第23話 王女の家出
ここまで来ていただきありがとうございます。
「それにしても広い庭だなー。水やり大変だなこれは」
中点を超えた太陽はその陽射を一層に強め、遮るもののない庭一体をサンサンと照らしている。
俺は初仕事である水をあげるために庭に出ていた。この屋敷の庭は学校のグラウンドほどはあるだろうか。そしてこの庭には溢れんばかりに花が咲き乱れている。
ジョウロに水をなみなみと注げば、歩きながら水を撒いていく。広いとはいえ、水汲み場がいくつか設けられているため、同じ場所を往復する必要はない。疲れよりは暑さが敵になりそうだ。
鼻歌でも歌いながら色とりどりの花々に今日の活力をあげていく。ジョウロの口は長く屈まずに土を狙えるのはありがたい。
前々からうすうす気づいていたがやはりここには俺が知っている花が咲いている。おかしなところだろうか? そうとも。
俺の知っている花は元の世界に存在する花だけだからだ。この世界の食べ物や建物、衣服に至るまで元の世界のものと同じものは見たことがなかった。もちろんほとんどが類似しているもので、名称まで同じ物もあったりしている。だが、全く同じものはなかった。
図書室の本で調べたのだが鳥や豚、牛、馬は同じ名前であっても何かが違う。微かな色味だったり、鳴き声が変わっているのだ。
そして、そんなどこか違う万物が育まれた世界で同様の進化を遂げているのがこの植物達。お米、とうもろこし、麦、ジャガイモは既に確認済み。食用に関わらず、花々木々もそうだった。DNAなどを調べれば見た目や味以外で違いが見つかるのかもしれないが、恐らく調べる方法がない、比べる元の世界のものもない。
だから、全く同じものだと仮定して、この世界と元の世界の植物が同じなのは偶然なのか? 俺はここに元の世界に戻る何かがある気がしてならない。
俺が調べるために目を付けたのは花だ。理由はこの国にまつわる命の花の話を聞いたから。国の成り立ちに関わったものの一つが凄い花……。無関係とは思えない。
「花を調べる……って何すればいいんだろ? そもそも俺が知ってる花なんて一般的な物だけだし……」
植物が繋がっているとして、それをどうすれば元の世界への鍵に持っていけるのだろうか。あまりに飛躍しすぎている。
「何、花がどうかしたの?」
急に話しかけられ後ろを振り返る。
花の色に負けない紅い輝き。この屋敷の主人ローズがそこにいた。
その姿は葉の緑色と補色になってより一層力強い印象を受ける。
「お嬢様、暇なんですか……? 俺は仕事中なの、邪魔しないでください。しっし」
手で払う仕草を見せるが、それとは反対に彼女はゆっくりと歩み寄ってくる。視線は花々に向けられていて、目前に来てようやく俺の瞳を見た。
「せっかく真面目に仕事してるのか見に来たのに。花を見るついでに」
「俺はついでかよ。まあ、この通りしっかりやってるよ」
俺が通ってきた道沿いの花々の土は水を含み、色を微かに濃く見せている。
「うん、しっかりやってそうね。もし適当にやってたら焼こうと思ってたのに……。残念」
念入りに屈んで確認すると、もう既に左手に現れていた炎をかき消すお嬢様。
こんなところで火を出してほしくない。燃え移ればどうなるか。本当にお転婆な人だ。
「初のまともな仕事だからな。真剣にやるに決まってる」
「それもそうね、他のところの花も見てくるわ。じゃ頑張ってね」
一足先に薔薇の姫は俺を置いて次の花を迎えに行った。弾むような足取り。草木の緑を上書きする紅い彼女こそ庭にある大輪の華。
ローズは花がよく似合う。当然ではある。ここは彼女の庭。大きな花、小さな花、それぞれに平等に微笑みかけ、慈しむその姿は物語の冒頭にちょうどいい。
見とれている場合ではない。
急いで次の給水場所まで向かい、全ての花に水を届けていく。
汗を拭う。あれからなかなかの時間が立っていた。間もなく夕暮れ時だろう。水をあげるだけで意外と時間が掛かった。腕の疲労は今朝の買い物もあったためか、かなりきている。
「――――?」
何やら屋敷から誰か走ってくる。……どうやらメイドのサキさんだ。普段物静かなサキさんが短い髪を振り乱しながら走ってくる。あんなに慌てて、何かあったのだろう。しかし、俺の方にやってくる理由は一体。
「どうしたんですか?」
「あ、あのお嬢様見ませんでしたか?」
ローズを?
最後の記憶は庭にやってきた時だが、もうかなり時間が経っている。
「結構前に花を見に来てましたけどそれからは……分かりません」
「あの時……やられた。ちょっと今から出ますよ。ついてきてください」
サキさんは額を手で押さえると直ぐに踵を返す。
事情は飲み込めないが、取り敢えず言葉のままにその背を追うしかない。
「はい? どうしたんですか? ローズに何があったんですか?」
いつもと様子が違うサキさんに嫌な予感がする。
「お嬢様が屋敷を抜け出した。急いで探さないといけません。私が知らせてくるので、先に街に探しに行ってください」
言うだけ行ってサキさんは急いで屋敷に戻っていく。呆気にとられながらも俺も急いで屋敷を出る。ここに来たってことは庭の近くにある裏門から出たはずだ。
どうなっているんだ。俺の目にはローズは元気に見えていた。
走りながら聞き込みをする。だが、誰も見てない。あり得ない。こんな時間にあんな格好で歩いている人を見逃すはずがない。意味がわからない。街の人間が全員ローズの味方で口裏を合わせているのか? そもそも顔が知られている王女様が道を歩いていて騒ぎにならないほうがおかしいっていうのに。
あいつが行きそうな場所を考える。
…………。
俺はここにきて日が浅い、思いつくものなんてたかが知れている。そうしているとどこかで聞いた声が聞こえた。
「どうしたんですか? そんなに慌てて。まさか屋敷を追い出されたりしたんですか?」
この愛嬌のある憎たらしい口調は――。
振り返るとそこには栗毛の少年が居た。数時間前に見た姿と全く一緒の格好で立っている。
「そんな訳あるか。朝ぶりだなフユ。じゃなくて紅い長髪の目立つ女見なかったか。お嬢様風の奴だ」
正確にお嬢様であり、王女だが、今はどうでもいい。
「さあ、見てませんよ」
フユは首を横に振って答える。
藁にも縋る気持ちだったが、空振りに終わる。何故かコイツなら知っていると思ったのだが、期待は裏切られた。
「そうか……。ああ、どこに行ったんだよローズ」
時間が経てば経つほど嫌な予想に思考を埋め尽くされる。ただ屋敷から逃げ出したのなら良い。王女の責務なんて年頃の女子を閉じ込めておく理由としては酷過ぎる。街に繰り出すだけならいいんだ。
だけど、もし、あの時同じような真似をするつもりなら……。
「そんなに慌てなくても。もっと心を落ち着かせて、人を探すのなら一度初心に帰って考えたほうがいいですよ。視野が広く感じれるはずです」
目を瞑り人差し指を立てながら喋る少年は俺の焦りなんて気にしていない様子だ。フユなりに俺を冷静にさせようとしてくれているのだが、そう簡単に出来るものでもない。
――――?
「心を落ち着かせろ、って言われてもな……、お前なんて言った?」
何かが脳の何処かに何故か、引っかかる。
「はい?『周りが広く感じられますよ』ですか?」
「もっと前、ってこんなベタな会話いらん!『初心』か、――そうだ。一つだけ心当たりがある」
無駄なやり取りをする前に、自分の記憶を掘り当てた。
『初心』
俺の初めての、俺とアイツの初めての始まり。俺にあるのはそれしかない。そこにいなければもう分からない。だけど、不思議と確信がある。こうなればいても立っていられない。
「なんだか良く分かりませんがお役に立ててうれしいです」
「ああ、最高だ。いつかこの借りは返す」
フユの頭をくしゃくしゃにしてから俺は走り出す。街の人を気にせずに、持てる全力を足に回して夕日に登るみたいに坂を駆け上る。
目指すは――――、
名前も知らぬ始まりの高台。
読んでいただきありがとうございました。




