第七話 3
ジェスターが左手を挙げた瞬間、緩慢な動きをしていた晶獣が一変、まるでリモコンで動かしたように機敏で緻密な動きに変わる。
晶獣の身体から水が湧き出し、あっという間に廃工場の床一面が水浸しになる。
「い、いや……いやぁっ!!……む……ごぼぼっ!!」
そして、亜由美の足元から天井に向かって、勢いよく水柱が立ち上る。
水柱は亜由美を閉じ込め、柱の形状を維持し続けている。
「……ふざけた真似を!!」
「ON-SLOT」 「FROSTYWHITE」
「セットアップ!」 「IGNITION」
「あの野郎……クソッタレが!!」
「ON-SLOT」 「EVERGREEN」
「セットアップ!!!」 「IGNITION」
「「ONSLAUGHT!!」」
ジェスターと晶獣の卑劣な戦法に激昂した二人がアーマライザーを起動させ、鎧の装着が完了するのを待たずに晶獣の元へと駆け出した。
「晃の言ってた白い鎧が……羽黒氏……」
「んで、緑のバケツ頭が晃……そうじゃねえかなとは思ってたがヨ……実際そうだと分かるとマヂビビるゼ……」
そうじゃないかと疑っていた、晃と麗華の隠し事。
しかし、喧嘩を超えた戦いの空気は二人の想像を絶するもので、二人がその真っ只中に飛び込んでいく様をただ唖然と見つめるしかできない。
「ごぼ……!!(息が……息ができない…!!)」
一方、亜由美は水柱の中で息も出来ず、泳いで脱出しようにも晶獣の力の加わった水の中では手足を満足に動かせない。
口と鼻を必死に塞ぎながら、酸素とともに生命がじわりじわりと消耗していく恐怖に囚われる。
「水島さん!今助けるから!!」
時間の猶予はない、最速で水柱を斬って亜由美を救出しなければ生命がもたない。
麗華は焦りと怒りに駆られ疾走するが、その動きを止めるべく新手が足元より湧き出る。
「コポ……」 「コポコポ……」 「コポポッ……」
水柱と同じ要領で三体現れたそれらは剣晶とソードホルダーこそ埋まっていないものの、晶獣とほぼ同一の形をしている言わば分身体だ。
「どけぇっ!!」
それらに麗華と互角に戦える戦闘力はない。
三体ともすれ違いざまに斬り捨てられ、傷口が凍りついていく。
「麗華チャン鬼強ェ〜……」
「いや、ちょっと待って!本体っぽいやつの様子が変だよ!」
逃げる事も戦う事も出来なくなり、観戦するしかなくなった宏と賢治。
出来る限り離れている二人の目から見ても明らかなほどに、晶獣の様子に変化が見られる。
「ゴボボボ……」
晶獣に埋まる剣晶が激しく発光すると分身達は一瞬にして足元の水に同化し、氷は水に溶け傷は無かったことになる。
「コポ……」 「コポコポ……」 「コポポッ……」
「こ、こいつら……!!」
そして、同化した三体は再び足元より湧き出て麗華の前に立ちはだかる。
どれだけ素早く斬って倒したとしても、即時消滅・再生するサイクルが出来上がっていた。
「だぁあ!!鬱陶しいやり口しやがって!!」
麗華にスピードで大きく劣る晶がやや遅れて戦列に参加しようとするも、それを妨げるべく撃たれたジェスターの銃撃が何発も晃の鎧に命中する。
「君の相手は私だ、と言ったはずだがね」
「テメェは後だ、すっこんでろ!!こんな豆鉄砲効くかボケェ!!」
晃の堅牢な鎧にはジェスターの銃弾はまったく効かず、全てが弾かれ床の水面に落ちる。
晃とジェスターの戦闘力に大きな差があることの表れだが、ジェスターは特に慌てる様子もなく悠然と構えている。
「なるほど豆鉄砲か。ではこういう豆はいかがかな?」
「REEDGREEN」 「relOAd」
ジェスターはガンドレッサーに剣晶を装填し、再び銃口を晃に向けて引き金を引いた。
対象である晃が動いているにも関わらず、極めて正確な狙いで両腕、両脚に一発ずつ弾丸が当たる。
「何度やっても同じだ……うわっ!?なんだ!?」
命中した弾丸そのものは晃にダメージを与えないが、装甲に弾かれずに付着してそこに留まる。
そして、まるで種から発芽したように弾丸から葦が伸び、瞬く間に晃の四肢を縛り上げた。
「クソッ!う、動けねえ……」
完全に不意を突かれた晃は腕も脚も満足に動かなくなり、戦力として機能しなくなった。
力で無理やり引きちぎろうとも容易にはいかず、麗華の加勢に向かうのは困難。
絶体絶命の危機を迎えた晃と麗華の脳に、篝火の無線が届く。
〈ハローエブリワン、おまたせ。エナドリのキメすぎて頭クラクラしっぱなしのワタシだ〉
「邪魔くせえ!!オイクソピンク!これどうなってんだよ!!」
〈土の属性を持つ晃くンに土の剣晶で銃撃か、なるほど考えたね〉
「同じ属性ならこういうのってフツー、効きにくかったりするんじゃねえの!?」
〈ウッドブラウンの検証結果で明らかになったように君の身体は植物がよく育つ。それがヴェノムジェスターによって君を妨害するようにプログラミングされた、種の役割を持つ弾丸であってもね。ぶっちゃけ現状どうしようもないのでパワーずくでなンとかしたまえ〉
「使えねえなあテメェ!!……んぎぎぎ……んににに……だぁぁぁぁーーっ!!」
晃は必死に抵抗し、手足に絡まる葦をなんとか引きちぎって再び麗華の元に走り出す。
「では、おかわりだ」
それをジェスターが見逃すはずもなく、今度は足首に撃たれた弾丸に両足を括られ転倒する。
「うっぜえええええ!!!」
〈ま、そうなるよネー〉
一方の麗華は、狙いを晶獣本体に切り替えるも増え続ける分身体に阻まれ思うように攻撃ができない。
「グゥッ……!!」
そして、鞭のように伸びる晶獣の水腕を直に受け、大きく吹っ飛ばされて地に伏せる。
「無尽蔵の水は無尽蔵の戦力というわけだ。霜ではどうあっても勝てないよ、レディー」
倒れた二人を見たジェスターが、芝居掛かった仕草とともにせせら笑う。
「畜生ッ!!このクソ野郎!!」
再び葦を引きちぎろうとする晃だったが、何発も同じ攻撃を繰り返され、雁字搦めにされてしまう。
「まあ、こんなものだろう。厄介な少年さえ抑えてしまえば、キミ程度など取るに足らん存在だという事さ」
「……あ?」
カチン。と麗華の逆鱗に触れる音がする。
冷静さによって制御されていた怒りの箍が外れ、より一層の怒気と冷たさを帯びた声色に変わる。
〈ヘイヘーイ言われてンぜ麗華くゥン!あいつ調子ノリノリじゃン!〉
危機的状況にも関わらず、篝火の様子にはまるで真剣さが見られない。
それどころか麗華の怒りを煽っているようでもあった。
「正直言って、キミたちとの初戦では力量を見誤っていたよ……」
〈まー、ああ言われるのもムリないよネ。初戦では不意を突かれて、わくわくハウスでは晃くンの援護に徹するだけ……麗華くン最近いいとこあンまり無いしぃ〜?〉
麗華は続く敵(と味方)の愚弄を黙って聞き、ゆっくりと立ち上がった。
凍りついたような沈黙が、晃にはなにかの前触れのように見えた。
「キミが、彼より弱いとは――」
「誰が!!誰より弱いって!!?」
ブチン。と麗華の堪忍袋の尾がキレる音がする。
今まで誰も聞いたことのない麗華の怒鳴り声と共に、左手の剣晶が強い光を放つ。
光に呼応するかのように麗華の足元の水がじわりじわりと凍り始め、白い領域に変化していく。
「ご……ぼ……(羽黒……さん……?)」
「ね、ねえ、宏!アレってさ……」
「見りゃわかんダロ!怒らせっと怖いオンナってヤツだよ!ヒェ〜コエ〜……でもゾクゾクするゥー」
「え?あ、うん……」
今にも消えそうな意識と、霞んでいく視界の中。間近で戦いを見つめていた亜由美。
そして晶獣の動きも合わせて注意深く観察していた賢治は気がついた。
晶獣が放つ光と、麗華の怒りに呼応した剣晶の光がとてもよく似ている事に。
「そ、それでどうすると言うのかね?その程度の氷では何も変わらないと言っているだろう!」
焦りの声と共にジェスターが分身体をけしかける。
三体の分身は取り囲むように麗華の領域に近づき……足下から一気に全身が凍りついた。
「ゴボッ!?」
晶獣の本体が麗華から距離を離し、再び腕を鞭のように伸ばす。
遠くから伸びる水腕は麗華に命中する直前で停止。先端から凍りついて砕け散った。
〈ヨシヨシ、やーーっとリミッターカットしてくれたねェ。さぁさ、麗華くン。ナメナメにナメ腐ってるあの野郎に『特別製』であるキミの力を見せつける時だヨ!〉
「クソピンク、お前……わざとクソみてえな事言ってキレさせたな?」
〈フフン、晃くン大正解。麗華くンは極めて優秀かつ安定した性能を持っているがまだまだ成長中。本来想定されたスペックを出すにはこのように激情などをトリガーに――〉
「黙ってろ!!!」
麗華はなおも不愉快な話を続ける篝火を一喝し、切り札となる一つの剣晶を取り出した。
「LIGHTNINGYELLOW」 「DISCHARGE」
ライトニングイエロー。前回の戦いで得た雷の力を持つ剣晶。
アーマライザーにそれが装着されると、麗華の両足を電撃が纏う。
脚に駆け巡る電撃は次第に実体化していき、やがて雷迅の疾さを与える足甲が形成される、
「サンダーブラスト!!」
麗華は技の名を叫ぶと同時に疾走。
今までの麗華を遥かに超えるスピードで動き回り、凍りついた三体の分身体を何度も何度も斬りつけてバラバラに解体する。
まるで粉のようになった分身体は宙を舞い、電撃の熱によって蒸発した。
それはつまり、水の姿に戻り分身体として再生する事が出来なくなった事を意味する。
「ゴボボボボッ!?」
晶獣が慌てて新たな分身体を生み出すも、麗華のスピードは完全に晶獣の知覚を上回っている。
それらは動き出す前に斬られ、蒸発して消え去った。
そして、床の水を凍らせた白い領域はさらに広がり続ける。
それはついに晶獣の足元にまで至った。
足から凍りつき始めた晶獣は身体を修復して攻撃することも、新たな分身体を生み出すこともできない。
「ウ、ウソ……なんでこんな、なんで……!!」
無尽蔵だと嘯いた水が全て凍りつき、優位だと信じていた戦況は完全に裏返る。
ヴェノムジェスターの声色にはもう一切の余裕がない。
「これで終わりよ……」
縦横無尽に走り回っていた麗華が止まった位置は晶獣から少し離れた真正面。
剣を逆手に持ち替え、力を限界まで絞り出すためアーマライザーに装着された二つの剣晶を操作する。
「FROSTYWHITE」 「LIGHTNINGYELLOW」
「RE-IGNITION」
再び順手に持ち替えた剣が鋭い氷柱を纏っていつもの得意技・ブライニクルランチャーを作り上げ、足甲からは激しい電撃が走り麗華の全身を包む。
先端を晶獣に向けたのが、死刑執行の合図だ。
「ブライニクルレールガン!!」
その突撃はまさに電磁加速砲の速さと威力で晶獣を貫いた。
ブライニクルランチャーから伝わる凍気は晶獣のみならず、亜由美を捕らえた水柱だけを除外して、まだ凍っていない工場内の水を全て凍らせるに至った。
そして、晶獣の体内にあるソードホルダーに激しい電撃が走り焼失。
炭化して砕け散ると、それに合わせて廃工場全ての氷にもヒビが入り、まるで戦闘の形跡を全て無かったことにするかのように粉々に砕け散った。
晃が、宏と賢治が、そしてヴェノムジェスターすらも。
きらきらと宙を舞い、すぐに溶けて消える氷の粉から視線を離すことができなかった。
ゴトリ、と音を立てて剣晶が床に落ちる音で全員が正気に戻る。
ソードホルダーを失った剣晶からは意識を失った青年が吐き出され、こちらも勢いよく床に叩きつけられた。
「ぶあっ!!ゲホッ!!ゲホッ!!!オエッ!!オェェッ……!!」
同時に亜由美も解放され、体内に入った水を必死に嘔吐して息を吸う。
全身が濡れて衣服がぴったりと張り付き、愛用の丸眼鏡も外れて落ちた。
「覚えていろ……!!」
「待てやオラ!!こっちの台詞だ!!」
捨て台詞を吐き、逃げ出そうとするジェスターに晃が吠える。
複雑に葦を絡められた晃の拘束は未だ解けていないので、吠える事しかできない。
「よくも宏と賢治巻き込みやがったな!!テメェは俺が絶対ぶちのめしてやる!!そのツラブン殴りまくって正体拝んでやるぞ!!」
「…………ッ!!」
ジェスターは喉まで出た言葉を飲み込むようにして沈黙し、晃と麗華が蹴破った窓に飛び込んでこの場を去った。
同時に漂っていた黒い霧が晴れ、廃工場の中に月の光が差す。
「はぁ……はぁ……生きているようね……ふぅ……」
敵が全て居なくなったことで麗華の緊張の糸が解け、剣晶二つの力を振り絞った鎧は強制解除される。
本人もほぼ体力を使い果たした状態だ。
息は荒く顔色も悪いが、ふらふらとした足取りでどうにか亜由美の元へとたどり着く。
「逃げんなッ!!クソッ!!クソォッ!!」
一方の晃はジェスターを追うべく必死に身体を揺するも、葦は解けず身体は動かない。
悔しさに怒り狂い、兜の下の顔には涙が滲み出る。
「晃ヨォ、今日はもう、よくね?」
「あんまいいとこ無かったけどまあ、おつかれー」
そんな晃に近付き、宥めるのは宏と賢治の二人だった。
「お前ら……」
「まーー?色々話積もってんけど、わくわくハウスでオレっち助けたバケツ頭もオメーだべ?まずはその恩返さなちゃヨ」
宏と賢治が晃に絡まった葦をちぎり、拘束を解く。
身体を動かせるようになった晃は鎧を解除し、改めて二人に向き合った。
「…………その、なんだ。悪かったよ。ウソついて」
向き合って言葉をかけたはいいものの、気恥ずかしさと申し訳なさに耐えきれずに目を背ける。
大切な友人を欺いた事への罪悪感が、ここで一気に吹き出した。
「いや、晃がなんか隠してたのモロバレだったし」
「へへ、もーちょっとウソつく練習することオススメするゼェ」
「羽黒氏にゾッコンなのもバレバレだしねー!」
「「ガハハハハハ!!」」
晃の苦しみを知ってか知らずか、二人は何事もなかったかのように晃に接する。
「なっ、なんだとーー!!」
言葉とは裏腹に、晃の表情からは憂いが取れて晴れやか笑みが浮かんだ。
いつもの昼休み、食堂で駄弁っている時となんら変わらないバカな会話。
自分のせいで無くしかけてた環境が戻ってきた事が、晃にとってなによりの喜びだ。
「……ぼちぼち話そうとは思ってたんだよ、ややこしくて話せる事あんまねーけど」
「オメー、まさか今から話すつもりかヨ!?日を改めろってマヂで!」
「あっち!あっち優先!水島氏やばいから!」
賢治が指を差した先には、衰弱した亜由美を抱きとめる麗華の姿があった。
「もう大丈夫。大丈夫だから……」
戦闘中の冷たく激しい声から一変、麗華の声色に優しさが戻る。
「ぅっ……ひぐっ……はぐろさん……はぐろ゛ざぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛!!」
持ち前の度胸を砕かれた亜由美は泣きじゃくり、冷えた身体を麗華に寄せて抱きつく事しかできなくなった。
ぐしゃぐしゃになった情緒で絡む腕が、麗華の体を容赦なく締め付ける。
「ぐえっ!!……落ち着いて。落ち着いて私の話を聞いて……」
身体を酷使した疲労と空腹の上、亜由美の強烈なハグにを受けて意識が飛びそうになる麗華だが、ギリギリのところで持ちこたえている。
「今グエッっつったよな?」
「亜由美チャン、割と力強ェー……?」
「あれは百合の塔キマシタワー……なの……か……?」
その異様な光景を見た男三人は困惑し、どよめく。
「うぐっ……もう無用心に危険に突っ込もうだなんて思わないで。今日みたいな危険は、この街ではザラにあるのよ」
「ふぐぅぅぅぅう………うん……」
「みんな心配するわ、私だってそう」
「うん……ゔん……!!」
「……見ての通り、こういう荒事をやっているの。出来れば、私達にはあまり関わらない方が」
「や゛た゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!除゛け゛者゛に゛し゛な゛い゛て゛え゛え゛え゛え゛!!!仲゛間゛に゛い゛れ゛て゛え゛゛え゛え゛え゛え゛!!や゛ー゛た゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
順調に進んでいるように見えた亜由美の説得だったが、言葉を一つ選び間違えたせいで暴走。
再び締められた麗華の身体からミシミシと危険な音が鳴る。
「視界が……視界が…白……」
「「「わー!!なにやってんだお前ー!!!」」」
その後、関わった殉教者達はシルバーセキュリティによって全員確保。
晶獣の力を使って広い世間にアピールしようという彼らの計画は、皮肉にも小さく狭い範囲の騒動として幕を下ろした。
麗華が奮闘し、敗北の危険すらあったこの夜の戦いは
ヴェノムジェスターと、その後ろに控える謎の存在たちにとっても小さく狭い戦い。
今後幾度となく繰り返される、人類侵略プランの一つでしかない。
しかし、二人にとっては違う。
命を救った軽率なバカ共が志と戦いを知る仲間になった事は
これからも長く苦しい戦いの道を歩む晃と麗華にとって、何よりも強い心の支えになるだろう。
数日後。
場所は嘉地鬨高校内の食堂。時間は昼休み。
一番隅にある四人掛けのテーブル、晃たち三人の指定席だ。
「晃ってさ、ネット疎いっしょ?剣晶とか晶獣、だっけ?あの辺に関わってそうなネタ、ボクが代わりに探しとくよ」
「そうだな、そういうの任せるわ。程々にやってくれや」
「だったらオレっちにも任せろよ!ナンパしてっから女の子とのネットワーク豊富だからヨ!」
「「うわ、アテにできねー」」
「なんでだヨッ!?」
隠し事による蟠りが解け、晃たちの関係はいつものものに戻っていた。
「しつこいようだけど、何か情報を掴んだとしても自分等だけで先行しないでね。必ず私達を通して」
ただ、剣晶についての情報共有が済んだ事と、晃の横の空いた席に麗華が座るようになったという変化があった。
「わかってるって。それはそれとして羽黒氏、それ……」
麗華が食べているのは食堂のメニューの中でもトップクラスのボリュームを誇る、スーパージャンボチキンカツ定食だった。
「……なに?」
「いえっ、なんでもないっす!」
食べ物について聞かれると露骨に機嫌が悪くなる麗華に対し、賢治は言葉を失った。
他人が見ている手前、麗華の食べ方には上品さと節度、ゆったりとしたペースを保たれている。
しかし麗華が食欲魔人であり、暴風のように食事を胃に収める本性を知っている晃だけは必死に笑いを堪える。
「今情報について話してました?だったら私の出番!ですよね?」
会話に割り込むように亜由美が登場し、余っていた椅子を使って強引に四人がけのテーブルの五人目になる。
「うわ出た」 「懲りねーなァ亜由美チャン」 「無敵かよこいつ」
「あっひどい!その反応はひどい!」
今回の一件でやばい女だという印象を受けた男衆からの反応はぞんざいなものだった。
女に甘い宏にすら厳しい目を向けられた事実に、亜由美は頬を膨らませる。
「私の情報収集能力の真髄を見たらそんなクチ二度と聞けなくなりますよ。手始めにひとつ……羽黒さんのスリーサイズは上から82・57・87ッ!!」
「ちょっ……なんでそんな正確に!!?」
「「「なにっ!?ヒップ87だとォ!!!」」」
突然与えられたお宝情報。
顔を真っ赤にして慌てる麗華の反応からそれが事実だという確証を得て、バカ男三人が色めき立つ。
「オイオイオイ、かなりのモンだと思ってたけどオイオイオイ……ポン、キュッ……ボン!だナ!デヘヘヘ……」
「いつも履いておられるスパッツが映えるわけですなぁ、ぶひひひ……」
「まっ、まぁ……そんなもんじゃねえの?……フヘッ」
全くデリカシーの無い発言で白い目を向けられる宏、賢治に対し、比較的無難なコメントで濁す晃。
しかし、ムッツリの本性は誤魔化せず鼻の下が伸び、広角は気持ち悪くつり上がっていた。
「ちょっと〜?芽吹くんの反応つまらないんじゃないですか〜?もう一声、もう一声!」
「食ったぶん全部ケツにいってんだな」
「め〜ぶ〜き〜く〜ん!!??」
晃の口から出た本日一番の失言に怒り、勢い良く頬をつねる麗華。
その様子に爆笑する宏、賢治、亜由美。
ろくでもない高校生達が送る、他愛もない昼休みの一コマ。
しかし、窓の外からその様子を見ていた教師・翡翠陶子は口をへの字に曲げ、つまらなさそうに呟いた。
「なーによ、キラキラしちゃってぇ……ばーか。晃くんのばーか」
「……私の座るところ、なくなっちゃった」




