第六話 2
わくわくハウスの事件から一週間。
JRICCのアフターケアにより最新医療を受けた宏と賢治は、学校に通える程度には回復していた。
食堂にはいつものように晃、賢治、宏の三人が固まって座っている。
晃は弁当、賢治と宏は学食を広げ、いつものようにくだらない話で時間を潰す昼休み。
「いやー、ボク今回の件で確信したね。怪人と鎧は実在する!SNSでも似た事象が過去に何度かあったって話題になってるし!」
かつてはおとぎ話、近代ではそれを軸にしたホラ話。
今まではそう処理されていた剣晶と晶獣に関わる事象が、わくわくハウスの一件から実話として語られる流れが出来上がりつつある。
この件そのものへの追求は特防省とシルバーセキュリティーの手により遮られ、これ以上先に進まないようにはなっているものの、今後ヴェノムジェスターが仕掛けるであろう攻撃との関連づけられて語られる事は、JRICCの関係者達には容易に想像できる。
「オレっちヨォ、病院で倒れてる時夢見たんだヨ。バケツみてえな頭した鎧がブン殴ってきて……なんか助けてくれた、みたいな。ボンヤリしててよくわかんなかったけどヨ、晃が話してたのに近い白い鎧も居てヨ……とにかくオレっちを助けてくれたんだよあいつら」
晶獣から宏に返還した生命エネルギーに、晃と交戦した記憶が混じっている。
これは今後ヴェノムジェスターが同様の手段を用いた時、助けた被害者には自分達の記憶が残ってしまう事を意味している。
戦いを表沙汰にしない事がJRICC、そして晃の目標だったが、その実現が困難になりつつある。
「い、いや……いるわけねえだろそんな……よ、鎧なんてよ。アニメ見過ぎじゃねえの?」
「「そもそもお前が言い出した話だろ!!!」」
が、それを秘匿したい立場の晃は致命的に嘘が苦手だ。
何も知らなかった頃に話してしまった事が、今になって晃の立場を追い詰める。
「うっ、うるせーーー!とにかくいねえったらいねえの!!非科学的なのー!!」
隠し通すのは限界だ、だが自分の口から言う事は出来ない。出来るはずがない。
また理不尽にキレ散らかしてこの場を誤魔化そうとしていた晃に、転機が訪れる。
「あ、あのぉ……」
陶子や麗華のような変わり者を除いて、基本的に誰も寄ってこない晃達の特等席に一人の女子生徒が近づいた。
「オッ!二組の亜由美チャン!!ハローッ!オレっちになんか用〜?」
丸眼鏡を掛けた童顔に太い三つ編みを下げた、この女子の名前は水島 亜由美。
地味で特徴のない風貌だが、よく歩いているのか意外と引き締まった脚と少し磨り減った靴。
そして手に持ったメモ帳と制服の胸ポケットにぎっしり詰まったペンが、ただの生徒はない異様さを醸し出している。
「いえ、芽吹くんにお話が……」
「あぁ!?なんだテメエは!なんか文句あんのか!!」
晃は亜由美の事を全く知らない。
ただ、続けたくない会話を強引に切るいい機会だと思った。
「鎧と怪人の話、私にも教えてください!これ今すっごい気になってる話題でネットの情報かき集めてるんですけど何故か確信に当たる情報にたどり着けなくてこれは何者かによって意図的に隠蔽されたと見ていいでしょうだからここからは自分の足で情報を集めてるんです芽吹くん何かご存知なんですかご存知なんですよねあっ、それとそちらの二人は先週のわくわくハウスの一件で何を見たのか詳しく――」
気弱そうな口調から一変、聞かれたくない事を一息で的確に長々とまくし立てる亜由美に晃は絶望した。
たしかに転機は訪れた、しかし転がった先が最悪だった。
亜由美は噂話が大好きで、しかも気になった事を徹底的に調べなければ気が済まない極度の凝り性。
自分の知りたい事以外にはまったく興味を示さないので新聞部などの部活動にも向かず、関心の持てない単元は覚える気が無いのでテストの成績も各教科で細かく極端にムラのある変人。
それが亜由美だ。
「し……知らねえっつってんだろ!俺は今機嫌ワリイんだ!失せろ!!」
乱暴に席を立ち、亜由美の胸倉を掴んで威嚇する。
あまり好ましくないとは思うが、晃にはチンピラの態度を全開にして追い払うしか手段がない。
「あっ!晃テメーッ!!流石にそれは見過ごさねえゾ!!」
「女の子に手上げたら、お婆ちゃんにチクるかんな!!」
晃のそういう一面を良く思わない友人二人が、左右から腕を掴んで制止する。
「嫌です」
「う゛っ……」
しかし、一方の亜由美は全く動じなかった。
気弱そうな顔つきからは想像出来ない図太さに、晃は言葉を詰まらせる。
恨みや敵意の対象ではない相手に対して、怒りを持続させる事が出来なかった。
「この子強くね?」
「あー、こりゃ晃じゃ勝てねータイプだワ」
晃の心が無様に完全敗北した事を察した二人は、腕を離して拘束を解除する。
「お願いします、知ってる事を教えてください!私気になって仕方ないんです!」
万策尽きた晃は冷や汗を垂れ流して手を離し、目の前にいる知的好奇心の怪物から一歩後ずさる。
精神がやや幼稚な晃にはこの場をやり過ごす手段と余裕がない。
「騒がしいわね」
晃の醜態を見かねて、遠くから様子を見ていた麗華が三人と晃の間に割って入る。
「あっ、羽黒さん!!ついにあなたの方から話しかけてくれるなんて……」
「うっ……水島さんだったのね……」
麗華を認識した亜由美は頬を紅潮させ、亜由美を認識した麗華は顔を青くする。
「お、おい友達か?なんとかしてくれ……」
身を小さくして麗華の後ろに隠れた晃は、情けない小声で助けを求める。
「断じて違う……何か私の事が気になってるらしくて、たまにつきまとわれてるのよ……」
誰ともつるまない、好んで喋ろうともしないミステリアスな優等生である麗華は、亜由美の好奇心を掴んで離さない逸材だった。
「少しだけ待ってくださいね、芽吹くんから話を聞き終わったら羽黒さんの事もたくさん――」
「騒がしい、と言ったのよ……『事情はわからないけれど』、嫌がっているものを無理やり聞き質すのは側から見ても感心できないわね」
麗華は右手を亜由美に伸ばして制止し、その行為の強引さを諌める。
至極真っ当な、しかし晃の立場と頭からは絞り出せなかった言葉に亜由美はたじろぐ。
「……お昼休みも終わるわ、もういいでしょう?」
「そ、そういう事だ!反省しろよおめーら!!」
晃は逃げるように手早く弁当箱を片付け、麗華に続いて食堂を去る。
「わ、私知ってますよ!そこの二人が入院してる間、ずっと芽吹くんと羽黒さんでお昼食べてたって!!」
「「なっ、なにぃぃぃぃ!!??やっぱキミ達デキてんのぉ!?」」
聞きたい事を何一つ聞き出せなかった亜由美が、悔し紛れに放った最後の捨て台詞。
鎧に関する話題と同じくらい、あるいはそれ以上に気になっていた二人の関係性をいきなり叩きつけられた宏と賢治は食堂中に響き渡る大声で騒ぎ立てる。
「あ゛ー!!あ゛ー!!あ゛ー!!だー!まー!れー!!!」
鎧に関する話題と同じくらい、あるいはそれ以上に秘匿したかった事実をいきなりバラされた晃も食堂中に響き渡る大声で喚き散らす。
「あなたもうるさい」
「いてええええええ!!!」
やり方は乱暴で下手くそ、効果としてはまるで話にならない。
それでも友人を危険に巻き込みたくないという、晃の想いに麗華は感心していた。
だから手を貸してやったというのに肝心の晃が亜由美の思惑にまんまと引っかかり、足を止めてしまう。
怒りを覚えた麗華は晃の耳を引っ張り、強引に食堂から連れ出す事で場を無理やり収めた。
食堂中の誰もが、一際うるさい晃達に注目していた。
かつては学年一の危険人物と噂されていた晃が、女子に完全敗北して去っていくみっともない姿を。
「フゥン、なるほど……そろそろ隠し通すのも限界なのかもしれないね」
時間は午後六時半。羽黒コーポレーション地下、JRICC本部。
晃と麗華、そして篝火は円形のデスクを囲んで座り、今後懸念される問題事項に対しての会議を行なっている。
デスクの上には篝火の入れた香りのきつい紅茶と、後にほぼ全てが麗華の腹に収まる予定の茶菓子が並べられている。
「かもしれない、じゃねえんだよ。どーすんだマジでよ……」
晃は頭を抱えて項垂れる。
友人を戦いに巻き込まないという誓いと、その友人達を騙し続けなければならない罪悪感のジレンマに疲れ切っていた。
「社会に対してのアプローチは特防省の仕事だ、ぶっちゃけこれに関してはワタシらに出来ること無いンだよねー」
一方の篝火は晃の様子などまるで気に留める様子もなく、真面目さの感じられない態度で応答する。
「それにさ、今のとこ君達を怪しい目で見てるのってお友達くらいなンでしょ?」
「ええ、芽吹くんの友人二人と、厄介な子が一人……断じて友達ではありませんが」
頑なに亜由美が友人である事を否定する麗華、その語り口調には相当付きまとわれたであろう疲れが見える。
「じゃあ、いっその事その子らにだけはバラして巻き込ンじゃえばいいンぢゃね?って思うけどねワタシ」
「なっ!?テメェ!言ってる意味わかってんのか!!あいつらケンカ弱えんだぞ!晶獣と殴り合ったりなんかできねえ!!」
「本来キミもそっち側でしょ?アーマライザーが無かったら晶獣と殴り合えないくせに何ナマ言ってンだぁい?」
晃の中にある前提条件を真っ向から否定する篝火に激昂するも、彼女の言う正論を前に言葉を失う。
「それにだ、巻き込むと言っただけでキミらと肩並べて戦わせろと言った覚えはないよ。晃くンのお友達二人がアーマライザーに適合していない事は病院から拝借したデータから見ても明らかだし、おそらく麗華くンの厄介フレンドもそんな都合のいい存在じゃないだろう」
「非戦闘員としてJRICCに加えると……?」
「流石にパンピー加えるような余裕ウチには無いよ。研究対象になり得ないものに興味なンて無いしね」
麗華の問いにも、まるで的が外れていると言いたげな声色で応答する。
「だから、こうしよう。JRICCの存在とアーマライザーの詳細を公には出来ないけど、そのお友達三人限定でキミ達が鎧を纏って晶獣と戦ってる事を話すところまでは許可してあげる。ワタシの立場で出来るギリギリはこのへんだよ」
「だ、大丈夫かよそれ。そういう事やってあいつら巻き込まれねえか心配でよ……」
「いや、主任が許可してくれるのなら悪い選択ではないと思う」
まだ不安を口にする晃とは対照的に、理解を示した麗華は晃の方を向き、説得を始める。
「インターネットにはもうライトニングイエローの晶獣の写真が少数出回ってる。事件に巻き込まれた人が撮ったものよ。戦いが続くのなら、これからこういう事は増えていくでしょうね」
麗華は自分のスマートフォンを操作し、SNSに拡散された晶獣の写真を写して晃に見せる。
「あのメガネの事だから、こういうの一人で嗅ぎまわるんだろうなあ……」
「水島さんも、芽吹くんを怪しんでる二人もこのまま放っておくのは危険よ……自分から首を突っ込んでくる人が面倒な事になる前例はあるし!」
「うっ!は、はい……」
お前こそがその前例だ、と言わんばかりに麗華に指を差された晃に反論の余地はない。
「……それに、友達に嘘をつき続けるのは辛いでしょ?」
「……うん」
麗華が言い当てた晃の本音に、ただ弱々しく頷く。
問われるたびに不機嫌に誤魔化す生活は、そろそろ限界だった。
「だから、あの三人の疑問を晴らして私達の行動範囲内に入ってもらえたら、危機から遠ざけたり、守ったりしやすくなる……でしょ?」
「そうするしかねえか……」
晃は深いため息を吐いた後に、渋々ながら自分の考えを軟化させる意思を示す。
「ヨシ、方針は固まったね?では今日のメイン議題に移らせてもらうよ」
晃が納得した様子を見届けると、篝火は両手をパチンと鳴らして二人の意識を自分に向けさせた。
「ヴェノムジェスターの登場以来、我々の対応は後手後手にならざるを得なかった。奴の尻尾を掴めていない現状ではまだこの苦境は続くだろうね」
「しかし、だ。今回運良く晶獣が人為的に現れる予兆、即ちジェスターからの横流しで剣晶を手に入れた者がいるという情報が入ったンだよ」
「そいつにカチコミかけて、やらかす前に剣晶ブン取ってくるってわけか」
「まぁ落ち着きたまえ。ここからが厄介なンです。正確に表現すると剣晶を手に入れたのは個人ではなく、団体なンだ」
「その団体は〝殉教者達〟と呼ばれている」
「「殉教者達?」」




