第四話 1
変人の主任研究員、篝火の長話は続く。
「人間が晶獣を使役する……何のために?」
黙って話を聞いていた麗華が口を開く。
晶獣は絶対に人類と相容れない災害、そう説明を受けていた身では理解しがたい話だ。
「それがワカランからマズいのだよ。そしてヤバいのだよ。例えばだね、台風だの地震だのの災害を自らの力で起こす事が出来る人間がいたらどう思う?」
「クソヤベェ迷惑野郎だと思う」
「その通り。ヴェノムジェスターのやってる事はそういうものなンだ。我々に事前察知されずに、晶獣のパワーソースたる剣晶を任意のタイミングで晶獣へと戻し……」
篝火は一旦話を止めて、麗華を右手で指差した。
「任意の人間を陥れる事が出来る」
話を再開すると同時に左手をポケットに入れ、中から剣晶を取り出した。
麗華を不意打ちで圧倒した、土色の剣晶だ。
「真っ正面からやりあえばあんな無様は晒さなかった……!」
不覚を取った記憶が蘇り、歯ぎしりをした後で麗華は弁明した。
横で眺める晃からは、戦いを専門としている人間のプライドが傷ついた痕が見えた。
「だろうね。だがそうはならなかった、させてもらえなかったンだ。」
「俺っつう足手まといを用意したからか?」
その日の戦いは、晃にも悔しさが残っている。
自信のあった喧嘩でまったく歯が立たず、恐怖に支配され、アーマライザーがなければ麗華共々殺されていた。
なにより、明確な弱者として扱われた事が腹立たしかった。
「ほーン、思ったよりしっかり理解できていたようだね。さらなる理解の為にまとめるとだ。ヴェノムジェスターは晶獣が本来成し得ない策を弄し、我々の全く知らない技術を用い、我々でさえ手こずっている剣晶の運用を行い、我々人類に害を為す、『人間』なのだよ。相当にヤバい存在だろ?」
「知るかよ。人間だってんならいくらでもやりようはある、次はボコボコにしてやる!」
篝火の言う危険性をあまり深く理解していない晃は、拳を握って左掌をパチンと叩き、徹底抗戦の意志を示す。
「ええ、必ず打ち取ってみせる。このままでは終わらせない」
晃より事の重大性を理解している筈の麗華も晃に続く。
冷静な心の奥底に潜む、晃に引けを取らない血の気の多さが見え隠れする。
「意気込みがあって結構結構!……ま、今はそれくらいの気持ちでいてもらった方がありがたいか」
そんな二人の持つ危うさを知ってか知らずか、篝火は満足したような声を上げた。
浮かべた笑みに含みを隠しながら。
「安心したまえ。アーマライザーという装置はこの状況に向いているンだよ」
篝火はキーボードを叩き、大型モニターに剣晶の図解を映す。
その成分や成り立ちがひっしりと英語で書かれているが、晃には読めなかった。
「晶獣に対抗するには同じ力、即ち剣晶を用いるのが最も有効だというのが人類が今まで戦ってきた中で得た答えだ。しかしこれがなかなか難儀でねぇ」
「カーテナ、ジュワユーズ、天叢雲剣、越王勾践剣などなどなどなど……世界各地に現存する伝説の武器は、解析の結果その素材に剣晶が使われたことが判明している。つまり昔はこのやり方で晶獣に対抗する攻撃力を得ていたってワ・ケ」
「現代では、シルバーセキュリティが用いている対晶獣用装備類がある。武器に剣晶を装着して弾薬にそのエネルギーを付加するンだ。少なくとも今まで一般ピーポォーに晶獣の存在を隠し通せるくらいには活躍しているンだが、万人に使えて数を揃えなければならない都合上、出力の高い剣晶を使えなくてね。ぼちぼち限界が見え始めてきた頃だ」
「そ・こ・で!地球最強の天才であるワタシが開発したのがこのアーマライザー!!武器に剣晶の力を付加するのが限界だった今までの常識を大きく大きく大きく大きく覆し、全身を包む鎧の形に成形する事で人間と晶獣のパワーバランスをイーブンにして、真っ正面から殴りあえるようにしたのさ!!」
自分の偉業に興奮し、狂人のテンションに戻る篝火の話に連動するように、伝説の武器から対晶獣用装備類を映していたモニターがアーマライザーの図解に切り替わる。
アーマライザーの図には開発に至るまでの苦労、参考にした過去の遺物の話などがびっしりとドイツ語で書かれているが、晃にも麗華にも読めなかった。
「とは言え、まだまだ試作品の域を出ない。ソシャゲで例えるところのSSRクラスであるフロスティホワイト……エヴァーグリーンもそうか。要はとても希少で出力のバカ高い剣晶を使わなければならない事情はある。が!こいつはすごいぜ!麗華くンがやってみせたみたいに第二スロットに剣晶を装填すればその力をかなりストレートに武器や防具に変換することが出来る!拡張性があって!敵から奪った力がそのまま自分達の力になるンだよ!!すごくない?すごくない??すこくない???すごいって言って?褒めて??愛して???」
「確かに、すごい実績ですね。話の続きが聞きたいです」
「聞きたい?いいよぉ!そういう素直なとこ可愛いヤツだなぁキミはぁ!!」
自己顕示欲が暴走した篝火を感情のない声で讃え、話の続きを促す、
「あっ、そうやってやり過ごすのがいい感じなんだなこいつ」
「そうよ」
それが暴走した篝火と適度に付き合うための最善策だと、晃は見て学んだ。
「強敵を倒せばその力を自分で使える。努力がメッチャわかりやすく身を結ぶ。そういう意味では昨日手に入れたこのグラウンドブラウンはかなりお手柄だ。ソシャゲで例えるところのSRクラスだから、きっと役に立つゼ」
「さっきからえらく俗っぽい例え方すんなぁ、わかりやすくていいけどよ」
「えす……あーる?」
SR、SSRというゲーム的概念は、賢治や宏との付き合いで軽くソーシャルゲームに触れていた晃には理解できたが、全くゲーム類を触った事が無い麗華には通じなかった。
「ワタシの凄さとワタシの凄さとアーマライザーの凄さとワタシの凄さを理解してもらえた所で、次の議題だ」
唐突にモニターの出力を落とし、画面が暗黒に染まる。
それは同時に篝火の中のスイッチが切り替わった事を表現したような、不気味な暗さだ。
「芽吹晃くン、キミは一体何者なンだ?」
「……あ?」




