邪那
猿が縄で縛られロバに乗せられている。
よくみると、日吉である。
膝の上でネネが気持ち良さそうに寝ている。
先頭を二頭の馬が歩いている。
正利と小六である。
「猿、洞窟はすぐそこじゃ 」
振り返る正利。
「やけにおとなしいな、しょんべんでもちびっちまったか? 」
小六がちゃかす。
「するか! もう、逃げんから縄とけ! 」
しゅっ
「ほれっ」
小六が脇差しで縄を切る。
日吉が、縄を振り払う。
くしょ~
な、なにが、もののけ退治じゃ!
わしが出来るわけないだぎゃ
料理番に雑用や針仕事、変化の術とは名ばかりの変装術くらいしかできんわ!
まあ、軽足は逃げんのに役立たちそうだからよいとして
いくら武術の修行しても物にならんことは、おみゃあらのお墨付きだがね!
わしは、神猿なんぞならんでえ~、金持ちになって、でらべっぴんの嫁さんたちと、うはうはしたいだけじや
どさくさに紛れて、逃げ出しちゃるわい!
ふん!
日吉達は、神猿座の依頼を受けた。
奇妙な死人が出た村があるので調べて欲しいとの依頼だ。
辺りを調べたところ、近くに洞窟があることが分かった。
もののけの住処ではないかということで、今、向かっているところである。
洞窟の入り口が見えた。
なんともいえない悪臭が鼻をつく。
「におう、におうのう~」
正利が悪人面になる。
「こりゃ、当たりじゃねえか? 」
小六が悪人面に声をかける。
「邪那じゃな」
悪人面が頷く。
「邪那? 」
「ああ、伊邪那美の子孫、邪那子とか呼ばれとる。
太古に、黄泉の門が開かれたときに、這い出してきたやつらの末裔じゃな」
腰に携えた二丁の斧に手をかけ悪人面が話す。
「やつらは、破物でなきゃ倒せんからのう~」
小六が刀を構える。
小六達が言っているのは、餓鬼の事ではない。
それより、上位の物がいるという事だ。
門が閉じられた為、黄泉国から切り離された伊邪那美の因子を持つ物。
生き残る為に、人にとりつき、人を食らう。
やつらを消滅させられるのは、特別に鍛えられた破物によってのみ。
正利の斧と小六の刀がそれである。
洞窟の中には、所々に屍が転がってた。
朽ちかけており、臭いの原因はこれらであった事がわかった。
奇妙なことに、まだ腐りかけの割には、皆干からびていた。
「血吸いか? 」
小六が舌打ちをする。
「猿、後ろへ下がれ」
松明を持って先頭を歩いていた日吉に、正利が声をかける。
少し歩くと洞窟は行き止まりになっており、人が踞っていた。
日吉達の足音に気付き振り返る。
身体は黒く変色しており、耳元まで割けた口からは血が滴り落ちている。
立ち上がって、こちらを見つめるが、襲ってくる気配はない。
「成り立てか? 」
邪那は、人を食らい続けると、血吸いという食事法を覚える。
効率良く人の精気を吸収できるようになるのである。
それに伴い、能力も格段上がる。
今、目の前にいるのは、それに成り立ての個体である。
すぐ襲ってこないのは、たらふく食事をした後だったからである。
「ワ、ワレヲ、メッシ、ヨウトスルノカ? 」
シュツ!
悪人面の斧が成り立ての顔面に飛ぶ。
「シャ」
ガシッ
成り立ては、斧を口で受け止めた。
まるで、笑っているようであった。
「ワ、ワレニ、イドムノカ? 」
斧を右手で持ち、悪人面の構えを真似る。
「ここじや、狭い。外に出るぞ! 猿逃げろ! 」
悪人面が叫ぶ。
「・・・」
そこに日吉の姿はなかった。
既に、逃げ出していた。
「さ、猿めえ! 」
叫びながら、洞窟の外を目指す二人であった。