第9話 青髪の麗人
ここまで来ていただきありがとうございます。
椅子にしなだれかかっている男は天井を眺めながら眉をハの字に曲げている。高い天井。物理的にも価格的にも俺には手が届かない。
困った状況。何もせずにお世話になることは申し訳ないと思っていたが、出された言葉は斜め上のもの。『護衛』……何を言っているのだ。精々が荷物持ち、使いっ走り、だと思っていた。
「これからどうなるんだよ。運動はある程度できるけど……、王女を守るとかはできないぞ」
話はつい数分前にさかのぼる。
「身辺警護って俺戦えないですよ!? 一般人よりちょっと足が速いかなぐらいで、喧嘩とかもしたことありませんし……執事ならまだ勉強すれば何とかなるかもしれませんが。戦いとか無理ですよ」
ブンブンと首を振る。
イメージに浮かぶのはドラマやテレビに出てくるSPだ。整った服装に筋骨隆々。護身術にも精通し、不審者に目を光らせ、時に制圧、時に対象の盾となる。そんな、凄い人たち。
無理無理絶対無理。こういう世界の護衛は特に一般人に防げるような攻撃手段を用いないだろうし、無理に決まっている。死体が一つ増えるだけだ。
「ですので、鍛えさせていただきます。ある程度はできるようになっていただきますがよろしいですか? お金は気にしないでください。こちらが必要としているので」
しかし、ミキさんは表情一つ変わらない。優しげなまま。
戦闘訓練!? すぐに身につくわけもない。何年ここにいることを想定しているんだ? 俺は物騒な世界からは離れて生きていきたい。どうにか、その護衛という話だけをなくそうとあがいてみる。
「いや、でも命の危険が……。ほら、門の守衛とかどうですか?」
「それは結構です。ですが断られますと困りますな……これまでの衣食住を用意した上に面倒も見ようとするお嬢様に何の恩義も感じないとは……なんと心のないお方なんでしょうか。私は人を見誤ってしまったようです。すいませんお嬢様」
一人喋るように見せかけて、チラチラと視線をわかりやすく送ってくる。
…………。
優しそうという印象は撤回させてもらう。食えないジジイだ。こちらに、選択肢はないらしい。これ以上ごねたら交換条件でも出されそう。口約束で済む今のうちに飲み込んでおこう。才能が無いと分かれば向こうも折れてくれるだろう。
「…………分かりました、分かりましたよ。ちゃんと鍛えていただけるのであれば死ぬこともないでしょうし」
「ありがとうございます。鍛える方は安心してください。ちゃんとした人にもう連絡をしていますので」
それでも取り敢えずは、真剣に頑張ってみようとは思う。―――ちょっと待てよ。
「え、もう連絡入れてるって? まだ返事してなかったですよね。まさか折れることを見越して……」
「ええ、あなたなら二つ返事で引き受けていただけると信じていましたよ」
最後にそう言って、ミキさんは俺の部屋から出ていった。実に満足そうだった。彼にとって話は全て予想通りに運んだらしい。
巧みな先読み、経験則からのものだろう。俺の人間性をもう理解している。今はまだ俺にとっても悪くない。文句は実害が出てからにしよう。
そして、ベッドに舞い戻る。
「運動ができたところでだよな~」
そんで鍛えるところのちゃんとした人って誰だよ。どっかの道場の師範とかか? 怖い人でないことを祈ろう。メイドの一人は出ていってほしそうだし、その辺りの話し合いは向こうでやってくれるのか? …………。結構やらなきゃいけないことが出てきた。もうゴロゴロしてたい、が。
お昼まで時間は十分にある。図書室にでもいって時間をつぶしつつ勉強でもしよう。
寝転んで乱れた髪を軽く整えて、扉に手を掛ける。現れる長い廊下。見知らぬ扉と覚えた扉を素通りして、目指すのは本の宿。
今更だがこの屋敷は一つの家とは思えない。図書室ってなんだよ。学校の校舎みたいだ。
―――と思い図書室に向かっていると、ふと、長い青髪の人影が見えた。
綺麗な青い髪だった。人工的には決して生み出せない幻想的な色。空や海に並び世界を色付かせる、そんな色。
この屋敷に長髪青髪の人はいなかったはず。微かに見えた服装はメイド服ではなかった。そんでもって、簡単に屋敷を出入りできる人物となれば……まさかローズの親戚か誰か? あいつを連れ戻しに来たのかもしれない。ミキさんが俺に言いに来たタイミングもそう考えれば辻褄が合う。多分そういうのを含めての身辺警護って言うか護衛を任せたんだ。
変なものに巻き込まれる嫌な予感がするが……どうせ後で降りかかる火の粉。こっちから向かった方が気持ちがいい。
何故か足音をたてないように近づく。たてない理由は分からない。早まる鼓動の理由も。
「――――」
その女性は朝の日差しを浴びて、バルコニーから中庭にある庭園を眺めていた。感情は読み取れない、つまらなそうにも、うらやましそうにも見える。ともすれば、何も考えていないようにも。
横顔は息を吞むほど美しい。元の世界では出会うことのない完璧な造形。色気や艶やかさとは全く違う魔性の青。雰囲気はまるで違っていたが顔の形はよくローズに似ている。血縁関係者であることは間違いない。
連れ戻しに来たことは濃厚だろう……
ほうけている場合ではない。彼女には恩もきちんと感じているのだ。護衛として最善は尽くしますローズ様。
しかし、連れ戻しに来たのにしてはなんとものほほんとしてるというか、空気は重苦しくない。ここの庭園を眺める余裕はどこから来るのだろう。それに一人きりだ、詳しくないが、こういう場合侍女や護衛を引き連れていそうなものだが。
これまで消していた足音を敢えて立てて近づいていく。
「きれいな庭園ですよね」
まずは当たり障りのない会話から。顔は同じように庭園を向けながら、意識は彼女の表情に。
彼女はこちらをちらりと見ると微笑を浮かべながらこう言った。
「そうですよね、私も大好きです」
顔に似合う透き通るような声。
表情に、反応、どれをとっても第一印象はすごくいい人に感じられる。本当にこんな人があいつをいじめたりしてるのか? 俺に対しても物腰が柔らかい、初めてあったローズも乱暴だったというのに、それに嫌がらせを行う人物がこんな対応をするとは……。
とりあえずこの調子でここに来た目的を探ろう。そして、もしも連れ戻しに来たんならどうにかしないといけない。
「今日は何しにこちらへいらっしゃったんですか?」
「? この庭を見に来たんですけど?」
……。連れ戻しに来たわけではない? 庭を見に来た、だけ? 嘘を付いているようには見えない。
「そうですか、ではごゆっくり」
「? ええ」
彼女も何か困惑している様子だが、俺もよくわからない。美人の人の顔はよく似ているものだし、勘違いしてしまっているのは俺のほうかもしれない。これ以上一緒に居れば別の問題が生まれそうな気がするため撤退を決めた。
……それにしても、本当に綺麗な人だった。
廊下を足早に歩いていると掃除を終えたのか向こうから、この屋敷の侍女の一人サキさんが歩いてきているのが見えた。
「何してるんですか?」
「いや、なんでもありません」
「何がそんなにうれしかったんですか?」
わざわざ説明することもないと思ったのだが、見抜かれてしまったようだ。隠すつもりもなかった、少し話しても問題はないだろう。この屋敷の侍女であれば今訪れている人の事も知っているだろう。
「それはですね、ローズの妹かお姉さん? がいらっしゃったんですよ。なんかあいつが言うよりよっぽっどいい人に見えましたよ」
「! 本当? どちらにいらっしゃったの?」
変に驚いているというかあせってる。やはり姉妹となにかあるのか? けど、あの人はローズに対して問題を抱えている風には見えなかったけどな。
「えっと、すぐ近くの庭園を見渡せるバルコニーにいましたけど……」
「すぐに行かなくては。皆に知らせてきて。私は先に向かっているから。っと、あとどんなひとだった? 髪の色は? 橙色? 紫色? どっちだった」
「いえ、青色でした。顔の感じはローズにそっくりでした」
「――――」
そう言ったところ、急にサキさんは動きが止まり。落ち着いたようだ。
「何が何だかさっぱりわからないんですけど。大丈夫なんですか?」
「やっぱり大丈夫です。気になるのでしたら後でローズ様に直接聞いてみてはいかがでしょう」
そして大きなため息をついた。目元が前髪に隠れていて表情はよく見えないが、恐らく俺に呆れているに違いない。
普段の足取りで離れていくサキさんの後姿からは怒りが隠しきれていない。
よく分かりませんでしたが、すいませんでした。
読んでいただきありがとうございました。




