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ドラゴン娘の日常  作者: さえぐさ
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第八話 星空のベッドと私


 夜。

 私が使っているベッドの隣に、今夜兄さんが寝る布団を敷いた。兄さんが家にいた時に使っていたベッドが今私が使っているベッドで、この部屋は元々兄さんの部屋だった。兄さんが学校の寮に入ったのを機に私の自室として使わせてもらっている。


 すでに夕飯を終え、お風呂にも入り、あとは寝るだけの状態。

 兄さんは父さんと話してくると1階に行ったきり戻ってきていない。もうそれなりに時間が経っているが、まだ話し合いの途中だろうか。

 私のことで二人が喧嘩になっていなければいいのだけど。


 もう先に寝てしまおうかと考えていると、階段を上ってくる足音が聞こえた。ようやく終えたらしい。


「リア、布団ありがとうな。先に寝ててくれてよかったんだぞ」

「うん、そろそろ寝ようかと思ってたところ。父さんとの話、長かったけど喧嘩にはなってないよね?」

「大丈夫だって。喧嘩にはなってないよ。父さんの立場も、父さんがリアを心配しているのもわかるし。

 リアは父さんのこと怒っているか?」

「怒ってはないよ。ちょっとショックだったけど」

「……そっか」


 兄さんは少し複雑そうな顔をしている。

 父さんの、村長の息子としての立場と、私の兄としての立場で板挟みにさせてしまっていることが申し訳ない。


 兄さんが布団に横になったのを見て、私もベッドに入った。


「そういや、父さんと話していて不思議に思ったんだけど」

「なに?」

「リアの魔力探知は父さんがしたんだと思ってたのに、父さんは知らないみたいなんだ。

 お前、誰に魔力探知をしてもらったんだ?」

「魔力、たんち」


 初めて聞く言葉だ。

 誰にしてもらったのか、なんて聞かれてもそれが何なのかさえ分からないのだから答えようがない。

 きょとんとする私に、兄さんは首を傾げた。


「魔法の練習を初めてする日にさ、今日オレがしたみたいに、誰かに魔力を動かしてもらっただろ?

 龍人族は自分の魔力にも疎いから、そうしてもらわないと自分の魔力の所在がわからないし、自分で魔力も動かせないし」

「え、」

「え?」

「………それ、してもらわないと、魔法が使えないってこと?」

「そうだけど、」

「…………………」

「………?」

「……………それ、してもらったら、すぐに魔法が使えるようになる?」

「うん?ん~、なんでもってわけじゃないけど、息吹の魔法ならすぐに使えるようになったんじゃないかな」

「……………」

「どうしたんだよ、リア」

「…………それ、してもらってない、と、思う……」

「は?」


 してもらってない、ハズ、たぶん、きっと。いや、絶対。


 私は火を吹けるようになるまでに、4ヶ月半もかかった。けど、それは試行錯誤の末にできるようになった、というわけではなく、あるキッカケがあった。


 それは今から2週間ほど前のこと。12月の末、年末の時期。

 春も近づき、とてもいい天気だったその日は雪が融け始めており、川の暈が増していた。そんな川に私は落ちてしまったのだ。

 川の流れは速いし、体はうまく動かせないし、本気で死ぬと思った。命の危機に、無我夢中で藻掻いていると、気が付けば魔法が使えていた。

 そのおかげで川から這い出ることができたわけだけど、このことは父さんたちには話していない。余計な心配をかけるだけだと思ったから。


 と、いうことを掻い摘んで兄さんに説明した。

 兄さんは顔を手で覆ってしまって表情が見えない。


「に、にいさん………?」


 恐る恐る声をかけると、深いため息が聞こえた。


「…………まず、一人で川に行ったら駄目だろ」

「ごめんなさい……」

「言いたいことは山ほどあるけど、とりあえずリアが無事でよかったよ。

 このことは父さんたちは知らないんだな?なら、俺からも何も言わないでおく」

「うん、ありがとう」

「でも、本当に気を付けてくれよ?どれだけ龍人族の体が丈夫でも、息が出来なきゃ死ぬし、ケガもすれば病気にもなる。あんま危ないことはしないでくれ」

「う………気をつけます」

「ん、そうしてくれ。……じゃ、明日に備えてもう寝るか」

「うん、おやすみなさい」

「おやすみー」


 明かりが消され、部屋の中が真っ暗になった。

 この部屋で寝るようになってそれなりの年月が経っているけど、兄さんから布が擦れる音や呼吸音が聞こえてきて、自分以外の人の気配が近くにあることが久しぶりでなんだか緊張する。


「…………ね、兄さん」

「んー?」


 つい話しかけると、返事が返ってきてほっとする。


「兄さんは魔力コントロールが出来るようになるまで、どれぐらい時間がかかった?」

「オレか?そうだなぁ、オレが魔力探知してもらったのが7歳の時で、魔力コントロールだけで火が出せるようになるまで、2ヶ月ぐらいだったかな」

「えっ、7歳から魔法の練習始めたの?私は9歳になるまで駄目だって」

「あ~、俺の魔力探知をしてくれたのはコイ兄だよ。父さんには早すぎるって怒られてたっけ」


 コイ兄さん。2番目の兄で、ライ兄さんより9歳上、私より14歳上の兄だ。

 今はもう国の兵団に入っていて働いている。あまり家に寄り付かない人で、無口で勤勉な人、という印象しかない。一番上の兄は海外、紫の国に行っていて、年末に手紙を寄こすぐらいで接点があまりないため、私にとって兄さんというと真っ先にライ兄さんを思い浮かべる。

 ちなみに私とライ兄さんは母さん似で、肌の色が濃くて髪が白いのに対し、上の兄二人は父さん似で、肌が白くて髪が黒い。


 兄さんはコイ兄さんとの思い出がいっぱいあるらしく、よく思い出話を聞かせてくれた。


「期限まであと10日もないんだっけ。不安か?」

「うん……。今日、兄さんに色々教えてもらうまで、私ずっと迷走ばかりしてて、意味ないことばっかしてたんだなって。5ヶ月も無駄にしちゃった……」


 誰かに魔力探知というものをしてもらえば魔法を使えるようになるまで一瞬だったということ。

 魔力コントロールを、息吹の火の玉を小さくすることだと勘違いしていたこと。

 それらに、5ヶ月も使ってしまったこと。

 今改めて考えてみて、あまりに酷い現状に頭が痛くなる思いだ。


「………………私、魔法の才能がないのかも」


 つい、そんなことを言ってしまった。

 体は疲れているのに頭は妙に冴えていて、真っ暗な空間を見つめていると、頭の中も暗い方へ向いてしまう。

 愚痴ばかり思い浮かぶ頭を振って暗い思考を追い出した。


「ごめんね、せっかく練習に付き合ってくれてる兄さんにこんなこと言って。

 明日からまた頑張るから、もう……」


 寝るね、と言いかけた時、部屋の明かりがぱっとついた。

 驚く私を置いてけぼりに、兄さんは布団から這い出て、自分の荷物から紙とペンを引っ張り出していた。そしてその紙に一心不乱に何かを書き出す。

 少し待ってて、と兄さんが言うから、そのまま待つこと5分ほど。ようやく書き終えたかと思ったら、すぐに明かりが消されてしまう。

 戸惑う私をよそに、兄さんは笑っている気配がした。


「見てろよ」


 すると、兄が持つ紙から細かい光の粒が溢れだした。

 その光は部屋中を星々のように舞い、まるでプラネタリウムのように、夜空に浮かんでいるような、とても幻想的な空間が出来上がった。


「なかなかなもんだろ?オレが初めて自作した術式なんだ」


 兄の方を見ると、光の粒に照らされて、得意げに笑う兄の横顔と、紙に描かれた幾何学模様のような術式が見えた。これを兄が作り上げたなんて。


「3年に上がって、魔術の勉強が増えてさ、外因的要素の術式構成とかするようになって、ぶっちゃけオレはついていけてなかった。

 長期の休みも全部課題に潰されて、この家にも帰ってこれなくてさ。そうなると急にこの山から見える星空が恋しくなった。そんな時にこの術式を作ったんだ」


 兄さんは3年生になってから長期休暇に入っても帰ってこなくなった。友達といるのが楽しいのだろうと思っていたけど、本当に課題に追われていたらしい。


「すっげぇ不格好な術式だし、これで魔物を倒したり、仲間を助けたりできるわけじゃないし、オレ以外の人にとっては何の意味もない術式だけど。

 この術式が完成したとき、オレは少し、術式構成が好きになったよ。

 まぁ、それでもへたくそだし、とてもじゃないけど得意だなんて言えないけどな」


 ふと、兄さんと目が合う。兄さんはひどく優しい顔をしていた。


「リアがさ、『魔法が苦手だ』『才能ないんだ』って悩んでて、それに対してオレが『そんなことないよ』って言うのは簡単だけど、そんな言葉に意味はないだろ。

 その代わりに『まだあきらめんな』って言いたい。結局、無責任な言葉には変わりないけど、リアはまだなんだ。

 まだ、これから起こる“何か”を経験してないだけなんだ」


 これから起こる“何か”。兄さんにとって、その“何か”はこの術式だったのだろうか。

 すべてが報われるような“何か”が、私にも起きるのだろうか。


「リア、あきらめるな。失敗も、不安も、誰かのせいにしていい。

 でもあきらめるな」


 訴えかけるような言葉と、祈るような声だった。

 この言葉に、私の心は燻ぶられた。


「――――――――うん、あきらめないよ、私」


 一音一音、かみしめるように発した自分の言葉が、心に火を灯したのがわかった。体がぽかぽかと温かくなっていく。

 この言葉を嘘にはしたくない。


「………よしっ、じゃあ寝るか。明日は早く起きよう。そんで、たくさん練習しよう」

「うん」


 あと9日しかない、じゃない。あと9日もある。

 あれだけ不安だった気持ちが融けてなくなっていた。それは、この小さな星の光が真っ暗な空間をなくしてくれたからかもしれない。


「あぁ、悪い。眩しいよな、いま消すから」

「ねぇ、兄さん」

「ん、どうした?」

「この山の星空なら、そこの窓からいつでも見れると思う」

「あーはは、そうだよな」

「でも、こんな風に星空に包まれたのは初めてだよ。ありがとう、兄さん。この魔法、じゃないか、魔術を見せてくれて」


 兄さんはこの魔法の術式を、誰の助けにもならない、意味がないって言っていたけど、私はこの術式に助けられたから。こんなにも美しいものが意味ないなんてことあるはずないから。

 この気持ちが少しでも届けばいいと思う。


「ありがとう」


 再度言えば、横から「………どういたしまして」と小さく返事が返ってきた。

 ちゃんと届いたかな。



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