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無力の英雄  作者: 覡天狐
第一章 ~二輪のバラ~

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第24話 夕日に咲くバラ

「確か、この先だったな」


 日も落ち始め西日が眩しく輝いていた。何の因果か初めてこの場所に来た時と同じような時間に俺はあの場所に向かって息を切らしながら走っている。


 あいつがまたバカなことを考えていないことを願いつつ高台の坂を上る。すると……


「――――」


 ――――――夕日に紅いバラが咲いていた。赤く、紅い。綺麗で優雅なバラが。


 紅い空に紅い髪。


 (なび)いている。


 高台から街を一際見渡せる場所の椅子に座っていた。その背中は少し寂しそうな、嬉しそうな気配を漂わせていて。


「……こんなところで何してんだよ」


 あえて大きな足音を響かせながら近づくと、何を言うか迷った挙句こんな言葉が口をついた。何せ俺には気の利いた言い回しは思いつかない。


「夕日を見てるの」


「そりゃ、見ればわかるけど……」


 落ちる日を眺めたいのか、誰かの顔を見たくないのか。彼女がこちらを振り向くことはない。


「ここの景色が一番好き。小さいころに初めてお母さんにこの場所に連れて来てもらったの。そのときに思ったのよ。世界は、この国はなんて美しいんだろうって」


「そうか、お前の小さい頃は詩人だったんだな」


 優しげだった。温かで、哀愁を漂わせたそんな声。


「ふふふ、そうかもね」


 漸く花が開く。心配なんて必要ない、いつもと同じ笑顔。


「お前、……どうしたんだ?」


「? どうしたも何もさっき言った通り、この景色を見に来ただけよ」


 小首を傾げながらいつもと同じ声色でそう答える。


 まだ、俺がここまでローズを探しに来た理由に心当たりはないらしい。


「じゃあ、なんで勝手に抜け出したりしたんだよ!」


「一人で見たかったからよ? 変かしら? この景色を独り占めしたいと思う気持ちは」


 ローズが視線で背後の景色の美しさを示してくるが、そういう話をしているのではない。この前の行いに、一人で抜け出したことを合わせれば皆がどういう思考になるのかを全く分かっていない。彼女は自分を客観的に見られていないのだ。


「そうじゃなくて―――」


「大丈夫、私は前みたいに変な気は起こさないから。あの時の私はどうかしてたから。もう大丈夫」


 いつもと違う目でそう答える。夕日の逆光に位置しながら、紅い瞳は輝いて見えた。何か覚悟の決まったような、強い意志を感じる目。


「じゃあ、帰るわよ」


「あ、ああ。……客観的に見えてるならいい」


 それでも一声ぐらいは賭けておくべきだった。止められると分かっているなら置き手紙でも出来たはずだ。


 だがまあ、無事ならなんでもいい。


 取り合えずただの取り越し苦労でよかった。一先ずは一件落着なのかだろうか。


 



 高台へと続く階段を降りていく。一つ一つの石段は当然だが登りよりも格段に軽く感じる。


「帰ったらみんなに謝れよ。心配してたんだぞ」


「分かってるわよ」


「…………」


 絶対に分かっていない。


 顔、声、態度、全てがそう物語っている。隠そうとしないだけましだが、どちらにせよ注意を払う必要はまだまだありそうだ。


 どうにか抜け出し癖をどうにかせねば。流石に何か対策を考えていると思うのだが……、俺も出来る手をうっておくべきだろう。


「置いていくわよー?」


 考え事に夢中になってどうやら止まってしまっていたらしい。数段先から振り返るお姫様はそうは言うものの立ち止まって俺を見つめていた。


「これからは勝手に抜け出す時、俺に声をかけてくれ。後で一緒にあやまってやるから」


 俺にしては妙案だろう。怒られることは嫌だが、仕事と思えば仕方ない。


「何? 急にどうしたの? もっと私に恩でも売りたいってこと?」


 あまりの言葉に肩を竦めてしまう。


「ひどい言い様……。素直な善意だよ。一応はお前の護衛ってことだしな、でも、恩を感じてくれることに関しては止めはしないから。どうぞ恩は感じてくれ」


 階段を下っていく。ゆっくりと、時間をかけながら。上を向いていた視線は少しずつ下がって、下を向いていた視線は、次第に上がっていって、――真っ直ぐに交わった。


 その先には薔薇の姫。


「ふふふっ、騎士様にしては少し頼りないけどね」


「そりゃそうだ。第三王女ならこれぐらいがちょうどいいだろ?」


「言ってくれるわね……。まあ、そうね私にはピッタリかも」


 今日見た中で一番の笑顔。これが見たかった。


 もう俺の胸の中にはここに来た時の濁りはない。焦りも心配もこの一瞬に燃え尽きた。


 無意識に視線を空に向ける。こちらの方角の空にはもうほとんど太陽の輝きは届いてなくて、暗い夜が顔を出していた。


「か、簡単に信用はするなよ? まだ俺は怪しい男だからな」


「分かってるって、――あ! 顔赤くなってる。照れてるの?」


「違う。何言ってるんだよ、早く帰るぞ!」


「ホントに~? うふふ、まあ、そういうことにしてあげましょう。私の騎士様」


 そんな下らないやり取りを続けながら屋敷まで帰っていく。どうにもご機嫌になってしまったお姫様のおもりも大変だ。これならもう少し陰っていてほしかったぐらい。


 道中、街でローズを探していたであろう血相を変えすぎているカナを見つけた。一通り大丈夫だった旨を伝え、カナはまだ街を探しているであろう他のメイドやミキさんに知らせに行き、俺とローズは一足先に屋敷に帰宅する。

読んでいただきありがとうございました。

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