第64話 絶体絶命
ここまで来ていただきありがとうございます。
「そうか……」
男はそう答えるとニヤッと不気味な笑みを浮かべる。
「じゃあ、もう話すこともないし大人しく捕まってくれない? 本当なら屋敷でよく眠れる紅茶をふるまう予定だったけど仕方ないよね」
男はゆっくりと歩いて近づいてくる。何の警戒もなくただ道を散歩するかのように。
「クッソ、抵抗するに決まってんだろが」
俺は拳を握り、殴りかかる。後ろにいる小さい女の子には指一本触れさせない。絶対に守る。
――――そう思った時だった。俺の眼前に水の塊が現れていた。それもとんでもない大きさの塊が。
「ハイ・イマ―ジョン」
俺の後ろからそう声が聞こえた。その声と同時に水の塊がものすごいスピードで前方に飛んでいく。あの男に目掛けて。すると直撃したのか大きな水しぶきを上げて炸裂した。
後ろを振り向くと手に杖を構えていたミーコがいた。
「お前すごいな」
そう言って急いでミーコに駆け寄る。流石にこれで倒れたとは思わないほうがいいだろう。イチかバチかで来た道を戻ろう。
「おい、走るぞ! 今のうちに出来るだけ遠くに逃げる」
俺はミーコの手を取り、走り出す。
「良かった、うまくいきましたね」
「お前マジですごい。マジパネェわ」
語彙力が喪失しているが今は走ることが優先だ。倒れたとは言わないが、少しは足止めされてくれよ……
「お前、来た道分かったりするか? 」
俺はミーコの横顔を伺う。正直それが分からないと厳しいのだ。
「大体はなんとか覚えていると思います。あそこ右です」
「すごい、頼りになる」
最近の子供ってこんなに頼りになるんだ。
「あれ、この道のはずなんですが……」
ミーコが言った道はふさがっていた。この森はそんなことも起こるのか。
「どうすれば……」
こんなところで足止めを食らっているわけにはいかない。
「じゃあ、俺が壊してあげよっか? 」
蔓などでできた壁が爆発する。
あの男が戻ってきていたのだ。体はやはり傷一つなく、少し濡れているところがあったがその程度だった。
「おい、ミーコ。もう一回さっきのできるか? 俺が何とかして隙を作るか――――」
小さい声でそう言い終わろうとした時だった。
「うん、ごめんね。それはさせない」
男がその一瞬でミーコを抱えていた。ミーコはぐったりしている。
「――!」
「ああ、大丈夫。ちょっと気絶してるだけだから。この子凄いよね。さっきの水の高位魔法だよ、ふつうは天才でも20歳前後で使えるようになるんだけど……これも痣の力かな? 君の後ろで何かやってるのは分かってたんだけどまさか術式を書いていたなんてね」
男はやたら饒舌に話をする。ミーコの確保がそんなにもうれしいのか? どうにかしてミーコを奪い返さないと……。
俺はまた無謀にも走って殴りかかる。俺はこうするしかない。
「お! やるね。でも弱すぎる」
男は俺の拳を躱すと、流れるように俺の足を払う。ただ単純な行動をした俺を男は単純な方法であしらう。もちろん俺は転んだ。
地面をできる限りの力で強く握り、爪から血が流れる。唇を悔しさいっぱいで嚙み切り、血が流れる。目から涙が流れ出る。なんて無力で、愚かなんだ。俺は何にもできない。俺が人を救えたことなんて一度もなかった――――――
『とりあえずありがとうと言っておくわ。……で何が目的なの? 』
そんなぶっきらぼうな言葉を思い出していた。俺が始めてこの世界に来た日の事だった。
「じゃあ、気絶させるよ。出来るだけ痛くしないから動かないでね」
男は俺に手刀を振り下ろそうとした時だった。俺は真横に転がり、それを躱す。そして、すぐさま男の顔面に向けて拳を放つ――――。
「っと。今のは惜しかったね」
男は手刀とは反対の手で受け止めていた。どんな反応だよ……
「君は本当に頑張ったよ、もういいだろ……さっさと気絶した方が楽だよ? 」
男は少し呆れたような様子だ。そんなことどうでもいい絶対助ける。絶対助ける。絶対助ける。そんな気持ちもむなしく右手を捕まえられたまま、再度手刀が俺の右の首に振り降ろされた。
――――はずだった。
「危なかった、危機一髪ってとこ……でもないか。この威力ってことは、あらかた気絶させてどこかに連れて行く気だったんだろうね」
そこには剣を抜いた鼠色のイケメンが立っていた。
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