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ドラゴン娘の日常  作者: さえぐさ
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第九話 親心と私



 朝、日が昇ると同時に起きて、4時間ほど魔法の練習を行った。

 もうだいぶ太陽が高くなり、さすがにそろそろ兄を送り出さないといけない。


「兄さん、練習に付き合ってくれてありがとう。少しコツが掴めてきた気がする」

「おう、リアは頑張り屋だからすぐ出来るようになるさ」


 ぐしゃぐしゃに頭を撫でられるのがこそばゆい。


「次、帰ってくるときは4月。迎えに来るから、一緒に学校に行こうな」

「うん」


 笑って約束をし、兄を送り出す。あっという間に兄の背中は小さくなっていき、見えなくなるまで見届けた。

 私は少し疲れたため、いったん休憩しようと家に帰ることにした。


 帰ると、母さんもお茶を飲んで一服しているところだった。


「おかえり、リア。ライはもう行っちゃった?」

「ただいま。兄さん、次は4月に帰ってくるって」

「もう、あの子ったら。一言ぐらい声をかけてくれればいいのに」

「ねぇ、父さんとマリ伯母さんは?」

「二人なら今日も仕事で集会所だって。リアとライが練習に出てる間にコソコソ出て行っちゃったわ」

「………父さん、怒ってた?」


 今日は朝ごはんも食べずに練習していたから父さんにはまだ会っていない。父さんの様子を聞くと、母さんは目を丸くした。


「えぇ?まさか。昨日、ライに怒られちゃったから顔を合わせるのが気まずくなっているだけよ」

「そっか……」


 父さんやマリ伯母さんは、私が魔法を使えないまま期限になることを望んでいたのだろう。それがいつの間にか息吹の魔法を使えるようになっているものだから慌てて言葉で説得する方に作戦を変えたに違いない。


「……あのね、リア。お父さんたちのこと、嫌いにならないであげてね。お父さんもマリさんも、この村の人たちも、皆リアが大好きで、リアが外で傷つけられちゃうんじゃないかって心配なの。

 お父さんたち自身やその兄弟たち、お父さんたちのお父さんお母さんが、外の人たちにたくさん傷つけられたことを知っているから」


 母さんはいつも私の味方をしてくれる人だった。この村では私の唯一の味方。

 けれど、母さんは父さんと同じ視点を持っていて、父さんの理解者でもある。私のことを大事に思ってくれているように、父さんのこともとても大事に思っている。

 いま、母さんは父さんのことを想って言葉を選んでいる。


「大丈夫だよ、母さん。私のやりたいことを反対されてるからって「私は愛されてないんだ!」って拗ねるほど子供じゃないよ。

 父さんのこともちゃんとわかってるつもり」


 母さんや兄さんと同じぐらい、父さんも村の人たちも、私を大切にしてくれている。それは紫の国との繋がりに必要だからってだけじゃなくて、ちゃんと村のひとりとして見てもらえていることを知っている。


「だからって私は私のやりたいことを諦めたりしないけどね」

「そう、……よかった」


 母さんはほっと息をついている。母さんにもたくさんの心配をかけてしまった。


「ねぇ、母さんはなんで私の味方をしてくれるの?」


 母さんの隣に座り、前から聞きたいと思っていたことを聞いてみた。

 学校に行きたい私と、行かせたくない父さんたちとで意見が対立するまで、母さんがこんなにも自分の意見を主張できる人だと知らなかった。


「う~ん、そうねぇ」


 母さんは考えるように言葉を切り、何かを思い出したように微かに笑った。


「お母さんね、龍人族から離れたことがないの。一度もよ。村から離れて紫の国に行ったことは何度かあるけど、龍人族の人以外と交流したことは一度もないわ」

「……そうなんだ」

「周りから龍人族の中で、この村の中で生きることを望まれていたし、私もそれが当たり前だと思ってた。

 それが嫌だとか不幸だとか思ったことはないし、この村が好きで、ここでの生活が幸せだと思っているわ。

 でも一度だけ、村の外に興味を持たなかったことを悔やんだことがあるの」

「えっ!」


 母さんは、言ってしまえば典型的な龍人族の女性で。この村で生まれ、この村の中で生活し、この村の人たちに守られて生きてきた。

 そんな母さんが後悔?


「一人目の子、カイが産まれて、成長して言葉を覚えてくると、私に聞いてくるのよ。『この村の外には何があるの?』『外の人たちはどんな人なの?』って。私は答えられなかったわ。だって知らないんだもの!

 それが悔しくて悔しくて。私、お母さんなのに何も教えてあげることができないんだなって。

 一度は外の勉強をしようとしたこともあったのよ?でも興味ないことを勉強するのってすっごく疲れるし、周りの人たちがあまりに心配するもんだから、早々に投げ出しちゃった」


 イタズラがバレてしまった子供のように笑う母さん。私の知らない母の一面だ。


「ずっと、外に出たい私の応援をしてくれていたから、母さんも外に興味があるんだと思ってた」

「あっ、別に外のことや龍人族以外の人たちがどうでもいいってわけじゃないのよ?ただ、私はこの村の中で生活が完結してるから、山の下は別世界に思えるっていうか」


 慌てて言い訳するように言う母さんに、私もつられて笑ってしまった。


「それで、なんで私の応援をしてくれるの?」

「あぁうん、それでね、端的に言ってしまうと、親らしいことがしたかったのよ」

「親らしいこと?」

「そう。子供の知りたいことを教えてあげられない、魔法も使えない、家事も料理も下手な私だけど」

「あっいや!私が食べられないのは私に事情があるっていうか、お肉が苦手っていうか」


 今度は私が慌てる番だった。そんな私を見て母さんはころころと笑う。


「なんにもできないお母さんだけど、せめて子供のしたいことは応援してあげたいの」

「母さん………」

「私はこの村からはなれない生活を選んで、それで幸せだけど、リアは私と同じ選択をしなくていいし、リアはリアが思う幸せを追い求めていいのよ」


 母さんの人生は私から見ると、この村と龍人族という種族に縛られているように思えるけど、母さんはそれを好きで選んだと言う。これは私と母さんの価値観の違いでしかなくて、幸せだと言う母さんの言葉に嘘偽りはない。母さんは本当にこの村が好きで、この生活を愛している。


「…………だからね、リアが本当は結婚の話をお断りしたいなら、お母さんは」

「嫌じゃないよ」


 私の婚約は、村ぐるみ国ぐるみの話だけど、もし私が結婚したくないと言えば、きっと母さんは私の味方をしてくれると思う。けれど、私はすかさず否定した。

 そういえば、この婚約について、私の心の内を話すのはこれが初めてかもしれない。


「嫌じゃないんだよ、あの人と結婚するの。

 村の外に出て龍人族の人以外と関わりたいのは本当だけど、結婚から逃げたいわけじゃないよ。国や村に決められた婚約者がいることは私にとって不幸なことじゃないから」


 これが私の本心。それが伝わったようで、母さんは一通り驚いた後、その表情は和らいだ。


「………そうだったんだ。リアは何も言わないけど、本当は勝手に結婚相手を決められて苦しんでいるんじゃないかって、ずっと思ってた。

 もっと早く聞けばよかったな」

「私ももっと早く言えばよかった。なんだかこの話は避けられていたから」

「だって気まずいもの。お父さんとお母さんや、マリさんは恋愛結婚したのに、リアにはそれをダメって言わなきゃいけなかったから」


 紫の国ではどうかわからないけれど、この国の龍人族は意外にも自由恋愛に肯定的だ。

 それ故に、村のため国のため嫁に出される私に申し訳なく思っていたようだった。


「そっか、……そっかぁ、いやじゃない、か。ふふ、よかった。

 ずっと言わなかったけど、リアの旦那さんになる人、かっこよくて立派な人だったね。きっとリアを幸せにしてくれるはずよ。お母さんがお父さんと出会う前なら羨ましがっていたかもしれないわ」


 こんな風に相手の人を褒めるのも初めて聞いた。それほどこの話がタブー扱いされていたことに改めて驚く。

 両親の恋愛話に触れられたのも今日が初めてだ。


「父さんと母さんはどうやって出会ったの?」

「同じ村に住んでいたからずっと顔見知りではあったけど、一人の男の人として意識し始めたのは、かれこれ100年ぐらい前になるわね」

「それでそれで?」

「ふふふ、あれはねぇ、秋の終わりのことだったかなぁ……」


 その後、お昼になって父さんたちが帰ってくるまで、母さんたちの恋愛話に花を咲かせた。私が知らない父さんや母さんのことをいっぱい知れてよかったと思う。

 いい感じに力が抜けたのが功をなし、それからの練習はとても捗ることとなった。



 そして8日後。私は、父さんがぐうの音もでないほど、完璧なロウソクの火を灯し、学校入学の許可を得たのだった。




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