第七話 2
「つまり、これらに関わる事件は全て……特防省によってもみ消されてきたのは皆さんご存知の事かと思いますが……」
時間は晃と麗華が到着する少し前、場所は山の近くに存在する廃工場。
普段、人がほとんど近づくことのない立地であるこの場所は良からぬ団体が集うのにうってつけの場所。
屋外工事に使われるガソリン発電機に繋がれた作業灯を、天井からいくつかぶら下げた薄暗い工場内。
剣晶を譲り受けたと裏インターネットで発言し、今回の集会を企画した青年が一段高い場所に立ち、彼らにとって聞こえのいい言葉で演説を始める。
それを聞きに、そして彼の言う特別な力を目撃するために集まったのは覆面などを用いて仮装し、それぞれの個を秘匿した殉教者達の構成員が三十人ほど。
亜由美、宏、賢治の三人は殉教者達の集会に紛れ込む事に成功。団体のやや後方に固まって興味のない演説を聞き流しながら、事態が動くのを待ちかねていた。
「今更これ言うのもなんですけど、本当に私についてきて良かったんですか?」
あらかじめ用意しておいた馬の覆面を被り、上から愛用の丸眼鏡をかけた亜由美が宏と賢治に問いかける。
「え?本当に今更じゃん何事?」
「なんも良くねえヨ……なんで河童なんだヨ……イケメンのオレっちが河童て……」
賢治は亜由美から渡された豚の覆面、宏は同様に渡された河童の覆面を被っている。
「今の今までまったく気にしてなかったんですけど、お家の方の了承とか大丈夫だったのかな、って」
「あぁ……ウチはそのへんユルいんだヨ。どうせウチ帰ってもオヤジしかイネーし、そのオヤジだって帰ってコネー日ザラにあるし」
「ボクはダディーもマミーも海外だからね。ライフスタイルだけならラノベ主人公。イヒヒヒ……」
何気無く自分の家庭環境を語る二人だが、その言葉にはほんの少しだけ自嘲的な感情が入り混じる。
それぞれ自分の家庭にコンプレックスを抱えているという共通点が、晃と友情を結ぶきっかけの一つだった。
「それなら良かった。私はパパとママにバレたらめちゃくちゃ怒られるんでその時は庇ってください♪」
「「って肝心のお前が無許可なんかーーい!!!」」
亜由美はふたりの語り口調から何かを感じ取りはしたものの、それにまったく関心が無いので特に触れようともしない。
亜由美が自分達を気遣う心など持ち合わせていないことは明らかだが、だからこそ気軽に言い合える友人としてはアリかもしれない。と二人は思った。
「なので、私が今回超存在の遣いから譲り受けたこの宝石を使い!わくわくハウスに現れた超人と同様の存在になります!特防省の秘匿している事実に触れて戦う……今日は我々殉教者達が腐敗と隠蔽に満ちた世界と戦う記念日になるのです!」
三人が聞き流していた話がいよいよ佳境に入り、演説者の青年がソードホルダーを懐から取り出した。
同時に彼の中にある負の感情、おそらくは殉教者達に加入するきっかけとなった社会への恨みを吸い上げ、内包される剣晶ごと本来のサイズへと膨れ上がる。
他の構成員達は皆、非現実的な目の前の光景に驚きと期待、そして恐怖の声を上げる。
「あっ!出ましたよ!!」
亜由美は目当ての一つであった不可思議な現象を前にして興奮し、どよめく構成員達を押しのけて一気に最前列に向かった。
「ちょ、待てよ!あれがアブネーって話何度もしたジャン!」
「晃〜、羽黒氏ぃ〜……もし本当に来るなら早く来いよぉ〜……」
慌てて亜由美を制止しようとする二人だが、あまり力が強くない彼らでは好奇心に支配された亜由美を止める事は出来ない。
熱狂する殉教者達を押しのける事が出来ず、亜由美との距離はどんどん離れていく。
「WATERBLUE」
「す、すごい!!一体どうなるの……?」
剣晶が起動し、水の青の瞬い光を放った事で人々の盛り上がりは最高潮に達した。
非日常や不可思議を追い求めていた亜由美も、覆面を外してこの光景に見惚れる。
「HoLd」
そして、続いたソードホルダーの起動によって全ての期待が絶望へ姿を変える。
「なっ!?なんだ!うわぁぁぁぁ!!!」
宏の時と異なり晶獣の存在を望んだ青年はソードホルダーを手放さなかったため、その身体ごと剣晶に吸い込まれるようにして消えた。
「ゴボッ……ゴボボボッ……」
ソードホルダーが脈を打って伸びた血管に、肉付けされるように水の身体が生成されて晶獣の姿を完成させる。
その声はまるで吸い込まれた青年が溺れ苦しんでいるかのようで、聞いた人間全ての恐怖心を煽り、阿鼻叫喚の地獄へと陥れた。
「えっ……!!?」
人間が晶獣に作り変えられる様を間近で目撃し、目に値する部位で睨まれた亜由美は恐怖で腰を抜かして尻餅をついた。
目の前の怪異は明確な敵意、人間に対する殺意を持っている事を雰囲気で感じる事が出来た。
すぐに逃げれば大丈夫、自分なら大丈夫。
そんな甘い考えのまま好奇心に突き動かされた亜由美は今までのツケを払わされようとしている。
「何やってんだ亜由美チャン!逃げんだヨ!!」
「や、やばいよ宏!水島氏腰抜けてる!!」
宏と賢治も覆面を外し、へたり込んだ亜由美を救出するために前進する。
しかしパニックに陥り、我先にと廃工場から逃げ出そうとする殉教者達の流れに逆らえず、思うように進む事が出来ない。
「ゴボボ……ゴボボボッ……!!」
「い、いやぁ……来ないで……!!」
晶獣はゆっくりと亜由美に迫り、水で構成されたその腕を伸ばす。
亜由美の命が奪われようとするその瞬間、廃工場の外から大きな声が聞こえた。
「ここよ!蹴破るわ、手伝って!!」
「っしゃあ!!せーのっ!!」
宣言通りに豪快な飛び蹴りで窓を破り、ガラスの破片と共に晶獣の前に現れた、三人にとって聞き覚えのある声の主達。
「マ、マジで来やがった……!!」
「あ、あ、晃〜!!羽黒氏〜!!」
「は……ぐろ……さん……!?」
「なっ!?テメェら!?それと昼のメガネ!!なんでここに……!?」
力強い着地を決めた晃だったが、本来ここで聞くはずのない友人達の声が聞こえ、危うく転びそうになる。
麗華は晃と対照的に、静かな靴音と共に着地する。
周囲を軽く見渡し、取り乱さずに状況を把握した後、軽くため息をつく。
「まったく、どいつもこいつも……聞きたい事は山ほどあるけど、まずは晶獣を片付けてからよ。芽吹くんは水島さんをお願い」
望んでもないのにそこにいる彼らの姿に、頼んでもないのに紛れ込んだ晃との出会いを思い出した。
どうあっても思い通りにいかない戦況、どうやっても増える厄介事。
先輩戦士としての的確な指示の中に、確かな苛立ちが見え隠れする。
「あれは……私が斬る」
「ゴボ……ゴボ……」
晶獣を睨み、剣晶を取り出して意思を明確にすると、晶獣もそれに反応して矛先を亜由美から麗華に移す。
「おうよ!おい!てめぇら!!これから喧嘩だ、さっさとこっから逃――」
晃が宏と賢治に退避を促す声は、突然聞こえた二発の銃声によって遮られた。
「ひぃぃぃっ!!なに!?今度はなに!?」
「ギャァァァァ銃だぁぁあ!!」
「極道かヨ!?半グレかヨ!?マフィアかヨォ!!?」
普段聞くことなどあるはずがない銃声でパニックに陥った亜由美は頭を抱え、賢治と宏は抱き合って震え上がる。
麗華と晃の足元にそれぞれ一発ずつ撃たれた銃弾型エネルギー。
その場の全員が銃声が聞こえた方を見ると、晶獣の更に後方に銃を構えた一人の道化師が立っていた。
殉教者達の集会に紛れていた、市販の道化服を着込んで顔を隠したピエロ。
しかし晃と麗華には、その手に持った拳銃型デバイスに見覚えがある。
「ヴェノムジェスターね……!!」
「テメェ……ここであったが百年目だオラ!!」
ピエロは沈黙を保ったまま懐から剣晶を取り出し、ガンドレッサーに装填する。
「IN-Srot」 「PHANTOMGRAY」
ガンドレッサーからはアーマライザーと似て非なる、或いはわざと似せているがぐちゃぐちゃに変形させた奇妙なシステム音声が鳴る。
ヴェノムジェスター本人が発する声にかけられたエフェクトと同一のものだ。
「ホールドアップ」
ガンドレッサーを天に向け、誰にも聞こえない小声で呟いた後に引き金を引く。
銃口から霊魂のような煙が放たれ、蛇がとぐろを巻くように腕から胸、腰、脚。
そして最後は首に絡みつく。
「うっ……!くぅぅ……ああっ……!!」
煙に全身を強く締め付けられ、ピエロは苦悶の声を上げる。
やがて形を持たない煙が周りに漂い始め、その身体を覆い隠す。
「sHOooooT-hIm……(撃チ殺セ)」
最後のシステム音声と共に煙が四方に散り、ヴェノムジェスターとしての姿が露わになる。
「「な、な、な、なんじゃぁこりゃああああーーー!?!?」」
「ウダウダやってんじゃねえぞお前ら!逃げろっつってんだよ!!」
新たな脅威を前に抱き合ったまま叫ぶ宏と賢治。
退避を促す晃に対して、ジェスターは不気味な笑い声を上げ、指を鳴らす。
その瞬間に窓の外がより一層暗くなり、なにも見えない不気味な様子へと変わる。
最初に晃が巻き込まれた時と同一の黒い霧だ。
「残念ながら逃げる事も、助けを呼ぶ事も許可できないな。今からこの廃工場は出入り不可だ、少年は私の相手をしてもらおう」
晶獣の横まで歩いて並んだジェスターは銃口を晃に向ける。
「そしてレディーは……そっちの彼女と一緒に苦しみ抜いてもらおう!!」
「ゴボボボッ!!!」




