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転生アドバンテージ


 スラムの街角に倒れ伏す少女。空腹と風邪で立ち上がれなくなった少女の命はまさに風前の灯だ。見上げる空は薄暗く、どんよりと曇っている。


「?」


 そんな少女を唐突に影が覆う。ゴスロリ調の服に輝くばかりの銀髪、白磁のような白い肌の女性は、倒れ伏す少女を憐れむような瞳で見下ろしている。


――キレイ、まるで天使様みたい。


 倒れ伏している少女は、自分をそんな目で見下ろす女性を見て、ただそう思った。天使のような女性は、しばし逡巡すると口を開く。


「もし生きたいと思うなら、私の眷属におなりなさい」


 そういって女性は自らの指を噛み切り、滴る血を眼前に掲げる。少女は生への渇望からか、美しい目の前の女性への憧憬からか、その血を己の口内へと受け入れ――











「……そんな都合のいい展開、異世界とはいえないか」


 はい、妄想タイム終了ッと。路地裏にて横たわり体を休めていた俺は、小さくそう呟く。

 前世の記憶を取り戻して一日余り。俺ははやくも詰みかけていた。あれからマシな環境を求めて、スラムから一度出ようとしたのだ。ゴミゴミとしたスラムとは明確に区切られた、しっかりと清潔感のある一般住宅の立ち並ぶエリア。そこで物乞いでもすれば、多少は食いつないでいける算段であったのだ。なりふり構わなければいけるだろうと。

 だが、それは文明国に現代人として生まれた者の浅知恵。物乞いは薄汚れた外見もあってか全く成功しなかった。せめて安全なねぐらがいいと一般街の路地裏に横たわるも、街を巡回する兵らしき服装の奴に見つかり、犬でも追い払うかのようにスラムへと押し返されてしまった。日中なら問題はないのだが、夜は一般街の路上で寝ることは許されないらしい。何度かチャレンジしたが、粗暴な兵士に蹴られたところで、俺の心は折れた。

 思うに、スラムの住人が一般区画に入らないようにそういう指示がなされているに違いない。治安を守るためだろうが、人権意識が希薄だからこそできる所業。7歳児の孤児幼女がスラムに住むという今の状況、これマジでナイトメアモードですわ。


「もう、ゴールしてもいいかな……」


 風邪と空腹で、俺の意識は朦朧としてきている。風邪も悪化しているのだろう。日は暮れかけ、少しばかり強く吹く春の風は冬ほどではないが冷たい。冬にこの境遇だったら、即凍死していたに違いない。


「だれか助けてくんないかな」


 この際、「世界が憎いかッ‼ ならばくれてやろう」みたいな奴でもいいや。恥も外聞もなく飛びつくね。まあ、何の価値もない今の俺のところにはそんなのも来ないんだろうけど。

 だが、こんなふざけたことを考えるだけでしんどくなってきた。飢えと餓えがこんなにキツイとは。転生早々悪いが、リタイヤもやむを得ないかもしれん。前世の日本でも生きるのがしんどいと毎日思わない日はなかった。こんな世界で、女の体で生きていっても苦痛しかないのではないでしょうか。

 眼を閉じ、諦念に浸りながら、そんなことを考える。だが、そんなとき脳裏に過るのはこの世界の母との記憶。鏡の前でよくリコの髪を梳かしてくれていた。鏡に映った銀髪の愛らしい少女リコ。今の彼女は前世の記憶を取り戻した俺であるのだが、やっぱり自分には思えない。強いていうのなら、妹のような存在に思える。だからこそ――


「死なせられない」


 山田哲也一人ならいい大人でもあるし問題はない。だが、今の俺はリコだ。リコの母からの、生きてほしいという最期の願いだけは無下にできない。


「まずは暖を取らないと」


 食事がとれないとしても、せめて体を温めなければ。おそらく俺はもうすぐ動けなくなる。その前になんとかしなければならない。サバイバルゲームとかだったら、体力ゲージが赤になってアラームなんかも鳴っているだろう。


「もう少しいい場所があるかも」


 俺は必死に体を起こすと、風の吹き荒まない路地裏の奥へと歩き出す。途中、自身のテリトリーを侵した侵入者を警戒の目でみつめる先客たちに出会う。こいつらの側で寝るのは危険かもしれないな。ここに至るまでに、以前のリコと記憶が目覚めた後の俺も明らかに殺害されたとおぼしき死体を見ていた。その中には年端もいかない子供の姿もあったのだ。幸い積極的には襲ってこないが。しかし、それでも隙を見せてはいけない。そんな中、ぎょろっとした目で俺を凝視するジジィが一人。目が合い、思わず緊張してしまった俺の脳裏に数字の羅列が映し出される。




【ガストン】

種族 :人間

性別 :男性

年齢 :67歳

HP : 58

MP : 12

力  : 42

防御 : 28

魔力 :  7

早さ : 28

器用さ: 58

知力 : 35

魅力 : 22




 リコにはこの眼があった、と俺は今さらに気付く。しかし、この眼の話をしても他の人や母親にすら信じてもらえなかった記憶もあるから、きっとリコだけの特別な能力なのだろう。だが、今はなんの役にも立ちはしない。

 いまだにこっちを凝視しながら息を荒くし、モゾモゾと薄汚れた毛布の下をしきりと動かし始めた老人から逃げ出すため、俺はなけなしの体力を使い、ダッシュで逃走する。


「はあ、はあ」


 だが、人がゴミのように溢れるこのスラム。安全な良物件などありはしない。前世ではひたすら実家暮らしだった俺に、それを探しだすスキルは皆無だ。しかし、俺の体力は既に限界に近付いている。足に力が入らない。二、三歩歩けたが、そこから膝折れし崩れ落ちてしまう。


「くそっ」


 吐き出す悪態ですら掠れてしまう。俺は周囲を見回してみる。どうやら、あたりには誰もいないようだ。何故だろう、と考えているうちに凄まじい悪臭を感じる。そう意識した途端、痛烈にソレが頭を突き抜けた。くっせえええええええええええええええええ。

 再び周囲を見回すと、辺りには得体のしれぬ生ごみなどが多く積まれていた。どうやらゴミ捨て場となっているらしい。この悪臭のせいか、スラムの連中もさすがにここをねぐらにはしないようだ。


「いやさすがにこれは……。でも、もう動けないし」


 襲われなさそうという点では、ここは今の俺のベストプレイスだ。だが、衛生という観点でいえば、病気などのリスクが怖すぎる。しかし、今の俺にはどうしようもない。


「ここで寝るか」


 ついに気怠さは酷いものとなり、このまま寝たら二度と目覚めないような気さえする。だから、俺は最後に一つだけ足掻いてみることにした。這いつくばりながら周囲のゴミ山から燃えそうな木屑や、紙などを選び出すと一つにまとめ、他に燃え移らぬように少しばかり距離を取る。そして、欠けたレンガなどでそれを囲った。後は火をつけるだけだ。

 さっき、ステータスみたいなものを見て一つ気付いたことがある。それは、この世界には魔力があるということだ。リコの記憶では、魔法というものは貴族や魔術師の貴き血統しか使えないと母から教えてもらっていた。だが、先ほどのガストンにも魔力やMPがあった。それはつまり、魔法は誰にでも使えるということではないのだろうか。いつの時代も、秀でた力は秘匿されるものだ。平民たちに魔法なんか使えない方が、特権階級的も都合がいいだろうし。

 俺は即席暖炉に手をかざし、火をイメージする。もしかしたら的外れな推察かもしれない。だが、できなければ俺は今夜死ぬかもしれないのだ。やってみる価値はある。正直、これが限界だ。もし、ダメだとしても諦めはつく。前世でも、世界の片隅では年端のいかない子供たちが無慈悲に死んでいたのだから。リコがここで倒れてしまっても仕方がない。


「……最後の足掻きだ」


 月が二つ存在し、魔法も存在するこの世界。異世界より転生した、不思議な目を持つリコという少女ならできるのではないか。転生者として活かせるなんらかのアドバンテージが、きっとあるはずだ。祈るような気持ちで、手のひらに意識を集中する。

 禅寺での瞑想修行体験を思い出すんだ。臍下丹田に力を込めて、鼻から息を吸い、ため込み、そして口から吐く。マナ、チャクラ、気功、ハンドパワー、四元、なんでもいいから未知なる力、集まれ、集まれ。

 暫くしても火はつかない。熱があがってきたのか、頭もくらくらする。やっぱ、だめだったのか。そうして、諦めかけた俺が意識ごと手放そうとしたその瞬間、それは来た。


「ッ⁉」


 胸の奥よりこみ上げる、不思議な力の奔流。それは俺の手へと流れだし、集う。咄嗟に火をイメージすると、手を覆うように焔が溢れ出す。不思議とそれは手を焼く様子がない。


「やったあ。えっ⁉」


 歓喜に震える瞬間、急速に俺の体は脱力感に見舞われる。


「やばっ」


 魔法を使うということは、MPを消費するということだ。幼いリコは、きっと今のであっというまに使い切ってしまったんだろう。急いで暖炉に火をくべる。とたんにパチパチと燃え盛る火。


「はぁ、暖かい」


 俺は火の前で横たわり、体を温める。その熱は優しく俺の気怠さを和らげてくれる。現代医学的には、体を冷やさないのが一番いいらしい。なんかの健康番組でみた記憶がある。古来、こうして人は原人のころから火を囲み、過酷な自然で生を繋いでいったのだろう。

 安堵のためか、とりとめもなく思考が流れていく。ああ、でも深くは眠らないほうがいいだろうな。何せ襲われる危険がある。いつでも跳ね起きられる……。

 あったけえ……。



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