みえる男
その日は目覚めたときから違和感があった。
昨日飲みすぎたわけでもない。いつもと同じ朝のはずだ。
頭がうまく整理できないのだ。
今は午前7時。朝日が差し込むワンルームに自分がいることはわかっている。
わかっているのだが、うまく整理できない。
朝だと認識する自分と、まだ夜の繁華街を歩く自分もいる。
体は一つなのに頭が二つある感じだ。
目を覚ますために顔を洗う。
いささか目がさえたが、まだモヤモヤする。
「とりあえず支度するか」
頭はさえないが、体は朝を生きている。
いつものように髭をそって髪をセットする。
スーツを着て朝食のパンをほおばる。
「一体どうなっちまったんだ」
独り言をつぶやきながら家を出た。
私は時任英二。27歳独身だ。
百貨店に勤めて4年くらいになる。
田舎は鳥取で、大学から東京に出てきてそのまま就職をした。
特に充実してきた人生ではないが、特に不満もない。会社で昇進したいという思いもないし、このまま平凡ながらも特に不自由しない生活ができればそれでよいと思っている。
会社の人間関係も良好で、今までもこれからも特に起伏はないと思っている。
その日も出社するといつものように紳士服売り場に赴く。
ここが私の職場だ。
社交的ではないものの、仕事となればある程度のコミュニケーション能力は発揮できる。
大満足ではないものの、不満は何一つない。
今日は珍しく上司の飯塚課長がいた。
いつもは姿を現さない。
「時任君、元気にやっているかい」
「はい。問題ありません」
「今日の件、よろしく頼むからな」
「…は、はい…」
「おいおい大丈夫か?まさか今日の接待の件忘れてないだろうな?」
たしかにそんなことを頼まれた気もする。
なにせ今日は記憶が混濁している感じがするのだ。
そうだった気もするし、そうじゃない気もする。
ただ、そういわれるということはそうだのだろう。
「大丈夫です。場所は新宿で19時開始です」
「わかっているよ。よろしく頼むからな」
新宿?よくわからないが勝手に口が動いていた。
上司が去ったあと、改めて会社のメールを確認する。
一週間ほど前、私が上司宛に同じ内容のメールを送っていた。
いよいよ自分が心配になった。
早退したい気持ちを抑えながら業務にあたった。
接待はつつがなく終了した。
問題があったのは私自身だ。頭では何も整理できていないのに、体が勝手に動く感じで問題なく接待をすることができた。
夜の新宿を歩きながら、病院に行くなら何科なのか考えていた。
新宿のイルミネーションは綺麗で不安な心に寄り添ってくれる。
あれ…?
この景色最近見た気がする…
そんなことを思いながら自宅に帰り、眠ることにした。
明日は土曜日。休みだ。
次の日の夢は鮮明だった。
あれは間違いなく競馬の夢だ。
何のレースかはわからないが、三頭の馬がそれぞれゴールに入るシーンだけ鮮明にみえた。
そして、実況の人の興奮した叫び声。
よく聞き取れないが唯一聞き取れたのが
「マジックロード」
馬の名前か?
頭はさえていた。
昨日のような混濁感はない。
だからこそ不思議に思った。
なぜなら、私は生まれてこのかた競馬にかかわったことがない。
テレビでもほとんど見たことがない。
それなのにあんなに鮮明に、具体的に競馬の夢をみるなんて。
面白半ではあったが、初めて競馬サイトをのぞいてみた。
「たしか、マジックロード」
マジックロードは実在した。
三歳の牡馬で、今日のレースに出走予定だ。
16頭立ての15番人気。
でも、私の夢では一番先頭でゴールしていた。
何かが始まる予感がした。
私は一番近くの馬券が買える場所を調べた。
今はネットでも買えるみたいだ。
私は苦戦しながらも登録した。
そもそも、競馬のルールすら知らない。
私は、あの夢が現実になるのではと感じていた。
あの夢では三頭の順番がわかっている。
一番目は1番のマジックロード、二番目は11番の馬、三番目は8番の馬だった。
競馬には様々な買い方があり、一番配当が高いのが3連単という買い方であることがわかった。
1、2、3着を順番通り当てるというものだ。
なんと私向きの買い方ではないか。
オッズを調べると、1→11→8の3連単は2,650倍となっている。
よくわからない。
100円買うと、2,650円になるのか?
競馬なんてやったことはないが、何かのお告げかもしれないという気持ちが強かったので、私はその3連単を10,000円分買うことにした。
マジックロードが出るレースは中山11Rとなっていた。
地上波のテレビでも中継されるレースであることが分かった。
私は初めて競馬中継をみた。
一番人気は無敗?の馬らしく、連勝をして大きなレースに向かうようなことをテレビの人が言っていた。
マジックロードはというと、お父さんは有名な馬のようだが、デビューしてから怪我が多かったようで、ようやくここまできたそうな。
「よくわからないが、15番人気って弱そうだな」
私は、その馬が一番に来る3連単を勝ったのである。
しかも10,000円。
100円が2,650円だから、10,000円だと265,000円か。
20万円あったら何買おうかな。
20万円の使い道を考えてみると、20万円って何も買えないな、というよくわからない結論に至った。
将来もあるから、半分は貯金、残りは家賃か。
世の中の20万円の価値を再認識した。
貯めるには苦労するが使うには不便な額だ。
そうこうしているうちにレースが始まる。
よくわからないが、どの馬も一生懸命走っている。
マジックロードは一番先頭を走っている。
「あれ?元気がいいな」
しかし、実況の人はなかなか逃げ切れない距離だと言っている。
それを知っているのか、有力馬は後方で待機しており、ばてたところを抜かす作戦のようだ。
ところが、あれよあれよとせんとうのマジックロードとは差が開いていく。
レースに終盤。
後方待機の馬たちが焦ってスピードを上げる。
しかし、前には届かない。
マジックロードが一着でゴールした。
実況も何を言っているかわからないくらい興奮している。
ただ聞き取れるのはマジックロードの名前だけ。
私も信じられなかった。
興奮して実況が続ける。
「大波乱です!一番人気のエディーは馬郡に沈みました!2、3着も人気薄!単勝万馬券!3連単はなんと、2,765倍!!」
そうだ、私が勝ったのは3連単だ。
馬の順番を確認する。
結果は、1→11→8
買った通りの順番だった。
「やった!」
1万円が約27万円になった。
ここでようやく確信になった。
私が見ていたのはいわゆる予知夢だ。
明確にみえた。
思い返すと、最初に違和感を持った日のぼんやりした記憶もその日の接待のことだったのだ。
怖さよりも期待のほうが強かった。
これからどうしようか。
まずは発生条件を見極めなければ。
普通に寝ればみれるのか?
おいおい検証していこう。
とりあえず競馬で当たったお金でおいしいものでも食べに行こう。
私はサイトを覗いた。
「ん…?」
金額がおかしい。
約27万円が入っているはずだが、桁がおかしい。
「一、十、百、千…」
「27,650,000円…」
三千万円弱の入金があった。
どうやらオッズの見方が誤っていたようだ。〇倍の表記は純粋に買った金額を〇倍してくれるようだ。
手が震えた。
「どうしよう」
私は、自分の能力の使い方と三千万円の使い方、どちらから考えたものかと思いながら一服をするのである。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
この後、人生を謳歌しながら堕落する人生とともに能力バトルに発展していきます。