10話 彼の友人
初めて目にする建国祭は見るものすべてが物珍しく、露店に置いてある品一つ一つに興味を示すエヴェリンに、ノルベルトはそのすべての物に丁寧で詳細な解説を付け加えた。
エヴェリンはその博識ぶりに感嘆し、改めて騎士であるノルベルトの教養の高さを実感していた。
ひと通り露店を観て回り、そこで売られている異国の食べ物で軽く食事を済ませた後、二人は再び中央広場に戻って軽やかに舞う異国の舞踊の催しを見ている時だった。
「ノルベルト!」
背後から声が掛かり、ノルベルトが振り返ったのを目の端に捉え、エヴェリンも後ろに身体を向けた。
普段ノルベルトが身に付けている濃紺の騎士団の服と同じものを身に纏った少年がこちらに向かって歩み寄って来る。
「クルト」
「ノルベルト、舞の見物か?」
「ああ」
目の前に立った少年は、ノルベルトほどではなかったがすらりとした長身に幼さの残る優しげな顔立ちをしていた。恐らくノルベルトと同じ年くらいではないだろうか。
けれど、その顔には悪戯っ子のような笑みが浮かんでいる。
ノルベルトの友人だろうと思われる少年を何となく眺めていると、少年の視線が不意にエヴェリンを捉えた。
その視線を察知してノルベルトが口を開く。
「エヴェリンさん、昔からの友人で同じ騎士団のクルト・ワグネルです」
ワグネルとはあのワグネル家のことだろうか。
ヴィッテルン地方を治める公爵家。ギゼラのビルロート家よりも更に名の通った名家で、王族と婚姻を結ぶ者も少なくない。現に先代の王妃はワグネル家出身だったはず。歴史の書物にも度々登場する家名だ。
「クルト、こちらがエヴェリン・シュラムさんだ」
萎縮するエヴェリンとは対照的に、クルトは人懐っこそうな笑みを浮かべている。
「はじめまして」
「はじめまして。やっと会えましたね、図書館の君」
「えっ?」
なんのことだかよくわからずに首を傾げるエヴェリンに、クルトは楽しそうな顔で笑いながら続ける。
「騎士団の間ではあなたは有名人ですよ。無口で無表情で他人のことに無関心、それに加えて誰よりも忙しいはずのノルベルトが、毎週いそいそと図書館に通っているんですから。それも別館にいる女性に会うためだけに。噂にならないほうがおかしいくらいだ」
「おい」
ノルベルトが少し焦っているのがわかる。
そんなに噂になっているのだろうか。嫌な噂でなければいいのだが。
というか、彼の目的は古書の貸し出しではなかったのだろうか。
自分に会うのはそのついでのはずだ。
「そうそう、前に街で捕り物があった時なんて、ノルベルトは仕事が終わった直後だったにも関わらず呼び出されて。あなたに会いに行くのに間に合わないって、人質を取って立て篭もっていた危険人物をたった一人で捕まえてしまって。調書を取らなければいけないのに、それを無視して大急ぎで犯人を仲間に押し付けて出て行ったんですよ」
もしかして、夕方に来たあの時のことなのだろうか。
そういえば、いつもは埃一つ付いていない団服が擦れたように白く汚れていた。
クルトの言った言葉は本当なのか。
自分に会うために無理をしてくれたのだろうか。
あんなたった一言しか交わすことのない会話のために。
「クルト、俺のことはもういいだろ」
ノルベルトが焦った様子で少し声を荒げている。
初めて見るその姿をエヴェリンはとても新鮮な気持ちで見つめていた。
言葉も“私”から“俺”に変わっている。
いつもは悠然として落ち着いた物腰で、実年齢より確実に上に見えるのに。
十七という年相応な姿を見られた気がして、エヴェリンは笑みを浮かべるのを止められなかった。
クルトは、咎めるノルベルトにも動じずに、嬉しそうな顔をしてエヴェリンを見つめる。
「でも、納得できました。こんな可愛らしい人だったなんて。ノルベルトとは学院の初等課程以前からの仲ですが、何に対しても無関心で心配していたんです。でもよかった。こんなノルベルトの姿も久々に見られたし、あなたの可愛らしい姿も見ることが出来た。仲間に自慢出来ますよ」
可愛いなどという言葉を若い異性から受けたことなどなく、どう反応してよいのかわからない。
そんなエヴェリンの態度を見兼ねたのか、ノルベルトが再び低い声を発した。
「クルト」
「はいはい、俺はお邪魔だね。そろそろ退散するよ。まだ見回りの最中だし。もう半刻もすれば花火が上がる時間だ。エヴェリンさん、楽しんで下さいね」
そう言って、クルトは手を振りながら笑顔でその場を後にした。
「あの……」
エヴェリンは先ほどのクルトの話した内容が気になって声を出したものの、何と言ってよいのかわからず口篭る。
自分に会いに来ていたのか、などと聞けるわけがない。
「エヴェリンさん」
「は、はい」
「すいません、騒がしくて。とりあえず、ゆっくり花火が見られる場所があるのでそこに移動しませんか?」
「はい」
既にいつもの優しげなノルベルトに戻っていて、少しだけ残念に思いながらエヴェリンは頷いた。