幕間 2
「芽吹さん!ハッピーバレンタイン、ですっ!」
羽黒コーポレーション、受付カウンター。
地下のJRICC本部へ向かう前に、森川さんから晃にチョコクッキーが手渡された。
「おっ!?お、おう、あざっす……」
「そんな顔しないで?今時チョコのやりとりなんて、友達同士でも行うものなんですから、ね?」
微妙な反応をする晃の緊張をほぐすように、森川さんは言葉を続ける。
「ね?そうですよね麗華さん?ね?」
森川さんは笑顔を貼り付けたまま、首と話題を麗華の方に向ける。
やはり微妙な反応をしている麗華に何かを確認、あるいは促していることは明らかだ。
「……別に私からあげる必要なんてないでしょ、もう貰ってるんだから!!!」
しかし麗華はそんな気遣いに反発。
逃げるように地下三階のJRICC本部へと走り去っていった。
「あっ!!……あげてなかったんですか。そしてもらってなかったんですか!!あの子に見せびらかしたんですか!芽吹さん!!」
あからさまな麗華のスネっぷりに大体の事情を察した森川さんな再び晃の方を向く。
笑顔はそのままだが、額に青筋が浮かび声には少し怒気が混じる。
「何だよそのノリ!?別に見せびらかしたわけじゃねえし……なんかそうなっちゃっただけだし……」
「……自分から、欲しいって言えばいいのに」
「そ、そんな事……男がみっともなく言えるかよバカーッ!!」
麗華のチョコが欲しい。
そんな本心をド直球に突かれた晃だったが、ちっぽけな男のプライドが頭の中で暴動を起こす。
恥ずかしさで真っ赤になった顔を隠すように、麗華の後に続いて地下三階へ逃げていった。
「はぁ……今のあなた達が一番みっともないって、わからないかなあ?」
麗華はチョコをあげたい、晃はチョコが欲しい。素直になれない意地っ張りが二人。
毎回毎回同じような失敗を繰り返す二人をいつも見つめる森川さんは、重たいため息をついた。
「……もはや我慢の限界、ですよ?」
森川さんの頭から、怒りの蒸気が上がる。
「ハーイ、今日の分は終わり!お疲れ様」
バイタルチェックや剣晶の使用テストなど、JRICCで毎回行っている業務が終わる。
「フフフーン!晃くン!コレが目当てなンだろ!ワタシ謹製のスペシャルチョコだヨ!!」
「ウッス、アザッス」
「ヘーイ、もっと元気に受け取ってくれたまえよー。別に怪しいモンはちょっとしか入ってないってばサァ」
手渡された変なチョコを渋い顔で受け取る晃に、篝火は頬を膨らませて抗議する。
「それに、キミあんまチョコもらえるタイプじゃないでしょ?JRICCに来てから少なくともワタシと恵くンと麗華くンからは確定でもらえる感じになってンだからサァ、もっとオトコノコらしく浮かれポンチになりなよー」
「彼は既に浮かれポンチですよ、なんせこれで五つ目ですからね!」
「ホワッツ!?……晃くン、さてはまたやらかしたなあ??」
「なんもやってねえっつってんだろ!!どいつもこいつもいい加減にしや――」
不機嫌な麗華の口ぶりで雑に事情を察した篝火。
立て続けに女性陣から責められついに爆発しそうになった晃の堪忍袋を無理矢理塞ぐように、研究所内にけたたましくアラートが鳴り響く。
〈緊急事態発生!緊急事態発生!総員直ちに出入り口を塞いでください!!〉
「なんだ!?晶獣か!?」
「こんな時に……!!」
アラートに続いて森川さんの声が聞こえる。
戦闘の予感を感じた二人はうんざりしながら身構える。
〈芽吹晃、羽黒麗華両名の造反が確認されました。決して研究所から逃さないでください!〉
「「……はあ??」」
しかし、続いて聞こえてきたのはまったく身に覚えのない造反疑惑。
二人の困惑を他所に、篝火と研究所の職員一同が一斉に取り囲む。
「……そうか、とうとうこの日が来たか。残念だヨ。キミ達を始末する日が来るなンてネ。おっと、アーマライザーでなんとかしようとしてと無駄サ。恵くンに渡したプロトタイプは本来こういう――」
〈罪状は、バレンタインデーを無為にしようとしている罪、ですっ!!〉
「…………恵くン?何言ってンの?恵くン??」
二人の造反と聞くや否や、すぐに始末を決断できる篝火の冷酷な一面……が続く言葉によって一瞬で萎んで消えた。
職員一同と晃と麗華の頭上にも「?」の文字が浮かぶ。
〈いい加減にしなさいよ、あなたたち!!毎回毎回毎回毎回毎回毎回毎回!!どうして素直になれないの!!〉
森川さんがここまで怒る声を、晃も麗華も初めて聞いた。
「だ、だって……羽黒がチョコ用意してるかなんてわかんねえし……」
「晃くん……私のチョコなんていらないかもしれないし……」
そして、意地の裏側に隠していたもの。
お互いの気持ちに自身のない臆病さがようやく顔を覗かせる。
〈素直になって!今日という日は……バレンタインデーは1日しかないんですよ!〉
実の姉が弟や妹を厳しく叱るような、優しくも厳しい言葉。
最後は涙声まで混じるほどに強く二人を想う森川さんに、晃も麗華もとうとう根負けする。
「まぁ……くれるってんならもらってやっても……」
「素直に欲しいって言うんなら、あげないでもない……」
が、やはり生来の気の強さが邪魔をする。
その時、ブツリと何かが勢いよくキレた音が聞こえたような気がした。
〈やり直し!!二人同時に言え!ブチ殺すぞ!!〉
「「ヒッ……!!」」
「お願いキミ達!恵くンの言う事聞いて!マジで怖い!!」
いつも優しい森川さんの口から「ブチ殺す」などという物騒な単語が飛び出す。
その事実が晃と麗華だけでなく、職員一同と篝火の顔を真っ青にして、心の底から震え上がらせる。
二人を拘束するつもりだった職員一同は力を合わせ、晃と麗華に決着をつけさせるべく無理矢理向き合わせる。
「「チョ……チョコ……」」
くれるだろうか、受け取ってくれるだろうか。
どうしてもそれを確認するのが怖かった。逃げ出したいほど怖かった。
しかし怒り狂う森川さんの手前、もう覚悟を決めるしかない。
「あげる……」 「ください……」
二人同時の言葉。
麗華が鞄から出した、不器用な手作りチョコ。
プルプルと震えながらも、チョコが欲しいと伸びる晃の手。
紆余曲折の末、JRICCの皆に見守られながら。
二人が欲しがっていたハッピーで小っ恥ずかしいバレンタインデーがここに結実した。
「恵くン。気持ちは察するけどこれ、始末書書くやつなンだワ」
〈はい〉




