第28話 紅茶の師匠
給仕室に着いた俺は紅茶を淹れていた。この世界に来るまではヤカンでお茶を沸かす経験こそあったが、紅茶なんてものはティーパックですら入れたことがなかった。それも、今では手慣れた様子で行える。
既にご到着されていた王女様はご機嫌に椅子に座り、机に頬杖をついてこちらの作業を見ていた。
「はい、これが私が淹れたもので、こちらがあなたが淹れたものです。では飲んでみましょう」
三人同時に口内にカップを傾ける。
広がる熱の色水。香りは直ぐに鼻腔を駆け抜け、味覚が少し遅れて味を伝え始める。
「おいしい」
「ホント、すごくおいしい。流石ミキじいね」
「いえいえ、続いてこちらも」
そして今度は俺が淹れたものを飲む番だ。二人がカップに口を付けるのを横目で確認すると同時に自分も口に運ぶ
味も、香りも、同じ茶葉を使っているため同じ結果が現れるはず。だというのに、
答えはまるで違っていて。
「おいしいけど……」
確かに美味しくはある。だが、直前に味わった正解によって、欠点を見つけてしまうのだ。
少しエグミのある味、薄まった匂い。
分かっていた。足元にも及ばない。
並んで全く同じ手順を行っているのにここまで変わってくるものなのか……。どうすれば、ああなるのかが分からない。
「うん、まあまあね。やっぱりミキじいのが一番おいしい」
「こちらもなかなか上品にできていますが、少しお湯の温度が高すぎたようですね。今度は沸騰したらすぐにいれてみてください」
俺では気が付かなかった問題点。やはり、流石と言わざるを得ない。
そしてもう一度言われたとおりに淹れてみる。
「では、飲んでみましょう」
意を決してカップに口を付ける。
ゴクッ
微かな温度の違いは口では分からない。しかし、確実に味を感じるようになった。香りも確かに増量しているような気がする。
「さっきより全然おいしい」
「まあ、いいんじゃないの」
「一段と香りが出ていいですね。このようにほんの少しの入れ方で味が変化しますので注意してみてください」
あっという間に時間は過ぎて、ミキさんの紅茶教室は幕を閉じたのだが……。
「なかなかやるわね」
胸を張り上からものを言ってくるお嬢様。褒めてくれてはいるが、その態度のお陰で素直に受け取る気持ちになれない。
「ローズ……あれでなかなかって、それじゃあ、お前はうまく淹れれるのかよ」
「そりゃ、淹れれるでしょ」
「え?」
そう言って、ローズは新しいコップと茶葉を用意し始めた。そしてテキパキと手際よく紅茶を入れ始める。
「はい」
差し出されたカップからは今までの紅茶とは明らかに違う深い香りが漂っていた。その色も一際澄んだ琥珀色。
正直もう既に紅茶を三杯も飲んでいるため遠慮したいところだがこの流れで断ることは出来ない。
ゴクッ
信じられない。
滑らかな口当たり、後味も主張が程よい。味覚から嗅覚に、嗅覚から味覚に届く味と香りの共鳴反応。どちらかの感覚を失っていたとしても、どちらかを感じ取れるような紅茶として完成された姿。
「お、おいしい。ミキさんより……」
「ふっふーん」
大きな顔をしながらニヤニヤして俺を見る。
「参りました。……普通こういうヒロインって大体飯がまずいのが落ちじゃないのか?」
こればかりは素直に称賛できる。王女だと見くびっていた。紅茶なんて入れされる側の人間だと。
「何言ってるか分からないけど私料理はかなりできるわよ。ちなみにミキじいに紅茶を教えたのも私。あなたがミキじいの弟子なら私は大師匠ってわけね」
「やっぱりお前ただものじゃなかったか……」
まさか、そんな関係性まであったとは。態々俺が教わるところを見に来るわけだ。俺と言うより俺に教えるミキさんを見に来たのだろう。
すると、ふとした疑問が生まれる。
「ならなんであんまり自分で入れないんだよ? 」
今までこいつが自分で紅茶を見たことがなかったが、こんなにおいしく淹れられるのであれば自分で入れればいいのに。
「え? いちいち淹れるのって手間じゃない? だから執事に紅茶をうまく淹れられるように一回教えればあとは入れてくれるでしょう」
王女様らしい答えだ。ってだからミキさんは前に淹れ方を教えてくれたのか。
「そろそろ食事の準備をしますので食堂にてお待ちください」
ミキさんは先ほどまで使っていたカップやポットを洗い終え、料理の準備へと取り掛かり始める。もちろん俺が手伝うといったのだが、これくらいは大丈夫だと追い返されてしまった。
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