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7話 胸に巣食う戸惑い

 その日の夜、エヴェリンは食堂の後片付けが一段落するのを見計らってインゴとアンネッテに切り出した。


「あの、建国祭の日なんですけど……」


「どうしたんだい?」


「あの……、夜に少しだけ抜けてもいいですか?」


「ああ、全く問題ないよ。それにしても珍しいねえ。ビルロートのお嬢さんとかい?」


 エヴェリンが外出する時は大抵がギゼラと一緒なのをよく知っているアンネッテに聞き返され、どう答えてよいのか分らなくなる。


 男性と二人で出掛けるなどと口にしたら、いったいどんな反応が返ってくるのだろう。


「いえ、あの、違うんです……」


「……もしかして男かい」


 躊躇した途端に言い当てられてしまい、エヴェリンはあまりの恥ずかしさに俯いてしまった。


 そんなエヴェリンにアンネッテは気にすることなく話を進める。


「エヴェリンがそんなことを言い出すなんて初めてだねえ。よっぽどいい男なのかねえ」


「ああ、会ってみてえな」


 普段はエヴェリンとアンネッテのやり取りを静観しているインゴまで、からかうように話に入ってくる。


「あ、あの、すいません。こんな急にお願いして」


「気にしなくて良いんだよ。いつも手伝ってもらってるからね。少しと言わずどれだけでも出かけといで。そのかわりあんまり遅くなるんじゃないよ」


「はい」


「それよりもどんな男か気になるねえ。何をやってる人なんだい?」


 思いがけない質問に再び羞恥に頬を染めながらも、それでも事実を知っていてもらいたい気持ちの方が強かった。


「騎士団に入ってるんです。私より三つも年下なんですけど、とても大人びていて。……すごく背が高くて、笑顔がとても優しい人です」


「騎士様かい。まあ安全な仕事じゃないけど、結婚するとなると将来が安泰だねえ」


「そ、そんなっ、まだ私そこまで……」


「エヴェリン、コイツの悪い冗談だよ。それにしても……会ってみないとなんとも言えないが、エヴェリンが優しいって言うなら大丈夫だろ」


「インゴおじさん。……はい」


 インゴと横で頷いているアンネッテの三人で微笑み合う。


 恐らく本気で心配してくれているのだろう。エヴェリンに男性に対しての免疫が皆無なのを二人ともよく知っている。


 ノルベルトとはまだ会話らしい会話は一切していないし、これから先どうなるのか分らない。


 それでも二人を心配させるようなことは絶対に避けようと、エヴェリンは心の中で固く誓った。







 ノルベルトが自分に好意を持ってくれていることは、いくら鈍いエヴェリンでも理解出来ていた。


 最初の頃は戸惑いが大きく、彼からまっすぐ向けられる視線に耐え切れず、恥ずかしさのあまり俯いてしまうことが多々あった。


 それでも温かく包み込むような微笑みに、徐々に緊張も解れていった。


 今でも不思議に思う。


 何故に彼は自分のような者に好意を持ってくれているのだろうと。


 自分の容姿はラヴィーナ国民には異端に映ることは身をもって経験済みだ。


 それに加えて、王立図書館で働いている真面目だけが取り柄の面白みのない人間。


 彼は、就いて間もないとはいえ、将来有望な騎士団に身を置く人。


 ラヴィーナはノイゼス大陸には珍しく、外交的な軍隊を持たない国だ。騎士団は王族警護と自国防衛、それに国内の治安維持のために存在している。


 必然的に他国のそれとは異なり、それほどの多人数が就業しているわけではない。それでも平和の象徴として、王族に次いで国民の憧憬を集める身近な存在として騎士団の入団志願者は驚くほど多い。しかしその入団試験は厳しく、教養、人格、身体能力の三点で選考され、入団者数は志願者数の三十分の一ほどの狭き門となっている。


 そのかわり入団すれば危険を伴う仕事のため国からの社会的保障は厚く、団に籍を置いている、それだけでも生涯ゆとりのある生活を送ることが出来るという。


 それに加えて、完全に能力主義の世界。家柄や身分に関係なく、功績を残せばその分だけ騎士団における地位も向上していく。極論をいうと、昇進すれば国の政治を動かす地位にまで登り詰めることも不可能ではない。


 そんな国のエリートである騎士団に所属しているノルベルトと、自分のような人間が個人的な付き合いをすることは、果たして彼にとって良いことなのだろうか。


 ピンと伸ばされた背筋に洗練され堂々とした立ち居振舞いが脳裏に浮かぶ。


 もしも彼が格式高い貴族の家の出身だったとしたら。


 自分が貧しい家の出身だと知ったら、彼は離れて行ってしまわないだろうか。


 彼はそんな人間ではないと思いながらも、どうしても自分に自信を持てないエヴェリンは、彼に自分のことを知って欲しいと思う感情に比例して、胸中の不安は大きくなっていくばかりだった。






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