第75話 ほんとうのし
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俺は静かに付いて行く。
女は警戒を解いてはいない。背を向けているがここで襲い掛かっても返り討ちに会うのは確実だろう。
「あら、急に静かになったわね? どうしたのお腹でもの痛いの? 」
女が少し振り向いて、そう尋ねてくる。さっさと歩いてくれるよりは時間が稼げてうれしいのだが……わざと時間を掛けている気もする。
「で、どこまで行くんだ? そこにローズは居るんだよな? 」
「……そんなにあの子の事が大事なのね。可愛い」
本当によくしゃべる女だ……。
俺たちは廊下を歩いていく。
この方向は……ローズの部屋に向かっているのか?
「そうだ、言っておかなくちゃいけないことがあったのを忘れていたわ」
急に立ち止まるとそう言った。
嫌な予感がする……。
「何の事だよ……」
女はゆっくりと振り向く。
冷静になれ、冷静になれ、冷静になれ。心で強くそう念じる。
「――まだ、名前言ってなかったわ」
そんな俺の考えをよそに全く方向の違う言葉が発せられた。ちょうど、窓からの月明りが入ってくる。
この世界の月は元の世界より大きい。地球の太陽と、ここの太陽の大きさの差はとてつもないが、こちらはそこまで大きさが違うわけではない。パット見たら、大きいなと感じるほどだ。そして、何より明るい。地球のと比べて三倍は明るいだろうか? 満ち欠けもちゃんとあり、周期は約20日程で満ち終わる。特に満月は素晴らしく、ただの街並みを幻想的な姿へと変える。今思えば、あの青いローズを見た時も満月の日だった。もう月は少し欠けてしまっているがまだまだ明るい。
そんな、明かりを受けた謎の女の姿ははっきりと俺の目に飛び込んできた。
姿は黒と紫を基調とした、真面目と華やかを悪趣味に混ぜたような、スーツとドレスを足して2で割ったという印象の服だ。後、露出が多くて、目のやり場に困る。
「私の名前は、ヴァネッサ」
女はそう名乗った。月明りの中、美しく微笑む。俺を連れ去ろうとしていながらも、そんな表情を向ける。
どうして、そんなことをするのか俺には分からない……。でも、少し見惚れてしまった。俺を殺すかもしれない女に。その壊れた笑顔はどこか悲しいような表情にも見えた。
「ヴァネッサ……」
つい口に出してしまう……。でも、どこかで似たような状況になった気がする……。そんなことどうでもいい、か? そうだ、俺は……この人について行けばいいんだから……
「そうよ、ヴァネッサ。いい名前でしょう? 」
そう言いながら、手には何やら歪で短めの刀が握られていた。そしてゆっくりと近づいてくる。一歩。一歩と。
「やっとかかったのね......。姿を見せてやっとかかるなんて。魔法か何かの力だったのかしら? どんなに強靭な精神力を持っていたとしても声を聴くだけで意識を奪えるって話だったのに。やっぱり、借り物の力じゃこんな物かしら」
ヴァネッサは何かをしゃべっているようだ。なにをいっているのかよくわからなくなってきた。いしきはある。まずい。
女は手に持った刀を振り上げる。そして、ゆっくりと俺の首元へ落ちて行く。
からだうごかない。これがほんとうのし。あのときとくらべものにならないこわさ。たすけて。たすけて。おれまだ――。
――――――『キーン』そう甲高い金属の音が広がる。刀は首に触れることなく宙を舞う。
「ごめん、遅くなった。助けに来たよ」
そこには騎士が立っていた。剣を抜いた金髪の騎士が。
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