表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

かわいいもの

作者: かじうみ

かわいいもの


可愛いものが好きだ。可愛くあるために自分は生まれてきたのだと本気で思っている。星屑をこぼしたアイシャドウ、モンシロチョウの羽を盗んだワンピース、背伸びしたハイヒールと口紅。母の持っていたそれらが羨ましくてたまらなくて、勝手に使っては叱られることを繰り返していた。地面に散らばったちらりと輝くかけら。自分を取り巻く「可愛い」をすべて集めて身に着けたい。


 「可愛い」は努力とお金を餌として生きる獰猛なイキモノだ。その努力は時にして精神をむしばみ、痛みを伴う。耳に残る痛みがそう教えてくれた。安全ピンでピアスを開けた痛みの跡だった。手元に転がるハートのピアスは、イヤリングとの区別が分からずに買ったものだ。自分にとって、痛みを据え付けてでも身に着けたい代物だった。

「シノ、何やってんの。ピアス開けるなら皮膚科行かなきゃだめだよ」

「でも、つけたかったから」

「感染症になっちゃうよ」

「サヨとお揃いのピアス、つけたかったの」

「なにいってんの、もう」

 そういって複雑な顔で笑う女の子は、同棲中のサヨだ。つやつやでまとまりがあるパーマは星屑をまとって、自分の太い髪の毛とはまるで違う。長いまつげ、透き通る瞳、細い指。彼女は「可愛い」の権化だ。

「ほら、お化粧したげる。おいで」

 サヨは自分のメイク道具を並べる。彼女は美容の専門学校の学生で、信じられない量のアイシャドウや口紅を持っている。お金は読者モデルをちまちまとやって貯めたというが、「可愛い」はこんなにもお金になるのだろうか。いや、「サヨの可愛い」だからこそできたんだろう。

「シノはきれいな目してるから、シルバーのシャドウが似合うかな」

「シルバー?」

「うん。ピンクが良かった?」

「まあ、ピンクのほうが可愛いかな」

「まあでもちょっと、だまされたと思ってつけてみてよ。シノのこと、絶対可愛くするから」

 そういって笑う。サヨはこだわったらヒトの意見を聞かない。

「お化粧、これで何回目?」

「小さいころに、一度だけ。お母さんの化粧品勝手に使って怒られた」

「あはは、私もやったよ、それ」

 細やかな手つきで化粧品たちを踊らせるサヨは、あこがれだった。愛おしい、アコガレの女の子。


「できたよ」

 サヨの作品になった自分は鏡の中できらめいて、涙が出た。涙は「可愛い」を洗い流してしまうから、必死で耐えた。それを見てサヨは笑った。

「サヨ」

「なあに」

「僕、かわいいね」

「ほんとだね。わたしのおかげだ」

「うん、君のおかげだ」

 そういって二人で、鏡の前で手をつないだ。君の手が暖かくて、僕はやっぱり涙が出た。


 僕の記憶は、「可愛い」が地面に投げ捨てられていた。それは母が僕から引きはがしたたくさんのものだった。お願いだからやめろと僕から奪い投げ捨てて、それは足元にむなしく転がる。捨てられた宝石を僕は、母に見えないようにこっそり拾い上げては奪われるを繰り返す。かわいいね、シノ。そういって僕の手を握ってくれる日は来なかった。


「サヨはさ」

「なにさ」

「僕が隣にいていいの」

「…何言ってんの。怒るよ」

 私はシノが好きよ。そういって笑う僕の「可愛い」は、どんなアイシャドウやワンピースよりも魅力的だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ