抗う者
「ウィルかあ。あいつはなあ」
俺の問いに、アゼルさんが呻いた。その苦渋に満ちた顔を見るに、あまりいい状態ではないのだろう。
「まあ、無理もねえ。アイツの気持ちは見てる方からしてみればバレバレだったからな」
「柄にもなく木の棒なんか毎日振り回しちまってなー」
ケイさんやファムさんも辛そうだ。仲間想いな人たちだからな。男所帯の中で最年少のウィルはさながら末っ子のような存在なのだろう。
俺も三人の話を聞きながら、最近ようやくきっかけが掴めたのか前向きになれていたウィルの顔を思い出す。セティのことになると、赤面し、はにかみながらも微笑むウィルの笑顔は今はないのだ。折角、これからという大事な時期に大きなトラウマを抱え躓いてしまうとはあの時は思いもしなかった。
「今は部屋に一人で篭りながら、せっせと木を削ってやがる」
「飯すら食うのを忘れるぐらい没頭してるよ。俺としては心の傷が癒えるまで見守ってやりたいが、同時に危うさも感じるな。どこかで止めた方がいいかもしれない」
「作ってるのは弓だなー。前、飯持ってったとき、大分形になってたし」
ファムさんの言葉に俺はハッとした。ウィルは今独りでただ弓を作っているのだという。セティが生きてた頃は格好良さを優先してか、俺の進言した弓でなく木の棒を剣に見立てて振っていたとアゼルさんが言っていた。そのウィルが今は剣でなく弓を選んでいる。ウィルが目指すところはやはり、セティを殺した者への復讐なのだろう。
「もう少し詳しく聞かせてくれませんか」
「ああ、いいぜー」
少しばかり危うい方向に行っているのではないかという危惧を覚え、俺はファムさんにウィルのことを詳しく教えてくれるように話の続きを促す。ファムさんは、快諾するとウィルの近況を話し出した。
「ウィルー。飯だぞー」
夕食にも出てこなかったウィルのために、ファムは食事を届けに部屋へと入る。
夕食といっても、黒カビの生えた石のように固いパンと水のみの質素な食事だ。街での炊き出しは滞ってるし、リコ達が行っていたものも当然今は中止されている。仲間の葬儀のこともあり忙しかったため、あまり上等なものは用意できないのだ。だが、それでも食べなくては生きていけないし、こんなものでも命の糧にはなる。
「……ぅして……んで……弱いから……神さ、は……」
部屋に入った瞬間、まだ声変りのしていない高くか細い声が絶え間なく聞こえてくる。ファムは気が滅入る思いでそれを聞きながら、自分に背を向け作業に没頭するウィルの下に食事を持っていく。
「おーい。あんまり根を詰めすぎると体壊すぞー」
いつものように意図して緊張感のない間延びした声で話しかけながら、ファムは正面に回りウィルのことを視界に収める。ただ一心に手元を凝視し、木を削っているその顔は少しばかりやつれている。だが、眼は深く沈んではいるが確かな意思を宿しながら強い光を放っていた。
「おっ」
気圧されるように視線を逸らしたファムは、ウィルの横に置かれた皿の中身が無くなっていることに気付き安堵した。塞ぎ込んでいるとはいえ、この少年が生きる意欲まで失っていないことが解ったからだ。モーラ一家の年長者であるアンナから、モーラがほとんど食事を取らないと聞いていたからなおさらだ。
ファムは次にウィルの手元を覗き見る。
「出来上がったなー」
ウィルの手には不格好ながらも、それなりにしなりを持った弓のようなものが握られていた。弦も張られ、普通に使用に耐えられるように思える。
しかし、ウィルはそんなファムの言葉に首を振る。
「いいえ、駄目です。こんなポンコツじゃ」
そう言って、弓を引き絞って見せるウィル。ギリギリと極限まで引き絞られた弓は、突如ボキリという音を立ててへし折れてしまう。
「こんなんじゃ、スライム一匹殺せない」
再び首を横に振り、ウィルは隣にある材木を短刀で削り始める。その狂気を含んだ態度にゾッとしながら、ファムはとある事実に気付く。
「あっ⁉」
薄暗い部屋の片隅。そこに投げ捨てられ山のように積み上げられたゴミの山。それが今のようにウィルによってへし折られた弓の残骸であることに。ファムはそれを為したであろうウィルの指を見てギョッとした。皮膚がこそげ、ところどころ血が流れ出していたからだ。
「おい、指がやばいことになってるぞッ。今手当をするから」
「いりません。素手が一番感触を確かめられる」
ウィルにあうような弓を買い与えるだけの財力はファムたちにはあった。だが、それを拒否したのはウィルだった。なにやら思うことがあるのだろう。自分で一から弓を作ることに固執し始めたのだ。
「こんなんじゃ駄目だ。もっと強く、しなやかに……。お母さんから聞いたように……」
ウィルは再び木材を短刀の形に削り始める。途切れぬ独り言はただひたすらに悔恨を響かせていた。ファムはもう掛ける言葉は思い浮かばず、痛ましさから去るようにこの部屋を後にする。
「ウィル、あんまり無理するなー。なんかあったら声かけろよー」
「……もっと、もっと強く……」
間の抜けたファムの声は、ウィルの重い呟きに掻き消される。その幽鬼のような後ろ姿をもう一度一瞥すると、ファムは溜息をこぼしながら部屋を後にした。
「自分で一から弓を?」
「ああ。理由を聞いたけど、教えてくれなくてな。まあ、今は好きにやらせてやりてえんだ。飯だけは喰ってるし、死ぬことはないだろう」
アゼルさんはそこだけは安心しているようだ。ウィルを心配しつつも、その命だけは心配していない。俺もウィルの現状を知り驚いたが、それでも自暴自棄にならずに弓作りに没頭している聞いた時は少しばかり安心した。打ち込めるものがあるということは、決して諦めてはいないということだ。
今は潰えた想いへのやるせなさを感じているかもしれないが、時間がそれを解決してくれるだろう。幸い、ウィルにはアゼルさんたちみたいな頼れる仲間がいるし、胸の内の憤りを誤った方向に向けないだろうという安心がある。
「そうですね。ウィルならきっと立ち直れます」
非情な現実に打ちのめされても、抗おうとする気弱な少年のことを想い、俺は心からそう願う。
今回のことで、それぞれ皆が様々な想いを抱えながら、それでも前を向こうとしていることに気付かされた。そして、力尽き起き上がれない少年がいるということにも。頼りになる同盟者だったモーラは、ウィルとは違い全てを放棄してしまっているという。食事を取ることすら拒否し、生きることを投げ出しているように思える。
……俺は同盟者として、今彼になにをしてやれるのだろうか。抗うウィルの話を聞いて、そんな想いが胸の内に過った。




