5話
簡単な物を改良…。
私の中ですぐに浮かんだのは、「汚す」という事だった。
人間は汚れることを嫌がり、恐れる。
だからこそ人は憎い人間を汚したくなる。
そこから生まれたのが、白くて美しいものを、闇のように暗い黒に染め上げる染料。
魔女が一番最初に習う代物だ。
白を黒へ。
それだけなら絵の具でも出来る。
だが魔女が使うのには、ある闇を加える。
だからその染料を使うと、二度と白には戻れない。
どんなに洗っても落ちない黒。
その黒は永遠だ。
「これを改良…。」
私は書き出した染料の材料を確認する。
「ん~森にしかないものばかりだな…。」
しかしここはナビル国。
<この国の資源を使って…>
ふとラキュアの言葉が頭をよぎった。
「まずは、私がこの国の資源を知らないとね。」
そう思い立った私は、早速夜のナビルを歩くことにした。
しかし部屋を出ようとして、私はあることを思い出した。
それは昼間ティアラが私の部屋に勝手に入り、机の引き出しから小瓶を取り出したことだ。
また同じような事があってはいけないと思い、小瓶を着ていたローブの大きくたゆんでいる袖に入れた。
「これで大丈夫。」
部屋の中を詮索される位は構わない。
ティアラはラキュアの結婚相手だろうから…私が逆らってはいけない相手な様な気がする。
(だって…特別なのはティアラだもの。)
そう思うと胸がチクリと痛む。
そんなティアラは小瓶の中味を疑っていた割には、存外に扱っていたのが気になる。
小瓶が割れて、ティアラに掛かりでもしたら大変なことになる。
もしティアラが誤って毒薬を口にしてしまったら…私はラキュアに生涯顔向け出来ないし、何よりもラキュアの悲しむ顔を見たくはない。
それに中味が中味だけに、その辺に捨てるわけにもいかない。
安全なのは、全てを分かっている私が持っていることだ。
私は静かに王宮を抜け出した。
王宮を抜けると、お店などが連なる繁華街へと続く。
まだ灯りが付いていて、どのお店も活気に溢れていた。
「こんなに栄えていたのね。」
昼間に見るより夜の方が街に元気があるように見えた。
やはり昼間は暑くて、なかなか外にも出にくいと言う砂漠の特徴なのかもしれない。
あとは繁華街を彩る、様々な灯りが人々の心を踊らせるためか…。
どっちにしろ、街が元気なのは良いことだわ。
でも、やっぱり気になってしまうのは、周りの視線。
誰も私を見ていないと思いたいけど、引きこもってきた私には周りの目が好奇に思えた。
(もしかして私、浮いてる?)
そんなことも頭をよぎる。
私は右を見たり左を見たりして、繁華街を歩いていた。
すると、夜の街にヒラヒラと涼しげに、はためく何かに足が止まった。
「お嬢さん。どう?この生地。」
そう声を掛けてきたのは私が足を止めた、布地を扱った露店の店主。
「とても美しいですね。」
私の目の前で時折ふく風にヒラヒラとその身を委ねている布生地は、白くてキラキラしていて、とても美しかった。
私は思わずその生地に手がのびた。
さらっと私の手のなかをすり抜ける。
「気持ちがいい。」
自然と言葉が出た。
「これはシルクさ。ナビルで作られているシルクの良質さは民なら分かるだろ?」
店主は満面の笑みで話し掛ける。
どうやら店主は私をナビルの民と思っているらしかった。
頭のなかで、タナがニヤリと笑う顔が浮かんだ。
私に服を変えるようにすすめてくれたのはタナなのだ。
(タナのお陰ね。)
私は自分がこの街にいても浮いていないことに安堵して、背筋を少しだけ伸ばした。
「この生地はラキュア王子も身につけていらっしゃる。」
店主のその一言に私は、生地から顔を上げた。
「ラキュア王子がご贔屓にしていらっしゃる製糸屋から仕入れてるんだ。」
「そんな場所があるの?」
ラキュアの仕事は、私にはまだ見せていない内容があるのかもしれない。
私はまだラキュアのほんの一部しか知らないのだと感じた。
そう思うと自然と疑問が口をついてしまった。
「あぁ、あるよ。ラキュア王子が手掛けてる村だよ。」
あの村?
水場がなく、生活に苦しそうなあの村から、こんなきれいな生地が生まれるの?
私は俄然、その村に興味が湧いた。
明日あの村に訪れたら、少し散策させてもらおう。
そう思い立ち、私は明日に備えるため、王宮へと引き返した。