自分探し
転生のカミングアウト。少女の中身がおっさんなんて、気味が悪いと思うだろう。俺だったら少なくともそう思う。一体、師匠はどんな顔をするだろうか。その変化を確かめたく俺は師匠の顔を凝視するが――
「うむ、そうか。それで得心がいった。リコの眼に何故戦場を潜り抜けたものが宿すような死の影が垣間見えるのかを。成る程、其方は一度死んだことがあったのか」
だが、師匠の態度は全く変わることはなかった。何百年もその場に生える大樹のごとく、揺るがない力強さと静謐を湛えた瞳で、いつもと変わらぬ親愛に満ちた瞳を向けてくる。
「き、気持ち悪くないですか。お、俺の中身はおっさんなんですよ」
「其方の真実を知った今でも、某の瞳に映るはいつもと変わらぬリコ。アストリアの大スラムで、老いと共にかつての情熱を失った某がそれを取り戻せたのも、リコがこの場所を作ってくれたからに他ならぬ。そのような恩人を気持ち悪いと言える筈もない」
師匠は確かにそういう人だろう。理由もなく、他人を蔑むなんて決してしない人だ。それが解っているからこそ打ち明けた。だが、本当に聞きたいのはそんな些末なことではなく――
「……ありがとうございます。少し心が軽くなりました。でも、羨ましいです。師匠の歳でそのように心に情熱を灯すことが出来るなんて。俺は……」
転生の影響だろうか。かつての男だった人生が長すぎて、リコという人格に乖離が生じている気がするのだ。なんというか、必死にリコを演じていると言えばしっくりくるかな。一歩引いて冷静な判断が出来るというのはメリットだが、今回のように全員で前を向いて進もうというときに、俺のこの性情が足を引っ張ているのも事実。
「ふむ、某は転生をしたことがないから解らぬが、確かに二度生きるということは難儀なことだろう。生まれ育った自分が、ただそれだけでないというのは奇怪なこと。見れば助言が欲しいように思える。故に教えてくれないだろうか。其方がどのようにこの月が二つある世界に生まれ落ちたのか、その前の世界ではどう生きていたのかを」
師匠は俺の悩みを察してくれているようだ。俺はそれに縋るように今までの人生の全てを師匠に吐き出した。7歳で山田哲也として生きた38歳の人生の前世を思い出したこと、その知識を使って九死に一生を得たこと、そして前世では平凡な人生を送り通り魔から子供を庇って呆気なく死んでしまったことを。
「……大体、こんな感じです。前世では本当に何も取り得はなくて。ルックスだって中の中、いや中の下だったかな」
師匠が真剣に相槌を打ってくれるお陰で、淀むことなくスラスラと自分の人生を語ることが出来た。それは思いのほか斬新で、前世の家族の話をしたときなど思わずホロリとしたものだ。まあ、涙は流せなかったけど。
「それがこの世界では幼いながらも優秀な女の子みたいに振る舞って……。皆の為にそれをするのは全然構わないんですけど、俺を視るキラキラした瞳を前にすると思うんです。俺は本当にそれに値するのか。俺はこの子達に相応しいのかって」
そうなるように同じ姿勢で前を向けたら、と思うのだが、どうにも上手くいかないのだ。俺という枷がリコという存在が前にでるのを押し止めているような錯覚を覚える。
「……少し其方は考えすぎているようだな」
「ええ、それは解ってるんですけど性分で」
だからこそ、幼い皆の真っ直ぐさに焦がれるのだ。
「だが、気持ちは解る。某も不死の秘宝や転生の秘術というものを見たことがある。敵を打ち倒した際、それを差し出され命乞いをされたこともあった」
「受け取らなかったんですか」
「ああ。興味はなかったし、永遠に戦い続けることを思うととてもではないが手が出なかった。それに、かつて某の師が言っていたことがある。生とは死があって初めて結実するもので、それが無い者は歪だ、と。そのときはその苦悩を察せられなかったが、今回リコの転生を知り解かった。リコ、其方の悩みは終われなかったということにあるのだな」
師の明察に、思わずギュッと眼を瞑る。浮かんでくるのはただ漫然と生きていた前世の自分。きっかけを待ち望んで、それが現れず、得るために勝ち取ることもせずにそうした者たちを羨んで、そして諦めた。
そんな中で、あの通り魔に刺された。死にゆくなかで俺は安堵したのだ。もう頑張らなくてもいいのだ、と。
「ええ、おそらくは。そんな男が少女の皮をかむり、今未来に手を伸ばす旗印となろうとしている。そのことがたまらなく不安なんです」
いっそ、このまま俺という人格は消失し、聖女という舞台装置になれるのならとさえ思う時がある。それもまた、純真な家族や仲間たちへの背信になるため出来ないが。どこかで吹っ切りたいと思う俺にとってまさに八方塞がりだ。
俺が俯くと途端に静寂が訪れる。師匠も悩み事ばかりいう俺に呆れてしまったのだろうか。だが、師匠には悪いが少しスッキリしたかもしれない。今回のカミングアウトがなければ俺はもう誰にも打ち明けることが出来ずに今生を終えただろう。師匠ならこの秘密をこっそり墓場まで持って行ってくれる。そういう人だから話したのだ。
(もうこれで満足しよう。明日からは聖女様目指し頑張らなくちゃいけないな……)
クラクラする目標に気だるげな気分に襲われると、ふとすぐ側で師匠が立っていることに気付いた。
「あ、すいません師匠。俺、いや私は」
口調を改め顔を上げようとすると、ふいに頭頂部に温かみを感じた。ゴツゴツした感触から、それが師匠の手だと察せられた。
「リコ、其方はよくやっている。10の齢にして、天眼の力とはいえ魔法の秘密を暴き、それを行使し弱き家族や仲間を護った。そして、今他者のために自身を聖女に祀り上げ、皆を纏めようとしてる。誰にでも出来ることじゃない。将来、其方は多くの愛と尊敬を受け取るだろう。心なく中傷する輩がいたら某が許さぬ。何年経とうと地獄から這いずり出て、その者たちを成敗してやろう」
孫に教え諭すような口調で、優しく俺の頭を撫でる師匠。その美しい声色と、絶妙な撫で具合に陶然とした気持ちになる。だが、同時に心の奥で冷静にそれを見ている自分も自覚してしまう。
(もし、今俺が前世などないリコであったら、感動しながら泣いて師匠に抱き着いたかもな。本当の孫みたいに)
俯きながらそう苦笑する。我ながらこじらせていると思うがどうしようもないのだ。童貞と同じくらいやっかいにこじらせている。
「そして哲也殿」
「えっ⁉」
唐突に頭から手が離れ、前世の名前を呼ばれる。驚きに顔をあげると、ちょうど同じ高さに師匠の顔があった。膝をつき、高さを合わせてくれていたのが見て取れる。
「リコとして、ここの皆を護ってくださり感謝いたします。今、某にとってここの子たちは宝そのもの。孫のように思っております。この境遇を得たのも哲也殿の尽力があればこそ。何卒、これからもお力添えを願えませぬか」
師匠はからかう色などなく真剣な様子で頭を下げる。俺は師匠の意図を察せず、ただ戸惑うばかりだった。
「え、それって。え?」
師匠は立ちあがると月を仰ぎ見る。空には二つの月が綺麗に浮かんでいた。前世の話しをしたからだろうか、何故か今いる世界がとてつもなく異世界だと感じてしまっている。こんなのは前世を思い出して以降初めてかもしれない。思わず顔を上げて魅入ってしまう。
「こうあらねばと無理に思う必要はありませぬ」
師匠は相変わらず敬語で俺に話しかけてくる。弟子入り以降は弟子として扱ってくれていたが、今師匠は俺という存在を対等な立場に置いて語り掛けてくれているのだ。
「某が知るリコはこの世でただ一人。そのリコに哲也殿という前世があったと知っても、想いは何ら変わることはありませぬ」
「し、師匠」
「今、哲也殿の目指すリコと哲也殿自身との間に乖離が生まれております。だが、聖女というのはあくまで方便。哲也殿が真にリコとなりたいっと思うならば、聖女になり切ることでなく、哲也殿という前世を持ったリコが何故この世に生まれ落ちたかを探し続けるしかないでしょう。何故ならリコは哲也殿に他ならないからです。探し続けるのです、己を」
師匠は俺をリコに他ならないと断言する。その意図はハッキリとわかるのだが、だが納得は出来ても実感が伴わない。……でも、己を探すか。なんか懐かしい響きだな。そういえば前世では自分探しなんて馬鹿にするだけで一度もしなかったな。自分探しの旅wwwとか言って。
「リコという私を、俺が探す……」
「左様。元来、人は他者になることなど出来ぬのです。自分にとっての篝火は己一人。とはいえ、性の不和、年齢の差異などそれを阻害する条件が多いのも事実。そこで提案が一つ。此度のように二人きりのときは哲也殿として、皆の時はリコとして振る舞いその差異の正体を掴むというのはいかがか。中途半端な状態が続いているため、煮え切らぬ思いをしているように見える故」
哲也として師匠と話すか。師匠はなんだかんだで聞き上手だしいいカウンセリングにはなるだろうか。
「わかりました。お願いします」
「うむ、こちらこそ哲也殿」
同年代の友人に向けるかのような笑顔と態度。師匠のような人物にそのように接してもらってると、哲也という人間が一角の人物に思えてくるから不思議だ。リコという少女の体とスラム生活に引っ張られ過ぎた中で、素の自分を出せる気楽さと相まって、心がグンと楽になった気がする。
「あ、でも師匠」
「哲也殿。某と哲也殿は対等な仲。それにリコは弟子でも、哲也殿はそうではありませぬ。二人きりのときはヴァルドと」
う、なんか変なプレイしてるような気分だな。まあ、師匠が決めたことだし何か深い考えがあるのかもしれないけど。
「わ、解りました。じゃ、じゃあヴァルドさん。そのリコとして振る舞うって、どうすればいいと思いますか」
「そうですな。哲也殿がリコと同年代の子どもたちのことでよいと思われることは」
うーん、皆のいいところかあ。分別があって、優しいところは好きだけど、そうじゃないんだよなあ。あまりに聞き分けのいい子を見ると不憫に感じてしまう。子供の特権っていうのは、どこまでも向こうみずで屈託なく行動できて……リコがそんな女の子だったら、皆と楽しく笑い合って遊んで――
「そうです。そのように振る舞ってみればよいのです」
自然と遊んでいるリコを想像し、笑みを浮かべていた俺にヴァルドさんは満足そうに頷いた




