第32話 緊急事態
カレンさんの後を追った先は――――ローズのいる執務室だ。ついさっき訪ねてこられたカエル枢機卿の対応をするまでは執務室で軽い執務をしていたらしい。
会話が終り、その続きを再開してすぐの内に事が起こったというが、あまりにもタイミング良すぎる。嫌な話でも掘り返された……いや、あの様子は疲れてはいそうだったが、そんな心に負担のかかる話をしていたとは思えない。
廊下がやけに長く感じた。ようやく捉えた執務室の扉はゴールラインにしては荘厳過ぎる。
ガチャッ
「失礼します」
ミキさんのその丁寧な口調とは裏腹に扉を開ける動作はいつもよりいい加減だ。
「良かった、ミキさん!」
慌てたように、縋るように声を震わせながら叫んだのはカナだった。いつもの元気さは微塵もなく、今にも涙しそうな瞳をしている。その側には執務室のソファに寝かされているローズの姿。俺にはその寝姿は何ら特に変わりがないように見えた。
そして、カレンさんは寝かされているローズの頭元に立ちながら状況を伝える。
「いつもの発作が起こったんです。それもいつもと違って正気に戻らなかったんです。一応魔法で鎮静化しましたが……」
いつもの発作とは何のことだろう? あの自殺衝動、ではないことを祈るばかりだ。
それにいつもの発作とは言いながら、いつもとは違い正気に戻らなかったのであればそれはこれまでの発作とは違う。
状況が読み込めない。発言すべき言葉が見つからない。ローズは無事なのか? まずそれが、知りたい。
「…………」
でも、何も言葉が出てこない。
慌ただしい皆の輪から弾き出されている感覚。
「そうですか……」
「病院に運ぶべきでしょうか?」
「今は街医者を呼びましょう。診察をしていただき、発作が収まれば直ぐに病院に向かう必要はありません。が、そうでないなら今日中に向かうことも考えなければいけません。準備はしておきましょう」
「「はい」」
「取り合えず今は、ローズ様を寝室に運びます」
ミキさんはローズをお姫様抱っこで抱きかかえ、そのまま出来る限り揺れを伝えないように歩きながら部屋を出ていく。
俺は何が起こったのか、何をすればいいのか分からずただついていくことしかできない。
「発作とは、あなたとお嬢様が初めて会われたきっかけのあの衝動の事です」
ローズを抱っこしたまま、背後を無言で追っていた俺にミキさんはいつかのように真剣に語った。嫌な予想が的中する。
あの衝動、発作とはあのバカな考えの事に違いない。でもなんで急に? 最近は治まってたはずじゃないのか? やっぱりあのカエルに何かされた? しかし、ローズとは長い付き合いそうだし関連付けるのは早い。答えの出ない疑問がグルグルと頭の中を巡る
「どうするんですか? このままだとまた発作が起こるかもしれませんよね」
横からミキさんの表情を覗き込むようにそう言葉をかける。
「ひとまず、街に医者を呼びに行きますが。今まで通りなら効果はないでしょう……」
ミキさんは一瞥も視線をこちらに向けず、真っ直ぐ廊下の先を見つめ続ける。あの完璧人間だと思えるような人から余裕のなさが溢れていた。
「じゃあ、――――」
「分かっています。それしか今はないんです」
その答えに何も返すことができなかった。俺には何もできないのだから。
別に俺はこいつに強い思い入れなんてない。たまたま、命を救って雇ってもらっただけの関係だ。でも、そんな関係でも何もできないことがこんなにも虚しいなんて思わなかった。
部屋に運び込み、ベッドに寝かせる。服は後でメイドたちが着替えさせるようだ。
ベッドに横たわるその姿はいつになく静かで、苦しそうだった。
「お嬢様は皆で交代に見張りましょう。ひとまず私は街に行きます。先ほどの通り医者を呼んでまいります。急ぎますが戻るころには日も落ちているでしょう。それまでよろしくお願いします」
そう言い終わるとミキさんはカレンさんたちにいろいろ支持をして街へと医者を予備に出かけて行ったのだった。
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