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サバイバーリコ


「照準を合わせて……」


 スラムの路地裏。今、俺の目の前には子犬のように丸々と肥えたドブネズミがいる。距離があるため、気付かれた様子はない。俺は体内にある己の魔力を強くイメージすると、鼠に勘付かれぬよう小声で呟いた。


「いと気高き風の精霊よ。我が問いかけに応えん」


 ちなみに、詠唱に意味は特にない。むしろ、しない方が正確に行使できる。なら、なぜするかって? そこにロマンがあるからさっ!

 次の瞬間、風の刃が掌より迸り、鼠の首と胴がスパッと切断される。鼠は「ジュッ⁉」と驚愕に声を上げ、分離した頭と胴は少しばかりパタパタともがいていたが、すぐに動かなくなってしまう。


「すまんな」


 俺は鼠に両手を合わせて、黙とうを捧げる。だが、今回は上手く苦しませずに殺せた。最初に試したときは間違えて胴を切断してしまい、腸を飛び出させたまま延々と叫び続けさせてしまった。その姿を見かねた俺は、叫ぶ鼠の頭を石で叩きつぶして介錯する羽目となった。おまけに腸を切り裂いたため肉は焼いても凄まじい悪臭で、ゲロせず食うのが大変であった。

 鼠の胴体の部分だけを持ち、スラムで拾ったナイフを使い皮だけ剥ぐ。スラムにはこんな物騒なものも結構落ちている。少しばかり錆びていたが、路上の石で錆びをこそげ落として使えるレベルにできたのは幸いだ。

 解体も3匹、4匹とやれば大分うまくなる。以前読んだ狩猟漫画の知識が役にたってくれた。やがて鼠は、精肉店に並んでも違和感がない肉塊へと姿を変える。……今日の夕飯はコイツで決まりだな。

 昼はマルコに教えてもらった神殿の炊き出しで、パンとスープにありつくことができた。何度も炊き出しスポットには行ったが、出会えたのは今回が初めてだ。パンはいざというときのために持ち帰りたかったが、そうすると十中八九は年上の孤児たちに奪われるというマルコの教えから、貰った瞬間に貪り食った。

 事実、ガタイのいい子供数人がパンを貰った瞬間に俺の回りを包囲したが、俺が速攻で喰らうと諦めたように去っていった。なので料理の味はあまり堪能できなかったが、塩と水と葉野菜一枚のスープは温かく塩気もあって美味かった。パンもバターなどはなく、塩すら使っていないカンパンのようなものだったが、小麦の味がこんなに美味いのかと驚愕したものだ。

 何気なしに、俺はかたわらにある地面の水たまりに映った己の姿を見る。そこには幼児といっていい身長の小さな女の子が映っていた。ここでの生活で大分くすんでしまった銀髪と肌。だが、以前鏡に己を映したリコの記憶では、そこに映るのは輝くばかりの艶を持ち、粒子すら放ちそうな銀糸の髪に、ミルクを溶かし込んだかのような白い肌。そして、アメジストが華となったような大きな瞳の美しい少女であった。いつかここから脱け出し、まともに衣食住を満たせるようにならなければリコに申し訳がたたない。


「さて、帰るか」


 今日一日の糧を得て、俺は寝床に戻ることにした。あの悪臭漂うゴミ山に帰るのは少々億劫だが、安全マージンを確立するまでは一番マシということで、俺はいまだにあそこで寝泊まりをしていた。




「ただいまー」

「おう、嬢ちゃん。おかえり」


 俺を出迎えてくれたのは、ここをねぐらとする宿無しのマルコだ。相変わらず、ゴミ山に埋もれている。俺たちが出会ってから一週間が経っていた。他人に危害を加えられるだけの余力もなく、色々とスラムのことなどを教えてくれるマルコは俺にとっての生命線だった。


「炊き出しはあったかい?」

「うん。やっと見つけたよ。久々のあったかいスープとパン、美味しかったなあ。マルコさんにも持ってきてあげたかったけど……」

「いや、オイラはいいさ。数十年、嫌になるほど食ったしな。でも、最近は外に魔物が増えてきたとやらで流通も滞りがちで景気も悪いらしい。だから神殿の炊き出しも減っちまってるみたいだなあ」


 この世界、どうやら魔物がいるらしい。まあ、魔法とかあるし驚かないけど。冒険者とかもあるみたいだし、羽振りがいい職業だったらやってもいいかも。なんたって、今の俺は魔法が使えるしな。他の平民たちは使えないらしい。これって、かなりのチートだよなあ。

 でも、と俺は少しばかり疑問に思った。この男の情報網で最近の景気云々までわかるのだろうか。でも、M○Bでも情報源は地元のゴシップ雑誌だったし、ありえるのかな。それに意外と博識なんだよなあ。知力も、ここいらの奴らと比べると高い方だし。

 神殿の炊き出しのことについてもだが、大抵の孤児たちはギャングに入るがリンチで殺されることも多いとか、暗黒街と呼ばれる区域では人身売買が横行し、ときにこの近辺まで一人きりの孤児をさらいにくることがあるとか、身なりや顔立ちが綺麗すぎると襲われやすいから偽装したほうがいいとか、そういった助言を俺にたくさんしてくれていた。


「スープに肉は入っていたかい?」

「いや、葉っぱ一枚だった」

「そうかい。景気がいいときは、肉が一切れ入っているんだけどなあ」


 マジか。それは残念だ。恐らく、その肉は俺が狩ってきた鼠などのやばい肉ではないのだろう。食ってみたかったなあ……。


「まあ、仕方ない。恵んでもらって文句も言えないし。今日は、ちょっとスープを作ってみようと思うんだ。マルコさんも食べるでしょ」

「くれるってんなら、ありがたくもらうけどよお。いいのかい?」

「色々教えてもらったしね」


 俺は自分の寝床の側においてある土でできた鍋を取り出すと、そこに手をかざす。水をイメージし、魔力を行使すると水が宙より溢れ出し鍋を満たした。


「はあ、相変わらず便利なもんだねえ」

「本当に」


 感嘆の声をあげるマルコ。俺も、この力があって本当によかったとしみじみ感じる。あの日、あの夜に火を使うことができなかったら間違いなく死んでいた。前世を思い出さなかったら、素質があろうとリコは試そうともしなかったはずだ。この世界では、魔法は貴族と魔法使いの血統しか使えないとされているから。

 ちなみに、この鍋も土魔法で作ったものだ。最初は脆く崩れてしまったが、魔力のコントロールが分かり始め、試行錯誤の末に食器としての使用に耐えうるだけの強度を得た。ロビンソンがあんだけ苦労した鍋の作成も、魔法を使えばあっというまだぜ。

 魔法は、この世界では俺の生命線なので研鑽に余念がない。色々試した結果、火・水・土・風といったいわゆる四元素の力は扱えることがわかった。まあ、そこらは基本だしね。体調を考慮しながら毎日魔法を使い、しっかりと生き物相手にも使える確信を得た。……できるなら人に向けては撃ちたくないけど。

 鼠肉と、マルコが食えると言い張る路地裏に生えていたドクダミモドキを土製の鍋に放り込み、加熱する。その時、マルコが「ゴホッ、ゴホッ」と強く咳をしたため、俺はマルコのステータスを確認する。




【マルコ】

種族 :人間

性別 :男性

年齢 :56歳

HP :  5

MP :  1

力  :  9

防御 :  5

魔力 :  5

早さ :  3

器用さ: 12

知力 : 72

魅力 : 36


武器適性

剣 :D

槍 :D

斧 :D

弓 :E

格闘:C

杖 :E


魔力適性

火 :E

水 :E

土 :E

風 :E



 マルコ相手に眼の力を用いた性能チェックを試しまくり、適性値というものも視れることを発見した。これを自分に使えば適性のあるものを伸ばせると思い、水たまりに映った己の顔を凝視したが、どんなに頑張っても視ることはできなかった。記憶を思い出す前のリコも試していたが、そのときも駄目だったし。どうやら、この眼は自分自身に使えないらしい。

 マルコのステータスだが、大分減ってきてしまっている。加齢や体調悪化による低下もあるらしい。数日前より強く咳込むようになっていた。既にHPなんてスライムレベルだ。きっと、おそらく長くはない。己の力を把握したいま、こんな不衛生な場所から出ていきたい気持ちもあるが、この男のことは少し気がかりだった。助けられた恩義もあるし、情も湧いてしまっている。どうせ長くないのなら、その間は傍にいてやってもいいかもと少しばかり思う。


「ん、スープできたよ」


 土製の皿にスープをよそい、マルコに渡す。マルコは「ありがてえ」とスープを受け取り、口へと運んだ。


「ん、うめえ。あったかいとなんでもうめえなあ」

「確かに」


 味など、ほぼしないスープだ。しかもドクダミモドキは結構苦い。それでも体は温まり、腹は満ちる。それだけで不思議と美味しく感じられるのだった。


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