスに硬直し、静まり返る店内。
「あ、あれはメイド喫茶のワザだ!本来オムライスとケチャップで行うものなのに違和感なく仕上げている!水島氏、あんな媚びまで売れるのか……!!」
「つーかウェイトレスとメイドさんってだいぶ違くネ?」
突然興奮して解説を始めたのはオタクの賢治。
宏のツッコミを聞き流しながらメイド喫茶に通いその技を直に見ているものならではの視点で語り、固まった場を動かすべく大声を上げる。
「え?あっ、はぁ……ど、どうも……」
が、そもそもメイド喫茶の接客など受けた事のない客は只々困惑。
亜由美の輝く笑みに対して苦笑いで返すことしかできない。
「だっかっらっ……うちはそういう店じゃねえって言ってんだろ!!賢治もうるせーぞ!!」
「ま……お客さんに迷惑かけないようなら、アタシから言うことはないよ。程々にしな」
変な個性を出し始めた従業員達を叱る晃だが、隣の紫織はそれを優しく制止した。
今夜のあきかぜは本来とはまるで違う形をしているが、そんなはちゃめちゃで忙しく、優しい空気を紫織はとても気に入っている。




