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無力の英雄  作者: 覡天狐
第一章 ~二輪のバラ~

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第25話 無事帰宅?

「もー、あんなに怒らなくてもいいのにー」


「自業自得だ。皆を心配させたんだからな」


 紅い姫は不貞腐れながらも机に向かっている。表情や言葉とは裏腹に、しっかりと手は動いているところが彼女の美徳だろう。


 日は沈みきった時間。俺たちは屋敷に戻っていた。どうやらローズはお勉強の休憩の合間に抜け出したようで、そのせいか課題を増やされたらしい。夕食まではそれに取り組むことになっている。


「だって~」


「はいはい、口じゃなくて手を動かしてくださいね」


 俺は夕食の準備に取り掛かっているミキさんに変わって勉強を見ている。勉強を見るといっても教えるわけじゃない、監視しているだけだが。


 教科書を軽く流し見てみたがこの国の勉学はこっちで言う中学生レベルまで。話によるともっと勉強したいならできるらしいが、貴族でも大体この辺りで打ち止め。庶民はお金に余裕があってようやく小学生程度の知識を学ぶのだとか。


 そして、王女様は歴史を特に覚えなくてはいけない。この国の祭りの起源や何年に誰々王がどんな政治をしたかと、こっちの歴史の勉強に近いものがあった。他にも他国の国についても外交で使うためか、第三王女だと言うのにしっかり覚えなくてはいけないものも多くすごく苦戦しているそうだ。


「王女様って大変なんだな」


「そりゃそうよ、国民の前では常に笑顔だし、勉強だって庶民の何倍もあるのよ」


「貴族は、飢餓で苦しむ国民に『パンがなければお菓子を食べればいいじゃない』とか言いながら『オホホッ』って笑ってそうってイメージがあったけどそう楽なものじゃないな」


「どんな王女よ……。まあ、歴史を見るに他国にも似たような人がいたらしいし、あながち間違いじゃないのかも」


 勉学にこだわらずとも、生まれる前から決められた人生、国を従える重役、恋愛もまともに出来ず、縛られきった一生。それらの辛さは常人には分からない。それが横暴を許す理由足りえないかもしれないが、同情してしまう。


「へー、どこの世界も一緒だな」


「どこの国も、でしょ?」


 不審さを疑うような瞳ではない。


「ああ、そうそう」


 落ち着いてそう言葉を返す。


 そうしてやっと本気で勉強する気になったのかペンを握り直し机に挑むローズであった。集中力はそれなりに強く、こうなれば途中で止まることなく夕食まで勉強に打ち込んでくれるだろう。




 夕食も済み、暫し時間ができた俺は図書室に向かう。別にこれと言って行く理由もなかったのだが、することもないので本を読むことにしたのだ。この世界では娯楽が少なすぎて時間を潰すものを求めてしまう。


 図書室の扉の前に来てみると、なんと先客がいるらしく電気がまだついている。この時間だとローズだろうか?


「失礼しまーす」


 そして本棚の間を通り本を見つつ、先客をどことなく探す。


 そこにいたのは―――


「何か探してるんですか? こんな時間に。いや、まさかいつもここで勉強をなさっているローズ様に会いに来たわけではありませんね!?」


 若草色の髪に瞳。小柄なガタイにスリムな体型。その装いは一目でその身分を伝えるメイド服。カナだった。


 どうやら大変おかしな勘違いをしている。


「なわけあるか」


「……本当にそうですか?」


「その怪しい人を見る目をやめてくれ。で、こんな時間にお前がいるの珍しいな。どうかしたのか?」


 この時間普段はローズやほかのメイドさんたちが多いのだが、カナがいるのは初めて見た。そう何日も来ていないためメイドの仕事周期的に逃していた可能性もあるが……。


「え、も、もちろん勉強ですよ。そ、それ以外に何があるっていうんですか?」


 泳ぐ視線。ジワリと浮かび始めた額の汗。うわずった声。


 明らかに何かを隠している。


「へー。で、どんな勉強をしてるんだ?」


「そ、それは……な、内緒です」


 目を明後日の方向にしてそう応える。怪しすぎる。そんな態度をされれば嫌でも勘ぐってしまいたくなる。例えば彼女が隠し持っている本を目で追ってしまったり。


「ふーん、じゃあお前が今手に持っている美味しそうなケーキが表紙の本は何だ?」


「こ、これは……」


「お前、まさかアイツを捜索してる時、街でケーキ食べてきたんじゃないよな?」


「なんで、本を持っているだけで食べたことになるんですか! それはちゃんと探してました!」


 夜には全く相応しく無い声量が鼓膜に届く。流石はローズの従者と言ったところか。


 いつになく真剣だ。流石にその点は疑っていない。


「じゃあ、どうしてなんだ」


「……キ好きだから」


 カナは少し考えて、俯きながらぼそぼそとつぶやく。恐らくそれが答えなのだろうが、先ほどとは対照的過ぎるほどに小さすぎる声。これでは聞こえない。


「何だって?」


「ケーキが好きだからですよ!! 何か悪いですか!? 貴方に迷惑を掛けましたか? 食べたいけど沢山食べていたら太ってしまうから、我慢できなくなるとこうして夜な夜な写真で食べたい欲望を満たしていていけないんですか!?」


「あははは、何だそうだったのか」


「笑うな!!」


「ごめん、ごめん。邪魔したな、じゃあ俺は本でも探してくるから。では、ごゆっくりお楽しみください」


 疑問も溶けて、楽しくからかわせてもらった。これ以上は野暮。そそくさと、お目当ての本棚に向かい始める。


「ぐぬぬ、このことを誰かに言ったら、埋めますから」


 目がマジだ。


 実力行使に出られる前に背を向ける。お別れに手を振ろうとして、ちょうどいい言葉を見つけた。


「あ! 寝る前は歯、磨けよな!」


「早くどっか言ってくださいー!!」


 目当てを本を見つけ出し、いつの間にか最後の一人になった図書室から退出する。明かりを消して、扉を閉める。


「――――」


 それにしても、今思えば今日のカナはどこか変だった。あいつから話しかけてきた割には、俺にばれたら絶対馬鹿にされるものを持っていた。突然のこととはいえ、普通そんなことするのか? 気づかれる前にそっと適当な棚に入れることも出来たはずなのに。


 この一連の行動はまるで俺にここに来たのはその本のためだと思わせたかったかのように……。

 

 考えすぎか。


 いけない。最近は過剰に疑心暗鬼になってしまっている。恐らく俺に後ろめたい物があるからだろう。打ち明けるべきなのだろうか、別の世界から来たことを……。


 夜の闇に嫌な推測が滲んでいく。

読んでいただきありがとうございました。

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