第六話 1
深夜。
人気のない高架下で物品のやり取りを行う、不審な人影があった。
「追加の剣晶、そして同数のソードホルダー。数はこれで十分だろう?うまくバラまいておくれよ」
一人は、まるで魔法で作ったかのように煌びやかなドレスを身に纏う、ウェーブのかかった長い銀髪の女性。
気品と余裕に満ちた佇まいは、薄暗く汚れたこの場には不釣り合いだ。
しかしその眼球の強膜は青く、猫のように縦長の瞳孔が入った金色の瞳が妖しく輝いている。
人の形をしているが、地球上に存在するどの人種とも一致しない目を持つ彼女を、誰が見ても人間とは認識しないだろう。
女の横に控える、白いビジネススーツを着た背の高い男が大きなジュラルミンケースを開き、取引相手に中身を確認させる。
男は整った顔つきと短めの白い髪を持つが、その肌色は異様に青白い。
女と同様、人間とは異なる生命体である事が察せられる。
ケースの中には様々な色の剣晶と、同数揃えられたソードホルダーと名称された部品が格納されている。
それはわくわくハウスの一件でライトニングイエローの剣晶に取り付けられていた部品と同一のものだ。
「フン!自ら先陣を切って戦えぬ下等生物めが……母上の新造品だ、無駄に使ってくれるなよ」
男は乱暴にジュラルミンケースを閉め、取引相手に向かって地面を滑らせるように蹴り飛ばした。
「やめなさい、オズヴァルド。適材適所よ。此方の人間であるこいつには、こいつなりの使い道というものがある」
女はオズヴァルドと呼んだ男を見上げ、傲慢な態度を諌めた。
外見はほぼ同年代に見える二人だが、男に対する女の振る舞いは母親が息子に行なうそれとよく似ている。
「あなたもそれはわかっているわね?ジェスター」
「……仰せの通りに、ロミルダ様」
ケースを受け取った取引相手、女をロミルダと呼んで跪くのはヴェノムジェスターだった。
恭しく頭を下げ、ロミルダと目線は合わせない。
「母上の造った装備で剣晶の力を行使しておきながら、あのような小さき者共に手こずりおって。オレであったなら一撃で二人とも葬り去っていたであろうよ!!」
跪いたままのジェスターを見下し、オズヴァルドは容赦のない罵倒を続ける。
「聞きなさい、オズヴァルド」
ロミルダはオズヴァルドとジェスターの間に立ち、聞き分けの悪い息子を睨みつけた。
オズヴァルドは慌てて跪き、続く母の言葉を待つ。
「お前やウルスラの力を借りればこの世界の蹂躙なんて容易い。だが面倒なことに私達の目的は破壊ではなく支配だ。此方の社会システムを極力そのままにして、私達が頂くんだよ」
「自慢の子供であるお前達の出番はまだ。今は此方に毒を蒔く段階なのよ。それまでいい子にしていなさい。いいわね?」
「母上の御意志のままに!!」
話を終えた後、ロミルダは低くなったオズヴァルドの頭を優しく撫でた。
オズヴァルドの声は忠義に溢れた勇ましいものだったが、その表情は緩みきっている。
母親に甘やかされる子供のそれとよく似ていた。
「それに、だ。あの道具……アーマライザーと言ったかな。あれは少し興味がある」
一通り息子を甘やかしたロミルダは、話の対象をヴェノムジェスターに移した。
ジェスターは変わらず頭を下げ、二人の方を見ない。
「戦闘力に大きく劣る此方の人間に剣晶の力を纏わせる……お前にくれてやったガンドレッサーと基本的な原理は同じだが、なかなかいい性能をしているな。此方の人間にしてはよく出来ているよ」
ガンドレッサーとは、ヴェノムジェスターが用いる銃の事を指す。
「連中も連中なりに頭をひねる努力はしているね、後々接収する事を考えてもう少し様子を見たい」
アーマライザーとそれに関わる人間を評しているような言葉だが、その言い草には彼女の言う「此方の人間」への蔑視が滲み出る。
「今回くれてやった分で奴らを倒せるなら手っ取り早くていいんだが……剣晶の取り扱い技術を成長させてくれたら私の研究に活かせそうだ。横取りするのが一番楽だからねこういうの」
「だから、勝てないなら勝てないなりにデータくらいは取れるようにしなさい。わかった?」
「……承知しました」
ジェスターにかける言葉には全く期待の色が見られない。
一方のジェスターの感情は加工された声と、道化の面に隠れて読み取れない。
任務を与えるものと与えられるもの。
冷徹なやり取りだけがそこにあった。
「それじゃ、後はよろしくね。それとブディックは破壊してくれるなよ?此方の服と靴は好きなんだ。接収できる量が減っては困るからね」
言いたい事を全て言い終えたロミルダは、オズヴァルドを引き連れ夜の闇へと消えた。
ヴェノムジェスターは二人の姿が見えなくなるまで、ずっと頭を下げたままだった。




