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鉄拳の騎士  作者: sui
第七話 怒りの剣、雷迅の如く
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第七話 1

 麗華から緊急連絡を受けた夜11時。

場所は定食屋あきかぜの裏口、住居としての芽吹宅出入り口。

晃は簡単に着替えを済ませ、祖母を起こさないように外出の準備を整える。


「ごめん、お婆ちゃん」


 夜中に勝手に出歩く事も、怪しげな団体に喧嘩を売りに行く事も、紫織はきっと許さない。

灯りを点けずに玄関に立った晃は、小さな声で申し訳ない気持ちを吐露した。


 祖母の紫織は晃にとって友人達と同じくらい、或いはそれ以上に戦いに巻き込みたくない存在。

首を突っ込んできた宏と賢治に事情を話す事を妥協したが、そうではない紫織に自分の秘密を話すわけにはいかない。


 一番大切な家族を欺き続けなければならない。

晶獣やヴェノムジェスターに甚振られるのと同じくらい、晃の心は傷んでいた。


「謝らなきゃならん事をしに行く気なのかい、晃」


 不意に声が聞こえ、廊下の灯りが付けられる。

晃が慌てて振り返ると、そこには寝間着姿の紫織が立っていた。


「どわぁあああっ!?お、お婆ちゃん!?なんで……」


「大きな声を出すんじゃないよ。近所迷惑だろ」


「あ、あっ、はい……」


 想像していなかった祖母の登場に萎縮し、言葉を失ってしまう。

晃はまた叱られるものだとばかり思っていたが、意外にも紫織の声色と表情は落ち着いていて、怒っている様子は感じられなかった。


「電話の声にしたってそうさ……丸聞こえだったよ。何か火急の用だって事もね」


「あの子……羽黒さんの関係だね?」


「……ウッス」


 まっすぐ向けられた祖母の視線に耐えられず、晃は俯いて目を逸らしてしまう。


「羽黒さんはいい子だし、喧嘩ばっかりしてたあんたが誰かに頼られて、期待に応えに行くのは喜ばしい事だと思ってるんだよ」


 晃の行動を紫織が褒めるのは珍しい事だ。

しかし、この後に続く祖母の言葉がなんとなく想像できる晃は、素直に喜ぶ事が出来ない。


「だがね、あんたがやってる事を隠しているのは気にくわないね。アタシは死んだ娘からあんたを預かってる身だ、訳も言わず夜中に出るってんなら行ってこいとは言えないんだよ」


「……ウッス」


 祖母の正論に返す言葉もなく、俯いて曖昧な返事をすることしか出来ない。

JRICCという存在と行動、そして剣晶との戦いは世間一般の道理の外側にある。

晃が無理を通さなければ一般人である紫織の道理は引っ込まない。


「言いな。あんたはなんで外に出たいんだい」


 欺きたくない、無理矢理外に出たくもない、だからやるしかない。

覚悟を決めて垂れていた頭を上げ、紫織の目を見据える。


「すんません、どうか……どうか聞かないでください……!!」


 晃はその場で土下座して、喉の奥から声を絞り出した。

嘘をつけない晃には、通らない道理を真正面からぶつけるしか方法がない。


「……言えない事かい?」


 紫織の声色に少しの驚きが混じる。

晃が紫織に許しを請う為頭を下げ、謝る事は日常茶飯事だ。

しかし願う為に、額を床に擦り付けて土下座をする姿を紫織はこの日、初めて見た。


「お婆ちゃんを巻き込んじゃいけない事なんだ、話したらそれも出来なくなっちまう。でもお婆ちゃんの教えに背く事は絶対にやらねえ。死んだ母ちゃんや爺ちゃんのツラにドロ塗るような真似は絶対にやらねえ、だから……」


「顔を上げな、晃。アタシが聞きたいのはそういうことじゃないんだ」


 必死に、今にも泣き出しそうな声で懇願する晃に対して、ため息の後に声をかけた。


「ふぇ?」


 晃は予想していなかった展開に調子を狂わせ、素っ頓狂な声を上げる。


「アンタは何故それをやる?頭下げてまで無理通そうとするのは何の為に?」


「何の為……何の為、かぁ。うーん……」


 覚悟の行き先が迷子になり、困惑しながらも祖母の発言の答えを頭の中から探る。

JRICCがやっている事は何か、何の為の戦いか。

晃はそこから答えを引き出そうとした。


「えーっと、えーっと……世の為……人の為……正義の為…………」


 未だに詳しい状況は理解できていないものの、晶獣を倒す事、晶獣の被害から人々を守る事。

JRICCのやっている事はそういう意義があると思っているし、同時にそう答える事で紫織を安心させられるとも思った。


――なんだ、それ?


 直後、自分の発した言葉が妙に気持ち悪く感じた。酷く滑稽な嘘をついているような気分になった。


「…………違うな。そんなのは嘘だ。俺にとっては大嘘だ」


 JRICCはそうであっても、自分が同じ意思で戦っているわけじゃない。

後から偶然入ってきただけの自分が、その理念にタダ乗りできるわけではない。

それに気づいた時、晃の中で答えは出た。


「俺の為だ、俺がそうしたいからそうしてんだ。かっこいい理屈の一つでも言えたら良かったんだけどさ……やっぱ俺の中にはこれしかねえや」


 それは子供の頃から何も変わらない、晃の中にある行動理念。

叱られた行動も、褒められた行動も、全て根元にあるものは同じ。

殴りたい奴を殴りたいから殴る。助けたい奴を助けたいから助ける。

麗華の横に無理やり並んで戦列に加わったのも、晶獣に奪われた宏の生命エネルギーを取り返したのも自分の為。

そして今回、剣晶を暴走させたであろう殉教者達を止めに行き、いつかその後ろに居るヴェノムジェスターを追い詰め、決着を付ける為。自分の為。


「だから……お婆ちゃんには筋通したかった。わかってくれとは言えねえけど……」


 そして、祖母を尊重したいから尊重する。

剥き出しの爆薬のような精神を包んで、人としての形を守り続けていたのは紫織の存在だ。


「…………あんたが心から望んだ行動だってんなら、もう言うことはないよ。どうせ止めたって聞かないだろ。本当に単純な事しか言わないのには呆れたがね」


 紫織は目を閉じて沈黙した後、決意とも諦めともとれる声で晃に答えた。


「あ、あのさ!それとあと……羽黒が見てるからカッコつけたい」


 祖母の反応を見て自分の単純な答えをまずいと思い、再び自分の脳から何が答えを弄り出す。

その結果出てきたのは思春期の男子丸出しの、やはり単純な感情だった。


「カッコつけたい〜?」


「あっ!いや……でも恩義があるからとか、そういうやつだからな!宏みてえなチャラチャラしたのじゃないから!!」


 晃から出てきた、高校生丸出しの本音を受けて気の抜けた声で復唱する紫織。

その様子を見て晃は気恥ずかしくなるが、真っ赤な顔で行う弁明は青さが隠せていない。


「あー……わかったわかった。もういいから行ってきな」


「うん……」


 晃と紫織の様々な感情が通り過ぎ、最後には気まずさだけが残る。

埒があかないので紫織は晃との問答を切り上げ、望むまま行かせる事にした。


「晃!最後に一つ約束しな!」


「へ、ヘイッ!?」


 晃が家を出る直前。

扉の方を向いた晃の背中に、紫織は最後の言葉をかける。


「何するのか知らないけど、絶対に生きて帰ってくるんだよ。娘と夫に続いて、あんたまで見送るのは御免だからね……」


 母と祖父を喪った時、悲しみに暮れたのは晃だけでない。

晃の背中にかけられた声は自分と同じ孤独を知っている者の、心からの願いだった。


「……押忍。行ってきます!!」


 応えなければならない。この約束だけは守らなければならない。

紫織の方を振り返らないままそんな気持ちを込めた言葉を返し、晃は戸を開けて外へと飛び出した。


「芽吹くん!乗って!!」


 扉越しには家の前に車が止まる音と、麗華の声が聞こえてくる。

これから戦いの世界へと旅立っていく孫の姿を、紫織はただ見送った。


「まったく、我が孫ながら酷いもんだ。嫌になるほど血の繋がりを感じちまうね」




「まるで……鏡越しに昔の自分を見てるみたいだよ」

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