第108話 思い出すことの大切さ
部屋は紅茶の匂いに包まれていた。俺が盛大に吹き出したものによって。幸いにも霧状になっていたため、被害は少なかった。
「何ですか急に……男子中学生みたいに」
「? いや何、急に気になってな。で、どうなんだ?」
ソフィア先生は目を閉じ、カップに口を付ける。
「どうと言われましても……」
今まではそんなこと全く考えてはいなかった。言ってしまえば、俺たちの関係は主従だ。雇い主と雇い人だ。そこに私情は含まれるはずもない。
「いい人だと思いますけど、それは恋愛感情ではないと思います。……友人あたりが妥当だと」
「……ふむ。そうか」
目を細め、ジト―っと見つめてくる。
「何がそんなに不満なんですか?」
「つまらない答えだと思ってな。じゃあ、質問を変えよう。好きな奴はいるのか」
先生は豊満な胸の前で鷹揚に腕を組む。机に置かれたカップに目をやると、どうやら紅茶は飲み干したようだ。静かにティーポットを差し出すと、手で制止させられた。お替りはいらないようだ。
「好きな人ですか……」
俺は、いつかの少女を思い出す。そいつは俺と同級生だったはずなのに、思い出す姿は中学生だったころのままだ。高校は同じところに行こうと、俺は勉強を頑張ったはずだった。だけど、その高校に通うことが出来たのは俺一人だけだった。まあ、そんな高校も通って一年やそこらで行かなくなるなんて思ってもいなかったが。
「どうした急に黙り込んで? そんなに難しい質問だったかな」
「いえ、そうじゃありません。ちょっと昔話を思い出していただけで……。俺は好きな人いましたよ」
「『いた』か……そうか。悪い、変なことを聞いた」
言葉の意味に気が付いたのか先生は、珍しく目を伏せ、申し訳なさそうだ。いつもの、傲岸不遜のような態度はどこかに消えている。そんな、姿が面白くて笑みがこぼれる。
「大丈夫ですよ。こうやって思い出す切っ掛けになりましたから。アイツも忘れられるのは嫌だろうし。バンバン聞いてくれてもかまいませんよ」
「分かった。またいつか君の惚気話を聞くとするよ。……そろそろ、時間まずいんじゃないのか?」
色時計を見ると食事の時間まではそう時間はなかった。だが、この距離なら小走り程度で間に合うはずだ。
「惚気ではないですけど……そうですねもう帰ります」
そう別れを告げ、部屋を飛び出す。
帰り道は朝と比べて、人通りは少なく子供たちも見かけない。大人たちは仕事だとして子供が少ないということは学校でもあるのだろうか。そんなことを考えながら道を駆ける。
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