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キング・オブ・ファントムシーフ ~怪盗は盗みで国を救済する~

 かつて、王城は焼け崩れ、冬の城下町は火の海に包まれた。


 生き残った人々に等しく訪れた、貧困と死の影。それらを何とか乗り越え、城下町の復興も果たした市井の人々に降りかかったのもまた、貧困と死の影であった。


 しかしそこに、一人の怪盗が現れる。


 搾取されるだけの民衆には、救いの手を。

 国を蝕み、民衆を苦しめ、私腹を肥やすだけの悪には、鉄槌を。


 悪を挫き、弱者を助ける義賊として立ち上がった怪盗は、民衆の声を受けて様々な盗みを繰り返していく。


 だがしかし、その目的は何のためか。

 悪を取り締まらぬ国への義憤か、悪への復讐か。


 ……これは、国を盗もうとする怪盗と、怪盗に様々な形で関係を持ったもの達との、救国の物語である。

 少女は人知れず泣いていた。

 身に覚えの無い多額の借金と、返済する方法として誘拐同然に連れてこられた自分の境遇に。


 借金の相手は、社交界でも「少女愛玩趣味」があると噂になっていた公爵だ。そんな噂が立つ相手に借金を作ることはありえないので、何かしらの手段で借金を捏造したのだろう。

 その執着心は、公爵が少女を閉じ込めているこの部屋に現れている。窓には鉄格子、唯一の出入口である両開きの扉は少女一人では開けられないほどに分厚く、そして重い。仮に開けられたとしても、外からかけられた鍵を開けるための手段もない。


 家族と引き離され、いつ訪れるかもわからない恐怖に耐え続けなければいけないのか──少女がそう考えていた、その時。



「そこに誰か居るのか?」



 家族の誰かでも、公爵でも、公爵に取り巻くならず者の男達でもない。

 一度も聞いたことのない人物の声に、少女は一瞬だけ身を強張らせる。


「い、います」

「そうか。まずは扉から離れていてくれ」

「は、はい」


 恐る恐る返した返事に、謎の指示が。

 どうして確認を取ったのだろう、と少女が扉から離れながら考えていると。


「──シィッ!!」


 気合いを入れたような声と共に、扉が「八つ裂きにされた」のだ。

 あの扉は岩のように硬く、破城鎚でなければ壊せないだろう、と公爵が自慢げにしていたものである。

 それをまるで、紙でも破るかのような手早さで、だ。


 バラバラに切り裂かれた扉が音を立てて崩れ落ちるという、世にも不思議な光景。それを少女は泣くことも忘れて見つめていた。


 そして、切り裂かれた扉の奥から現れた、一つの影。

 影は少女の前に立つと、貴族が行う社交礼を恭しく行った。



「……あなたがクロスフィア公爵が第一令嬢、ラディエル=クロスフィア様ですね?」



 確認するように問い尋ねたその影は、黒に染め抜いた燕尾付きのタキシードに、顔半分を覆い隠すような黒のドミノマスクを付けていた。

 夜の闇が人の形を取った、と言われれば納得するような、得体の知れない存在感を放っている。


 だが、次の一言で、それは一気に確信へと変わる。



「『闇夜に遺された、最後の希望の名の下に』」



 その瞬間、少女──ラディエルは息を飲んだ。


 それは、この国の誰もが知る「民衆の英雄」が口にする合言葉。

 それは、国を守る自警団が追い続ける「大罪人」の口上。

 それは、悪行の限りを尽くす犯罪者が命運尽きる時に見る「王都の死神」のメッセージ。



「怪盗『幻影(ファントム)』、これより貴女様を悪逆非道の極悪人の手の内より「盗まさせて」頂きます」



 その言葉は、ラディエルから虚勢と──いつ終わるか分からぬ恐怖から解放させた。彼女が抱えていた重圧のことを考えれば、この時だけは涙をこぼし、年相応の少女に戻るのも仕方ないだろう。


「貴方のお父上、クロスフィア公爵より御依頼を受けて参りました。連れ去られた娘を助けてほしい、と」

「お父様が……?」

「えぇ。民衆が憎むのは、自分達を蔑ろにし、私腹を肥やすことしか考えていない悪徳貴族や、暴利を押し付ける金融業です。それに困らされるのは、平民も貴族も関係ありません。平民も貴族も等しく、この国の『民衆』なのですから」


 怪盗は懐から幾十枚の羊皮紙を取り出した。

 それらは、偽造された借金の証文、違法薬物の取引手形、貴族の令嬢達のリストといった、数々の犯罪の証拠。

 更には、全ての羊皮紙には、ロウリコン公爵のサインと印章が残されていた。


 つまり、彼は既に「一仕事を終えている」のである。


「ラディエル嬢、あなたを『借金の返済物として不当に差し押さえた』ロウリコン公爵の書類は、既に複製を『然るべき場所』へと提出済みです。しかし、それだけでは問題を解決出来ません」

「どうすればいいの?」

「手筈は整えてあります。私に盗まれて頂ければ、あとはこちらで」


 手を引き、走り出そうと怪盗は動く。だが、それよりも館の扉が荒々しく開けられる方が先だった。



「どうやら、ネズミが一匹入り込んだようですねぇ!」



 武装した男達がなだれ込み、最後に悠々と、でっぷりと膨らんだ腹を揺らしながら男が入ってくる。

 彼こそが、ラディエル嬢を手篭めにしようと画策した張本人──


「おや、これはこれは噂に名高いロウリコン公爵ではないですか、ご機嫌麗しゅう」

「ほぅ、ネズミが喋るか」

「……挨拶は大事だと、教わりませんでしたか?」


 言葉に棘を含ませる怪盗に、公爵は鼻で笑う。


「それが同じ立場の人間であればな。だが、貴様は怪盗という名のネズミだろう?」

「では、あなたは貴族の皮を被った豚ですね」


 にこやかに笑い合う怪盗と公爵。

 しかし悠々と礼をする怪盗とは違い、公爵の方は今にも歯軋りが聞こえそうなほどに怒りを圧し殺している。


「……あいつを殺せ、小娘も殺して構わん」

「良いのですか?」

「代わりを探せば良いだけだ。父親には『事故だった』と伝えておけばいい」


 公爵の指示に次々と武器を構える、男達。

 一見すると絶体絶命の状況だが、怪盗は呆れたように溜め息を吐く。


「それが貴方の本性ですか……正真正銘の下衆だな」


 ラディエル嬢を背後に隠し、怪盗は腰に差していた黒曜石色のダガーを引き抜いた。

 刃受けの鍔が無い長剣のようにも見える長さだが、あの重厚な扉を「バターのように切り裂いた」得体の知れぬ武器である。

 そんなものに、男達が振り下ろした武器の刃や柄が耐えられる訳もなく。逆に切り飛ばされたそれを見る間抜け面から、次々と蹴飛ばされていく。


「な……なんだと……」


 数の上では、確かに優位であったはずだ。

 しかし、実際はどうだ。たった一人の人間に掻き乱され、全員がやられてしまっているではないか。


「あとはお前だけだ、ロウリコン公爵」


 一歩。また一歩と、人の姿をした夜が──犯罪者を狩る『王都の死神』が近付く。

 握り締めたダガーが死神の鎌のように見えるのは、それこそ名の通りの『幻影』か。


「な、何が望みだ!? 金か、金ならいくらでもくれてやるぞ!」

「そんなものはいらないな」


 ダガーの刃の腹で、頭に一撃。

 岩で殴り付けたような鈍い音がしたが、意識を刈り取っただけで生きている。もっとも、このあとの顛末を考えると、ここで死んでいた方がマシだと公爵本人は思うのかもしれない。


「既にお前の金庫から、全てを前払いされている」


 悪事の証拠となる証文などを盗み取る際、その「ついで」でとばかり盗まれている。その事を獄中で知ったとき、ロウリコン公爵は果たして正気を保っていられるのであろうか。


「さぁ、帰りましょうか」

「は、はい。でも、彼らはこのまま放っておいて良いのですか?」


 ニコリと怪盗が微笑んだ瞬間、屋敷から爆発音と煙がいくつも上がった。火の手こそまだ見えないが、その爆発音は眠りについていた住宅街を叩き起こすには充分な量。

 遠くから聞こえるのは、自警団が出動する時に鳴らす警鐘だろうか。


「書類を盗む時に仕込んだ時限式の爆弾です。これで自警団が現場に踏み込み、状況証拠を押さえてロウリコン公爵は捕まるでしょう」

「先ほどの『然るべき場所』とは、自警団のことだったのですか?」

「新聞社や貴族院などにも届けています。自警団の彼らとはやり方は違えど、国を想う気持ちは同じですからね……彼らと協力出来ないのが残念ですが」

 

 同志だと思ってはいるが、実際の関係は「犯罪者」と「王国騎士」である。自警団の捕縛対象には怪盗自身も含まれているのだから、逃げの一手を打つのは当然だろう。

 令嬢を抱き上げると、この場から立ち去るように怪盗は走り出す。正門から出れば向かってきている自警団と鉢合わせになるが、そこは怪盗らしく、屋敷の外壁を飛び越えていく。


「ここからは少々揺れますよ、舌を噛まないように」

「は、はひっ!」


 ワイヤーフックをかけ、住宅街の屋根に登ると、今までは準備運動だった、と言わんばかりの速度で駆けだした。

 屋根から屋根へ跳び、塀の上を駆け、煙突を蹴って方向転換し、ある場所へと一目散に向かっていく。


「あ……」


 少女の目に写るのは、数日の間だけ離れていただけなのに懐かしく思える、自分の住まい。

 そして正門の前には、数人の従者を連れた壮年の男性が待ち構えていた。


「──ラディエル、無事だったか!」

「お父様!」


 怪盗の腕の中からゆっくりと地上へ降ろされた令嬢は、外聞も気にせずに自身の父親に抱きついた。

 家族の抱擁を邪魔するものはいない。二人が引き離されていた時間を埋め合わせるように長くなるのは、当然のことだから。


「……幻影よ、あなたには助けられてしまったな」

「国を想う、民衆からの依頼ですから」


 顔を上げるクロスフィア公爵に本物の羊皮紙の束を渡すと、怪盗は優雅に礼を行う。

 これから先の事は、自警団や貴族院の仕事だ。怪盗が口を出す範囲の出来事ではないが、上手くいくように手回しは既に(・・)済んでいる。良い結果が待っているだろう。


「それでは、あなた方の行く先に、この招き火に呼ばれた希望の光が灯らんことを」


 怪盗が懐から取り出した紙吹雪を振り撒くと、それは徐々に怪盗自身を覆い尽くすような量へと変わっていく。

 そしてそれぞれが紫色の炎を灯し始め、一瞬で大きく燃え上がり──文字通りに、灰の一欠片すら残らなかった。


 それこそ、名前の通りである『幻影』のように──怪盗は姿を消したのであった。

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