第十二話 2
〈晃くン……だ、大丈夫ゥ……?〉
「ハァッ……ハァッ……こんなもん、屁でもねえ……!!」
篝火の不安通り、晶獣の目まぐるしい動きと攻撃に晃は全く歯が立たない。
「俺が今までの人生で何回殴られてきたと思ってんだ……シャアアアアッ!!」
攻撃を受ける度に気合いの雄叫びを上げて氷の鎧を固め直し、防御力を保つ。
その行為が晃を疲弊させているのは篝火の目から見ても明らかだが、晃の声から確信が途絶える事はない。
「お婆ちゃん以外の相手にはだいたい殴り返してきたんだぜ!?ノウハウってもんがあんだよ、俺には!!」
〈とはいえ限界は近いな……恵くンの到着まで間に合えばワンチャン、それも五分五分くらいか〉
威勢のいい言葉を吐くが、晃の動きは次第に鈍くなる。
ついにはその場に静止してしまった時、篝火は思考を既に送り込んでいる〝保険〟の方へと切り替え始めた。
「キィィィ……!!」
晃の様子に好機を見た晶獣は意地の悪い笑みを浮かべ、トドメを刺すために背後へ回り込んだ。
「ハァ……ハァッ……フゥッ……!!」
晶獣の身体から噴く炎に轟音が伴っているが、晃はそれに一切反応する様子がない。
それどころか大きい声を急に止め、荒い呼吸を整え、兜の下の目を閉じ始めた。
〈ちょっ!?晃くン後ろー!!頼むからせめてもうちょっと持ち堪えてー!!〉
「……うるせえな、わかってっからちょっと黙ってろや。お前の声は頭にキンキン来んだよ……」
危機的状況においてただ一人、或いは麗華と晃の二人だけが勝利を信じている。
それがもし晃一人だけであったなら心折れていたのかもしれない。
しかし、何度溶かされても気合い一発で形を取り戻す氷の鎧が、晃の身体だけでなく精神を強く支えている。
麗華が隣にいなくても、一緒に戦っているという気持ちがあるだけで、自分の疲労など些細な事に思える。
〈そうすりゃキミが勝てるってンならそうするけどサァ……!〉
「勝てるから黙ってろって言ってんだ。火遊び野郎の音が……」
何度も攻撃を回避され、何度も高機動攻撃を受け、身体に感覚を覚えさせた事で準備が完全に整った。
耳を澄ませ、晶獣が猛接近する音を聴く。
目で追っているだけでは絶対に追いつけない晶獣の位置を、聴く。
「シュゥゥ!!ゴォォォォォッ!!!」
「――聞こえねえ、だろッ!!!」
緩から急。完璧なタイミングの一致によるカウンター。
晶獣の方を振り向くと同時に伸びた上段回し蹴りが、水の力を纏った足を晶獣の側頭部に叩きつけた。
「バァァァァッ!?」
完全に不意を突かれ、まともに攻撃を受けた晶獣は驚愕の呻きと共に床に倒れ伏した。
〈カウンターキック!?マジかよ!キミそんな芸当できたのォ!?〉
「出来るからやったんだろうが。ノウハウあるっつっただろ」
力押し主体の戦法で、蹴りをほとんど使ったことのなかった今までの戦闘データからは予測できなかった晃の行動に篝火は目を丸くした。
晃の言うノウハウとは、かつて喧嘩に明け暮れていた頃に体得したものだ。
「それによ、俺だって羽黒の横に並んでガチでやってたんだ。遊んでたわけじゃねえ」
しかし、一度か二度やった経験があるだけのカウンターキックをこの土壇場で、人間相手より遥かに過酷な戦いの中で技として昇華させたのはアーマライザーを手に入れてからの経験があっての事。
麗華と共に駆け抜けた、まだ長くはない戦いの日々は確実に晃を成長させていた。
〈素直にブラボーだ……キミがアーマライザーに適合した日から、ワタシ驚かされてばっかりだヨ〉
「オ……ニィ……チャ……!ヤメ……!」
大ダメージを受けながらもなんとか身体を起こした晶獣は口調を蘭に寄せ、晃の動揺を誘おうとした。
隙を作って反撃に出ようという晶獣の意思。
蘭の声をしていながらも蘭の意思ではない、戦う獣の本能。
「今さらそんなサル芝居通じると思うなよ!オラァ!!」
「ゴッ……!!!」
今の晃に悪あがきは通じない。
篝火との会話を中断して容赦の無い二発目の蹴りを晶獣に突き刺し、その身体を大きく後方へと突き飛ばした。
〈予想外の出来事は貴重なデータだ。キミが仲間に来てくれて本当に良かったよ、晃くン〉
「距離は離した、私の得意な距離……勝てる、勝てるはず……!」
爆発を仕掛けた側であるジェスターは受け身を取り、破裂したライフルバレルを切り離したガンドレッサーの銃口を爆煙の残る空間へ向けた。
麗華を爆殺できたのならそれで良し……だが、そんな易々と倒せる女でない事は、負け続けたジェスターはよく理解していた。
「………!!!」
煙の中から、鎧の足音が聞こえてくる。
ゆっくりと近づいてくるそれを倒すなら今しかないと、焦りと疲れに支配されたジェスターの本能が警告する。
「死ね!死ね!!死ね死ね死ね死ね死ね!!!お前が死ねば、お前さえ死ねば私は!私は……!」
半狂乱になったジェスターは煙の中にいるものにトドメを刺す為、我武者羅に引き金を引く。
「REGHORNWHITE」 「DISCHARGE」
緩から急。身体が離れたタイミングで隙を狙っていたのはジェスターだけではなかった。
アーマライザーの無慈悲なシステム音声と共に煙の中から麗華が猛スピードを持って近づいてくる。
「クイックギア……!!」
ジェスターの射線を僅かにずらした位置から駆け寄ってくる麗華の両脚には、鶏の脚の筋肉を模した装具が取り付けられている。
機能としてはライトニングイエローによって成型された足甲•サンダーブラストに近いが、クイックギアは出力で劣る代わりに素早く発動する事が出来、小回りのきく動きが可能になっている。
「ハッ!!ハッ!!ハァァァァ!!!」
一瞬で距離を詰めた麗華は今まで溜め込んだ怒りを解き放つように、蹴りの連打を炸裂させる。
「ガハッ!!こんな……ここまでやったのに、まだ……!!」
「覚えておきなさい。私もね、やられた分は絶対にやり返すのよ。晃くんと同じでね!!!」
仕上げに放たれた蹴りの一撃が、ジェスターの身体を大きく後方へ突き飛ばした。
偶然か、或いは二人の奮闘が起こした必然か。
飛ばされた晶獣とジェスターの背中がぶつかり合い、それぞれの動きを止めた。
前後からゆっくりと迫る晃と麗華。
嵐のように感情が渦を起こした戦いに、決着の刻が訪れようとしている。
「よお、えらく時間かかったじゃねえか。手こずったのか?」
「あなたこそフラフラじゃない。下手を打ったのね?」
敵を挟んでお互いを見つめ合い、鎧の下に笑みを浮かべて軽口を叩き合う。
この後どうするか、どうトドメを刺すか。
お互いの行動が何故かしっかりと頭の中に浮かんでいる。
「へっ、バカ言ってんじゃねえよ。これはこの一発を……」
「EVERGREEN」 「WATERBLUE」
「ええ。全てはこの一発を……」
「FROSTYWHITE」 「REGHORNWHITE」
「「叩き込むため!!!!!」」
「「RE-IGNITION」」
剣晶を二つ使って引き出した必殺技。タイミングは全く同時。
ゆっくりと距離を詰めた二人がそれぞれの定めた敵を見据えて飛び掛かった。
「泥がドロドロドロップキィィィック!!!」
右足に水の力、左足に土の力。
両足を揃えて混ざる二つの力は泥と言うよりは土石流と形容するのが相応しい。
温度と酸素を奪う水と土の重ね技に対して炎の晶獣に抵抗する力はなく、剣晶だけを残して消火された。
「ブライニクル……スリングショット!!!」
脚の装具はそのままに、爪先に氷を集中させて放たれる一点集中の蹴り技。
クイックギアによるしなやかな動きと麗華の正確な狙いによってスリングショットはジェスターの鳩尾に命中する。
殺してやりたいほどに憎い相手だが、人である以上殺すわけにはいかない。
しかし相応の痛みは味わってもらう。
甘さでも優しさでもない、冷徹な裁きの一撃がジェスターをノックアウトさせた。
〈作戦完了……見事だったよキミたち。完全にひっくり返してみせたネ……!〉
晶獣は撃破、ヴェノムジェスターは沈黙。
篝火の宣言をもって、ヴェノムジェスターとの戦いは完了する。
背後から聞こえてくるJRICCスタッフ達の歓喜の声が、晃と麗華に勝利の実感を与えた。
「ウソ、ウソよ。こんなのウソ、嘘嘘嘘嘘……」
そして全てに掻き消された、哀れな道化の絶望は誰の耳にも届く事はなかった。




