8話 思いがけない贈り物
エヴェリンの心の内と比例して、建国祭当日はまさに清々しい青空が眩しい日となった。
夜の食堂を手伝うことが出来ないにしてもせめて昼食時はと、エヴェリンは店の中を忙しく駆けずり回っていた。
そうしていつの間にか昼食時の繁忙時間帯を随分と過ぎ、店内には世間話をする常連客が数名残っているだけだった。
「そろそろ国王一家の拝顔の催しの時間ですよ。みなさん行かないんですか?」
クラインリートにある城前の広場で毎年開かれるそれを、エヴェリンは今まで一度として見たことはなかったが、建国祭一番の目玉であるその催しは、建国祭近くになると人々の話題に必ずと言っていいほど上るので、この国の国民で知らない者はいない。
「ああ、今年は休憩だ。国王陛下のお言葉を聞いて拝顔出来るのは素晴らしいが、あの人ごみだけは何年経っても苦痛でねえ」
「ああ。俺も毎年行ってるから今年くらいは許してくれるだろうと思ってね。どうせ行っても小指ほどの大きさの王族一家しか拝めないしなあ。こうしてエヴェリンの顔を見ながらゆっくりするのも良いもんだ」
お世辞だと分っているが、気軽に接してくれる常連客の言葉に顔が綻ぶ。
「そういや、聞いた話によると、今年は第一王子が欠席するらしいぞ」
「ほう、何でなんだ?」
「さあね。理由までは噂に上らなかったなあ。他の王子と王女は参加するらしいがな」
「エヴェリン」
常連客の話を、テーブルを拭きながら何気なく聞いていたエヴェリンに、食堂の奥の部屋から声が掛かる。
「はい」
「ちょっと来れるかい?」
「はい。テーブルを拭き終わったら行きます」
アンネッテに返事をし、エヴェリンは急いで仕事を終わらせ、普段夫婦が使っている食堂の奥の部屋へと向かった。
部屋に入ると、アンネッテは手元にあった箱から白い布を取り出し、エヴェリンの身体に添わせるようにして大きく広げた。
「おばさん、これ……」
「以前、私が娘のために買ってやった物なんだけどねえ。うちの娘は似合わないって言って殆ど袖を通してくれなかったんだよ。当時にしては高い買い物だったから捨てるに捨てられなくてね。でも取っておいて良かったよ」
アンネッテが取り出したのは袖の無い純白のシンプルなワンピースと同色のボレロだった。決して華美ではないものの、繊細なレースが上品に縫い付けられていて清楚な印象を受ける。
「先週、エヴェリンに話を聞いてこれが取ってあるのを思い出してね。サイズを合わせておいたから大丈夫だと思うんだけど、一度試着してもらえるかい?」
そう言い残して、驚きで言葉が出ないエヴェリンを部屋に残してアンネッテは出ていった。
エヴェリンはもう一度、渡された服をまじまじと見つめ、そして意を決して着替え始めた。
いつもは質素な服しか身に着けないため、初めて手に取る上品で美しい服に戸惑いを隠せない。
それでも、思い切って袖を通したそのドレスとボレロは身体にしっくりと馴染み、スカートの裾で踊るレースがなんとも心地良い。
「エヴェリン、そろそろ良いかい?」
「あ、はい」
部屋にある姿見で自分の格好に見入っていたエヴェリンが部屋の外からの声に我に返って答えると、アンネッテが入ってきてすぐさま相好を崩した。
「すごく似合ってるじゃない。大きさもピッタリだね」
「ありがとうございます。でも、本当にいいんですか?」
「もちろん。取っておいても勿体ないだけだしね。私たちからの誕生日のお祝いだよ。今日の外出にはこれを着てお行き。出掛けるのが夜だから、袖が短くてもエヴェリンの綺麗な肌が焼ける心配もないし」
「あ、ありがとうございます。本当に嬉しいです」
「私も嬉しいよ。エヴェリンが喜んでくれて。そうだ、インゴにも見せてあげようじゃないか。インゴ~!」
顔を綻ばせながら頷くと、呼ばれるのを待っていたのかインゴはすぐに姿を現した。
「エヴェリン、似合うじゃねえか。うん、綺麗だぞ」
「ありがとうございます、おじさん」
「気にしなくていいんだぞ。それより、店の方の片付けは終わってるから、自分の部屋に行って支度したらどうだ」
「でも、まだ夕方の準備が……」
「そんなことは気にしなくてもいいんだよ。私たち二人でもどうにかなるからね。ほら、二階に行って」
「はい。本当にありがとうございます」
エヴェリンは二人の好意に甘え、涙が零れそうになるのを抑えながら自室に戻る。
幼い頃から自分の身を案じ、実の娘のように色々と世話を焼いてくれている二人に、感謝の気持ちでいっぱいだった。
今回のことはお洒落に縁遠いエヴェリンを心配してのことだろう。
二人の気持ちに応えるためにも、自分と一緒にいてノルベルトに恥ずかしい思いをさせないように、エヴェリンは普段は滅多に開けることのない化粧品が入った箱を押入れから取り出した。