第91話 無謀の代償
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津波のごとく炎が押し寄せる。そんな無尽蔵にも思える火の海を騎士は剣一本でかき消す。
俺は静かに騎士の合図を待っていた。いつ合図があるか分からないため緊張を張り続ける。元から少ない気力を振り絞る。
「クソ、まだか……」
俺は小さくそう零す。気を張ってもうどれくらいたっただろうか?
騎士は炎のことごとくを捌いて尚、息は上がらず、服は一部たりとも燃えていない。
「いつまでそうやって足掻くつもり? いい加減諦めなさい。あなたは私が必ず殺すから」
黒き姫はそう嬉しそうに叫ぶ。憎しみを吐く姫はいつの間にか笑っていた。死の炎を踊る虫を。
「禍つ神よ、あなたはここにいるべきではない」
騎士は『禍つ神』そう言った。それは一体?
そんなことを考えた時だった。呼吸が出来なくなった。体が震えた。思考が止まった。
『憎い』ただその感情を放つ圧に潰された。これは呪いだ。呪いにも匹敵する憎悪だった。
黒き姫の嘲笑は無くなっていた。その代わり、先程以上の熱を放つ。憎しみを放つ。
「殺す、お前は今ここで殺す……」
恐らくこれは作戦だろうが、これは……。
地獄だ。ここは。炎は生きているかのように騎士を包む。灰すら残さぬ紅蓮の炎は騎士により一振りで消失する。
「お前も相当の化け物だな……」
そう口走ざる負えない。あの騎士は本当に人間なのかあやしく思えてきた。
「コロスコロスコロスーーー!!」
発狂したように姫は叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。
炎はそのまま憎悪の大きさだろう。何に対してそこまで憎しみを抱けるのだろうか? とんだ人違いなのに……。瞳を曇らせるほどの思い。僕にこれを打倒する資格なんてものはないのだろう。だけど僕は……騎士として、友としてすべきことをするだけだ。
僕があなたを理解することなんて出来はしないのだから……。
「リリィあなたは仕方なかったんだよ」
騎士には心当たりがあった。この神になり損ねた女の子の事を。
その瞬間世界が時間を忘れた。
黒き姫の感情に飲まれた? 違う。彼女の憎しみによる圧は無くなっていた。あの言葉を聞いた彼女は憎悪を消した。その時、その一瞬だけ憎しみを忘れたのだ。それ以上に巻き起こった感情に沈んでしまったからだ。
「レン! 今だ!」
騎士は叫ぶ。俺はもう走っていた。
目標に向かい一直線に走る。距離にして十数メートル。走ればあっという間の距離だ。これくらいならお前が走ったほうが早いんじゃないかとか余計なことを考える暇もない。ただ走る。
想像よりあっけなく俺は剣のもとに付いた。そして柄に手を掛ける。黒き姫の熱を至近距離で受けて原型を留めている剣は何でできているのだろうか? 柄はもちろん熱した鉄板のように熱い。肉が焼ける。皮膚が柄にくっつく。そんなことどうでもいい。
剣を引き抜く。――――刀身が少しずつ露わになる。
そして、あとはこいつを届けるだけだ。
そう思っていた。考えればおかしかったんだ。黒き姫はあれから動いていなかったはずなのに。剣の近くにいないなんて……。
俺が振り返ったときには騎士は首をつかまれ宙に浮いていた。
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