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この体なら


「何の用だよぉ、てめぇ。急に来やがって」


 今までの話しがどこまで聞かれていたのかと内心ヒヤヒヤしながらも、アゼルはマークスにそう問いただす。


「……もう、いい。お前はガタイ相応の価値はあると思っていたが、俺の見込み違いだったようだ。もう用はない」


 しかし、マークスは冷たい眼をしたまま淡々とそう告げると背を向ける。アゼル程ではないが長身の背中に、黒く結った髪が馬の尾のように揺らめく。何も恐れることはないとばかりの颯爽とした姿に、アゼルは一瞬目を奪われる。しかし、咄嗟に頭を振って正気を取り戻した。このいけ好かない野郎に見惚れるなどあってはならないことなのだ。


「ま、待てよっ‼」


 そして、気付くと目の前の男を呼び止めていた。マークスはアゼルが見た中でも一番ヤバイ匂いを漂わせている男だ。それでも、その威圧感にいつも気圧されるものの、不思議と他の暴力だけのゴロツキと違い委縮することがないことにアゼルは気付いていた。だからこそ、このぶっきらぼうな男がなおさら気に喰わないというのもあるが。


「人様の家に乗り込んでおいて、あんまりな態度じゃねえのか。せめて、何しに来たのかだけでも言ってもいいんじゃねえのか」

「聞くだけ無駄だ。お前は自分のことだけ心配してろ。どうせ、すぐに他人事になるんだろう」


 マークスの返答に、やはり先ほどの話しを聞かれていたのだと解り、見下されているかもしれないという羞恥心をアゼルは感じた。


「お、お前はどうなんだよ。常日頃、ここから出てくって広言してたじゃねえか」

「勿論そのつもりだ。本当はもっと早く出ていく筈だったが」


 振り返ったマークスが何の表情も浮かべず、ただ淡々とそう言い放つ。端正な顔立ちだからこそ、感情を表さないその表情には酷薄ともいえる冷たさを湛えていた。


「なら……」

「だが、それは為すべきことを果たしてからだ。俺は人情家ではないが、だからといって忘恩の徒ではない」


 その瞬間、アゼルは目の前の男が何を考えているのかを直観的に理解した。それと同時に、自身との違いに大きな敗北感を覚えた。日頃、何人も寄せ付けぬ態度を取っているが、この男の本質はその外観とは真逆なのだろう。自身の矮小な心を隠し、さも余裕めいた態度で大きく見せる自分とは正反対の男なのだ。


「じゃあ、なんで俺のところへ」

「いくら俺が強くとも一人では手が回らない。それにこれから俺はやるべきことがある。そのためにここを護ってくれる協力者が欲しかった。この近辺でマシそうなのはお前たちだけだったからな。まあ、それも見込み違いだったが」


 マークスは珍しく溜息を吐いた。失望されたという苦しさを覚えると共に、期待されていたのだという不思議な感動をアゼルは覚える。少なくともこの武力に秀でた男は、自分の見てくれを評価してくれていたのだ。


「な、なんで俺に出来ると思ったんだよ」

「……。はあ、やはりお前は馬鹿だな。いや、ド阿呆か」


 浴びせられる侮蔑にも今は何故か腹が立たない。ただ、答えが知りたくてジッとマークスのその無表情な顔を凝視する。何の反応もこないと分かったマークスはまた溜息を吐く。そして、苛ついた表情を浮かべ、アゼルを睨みつけた。


「お前には誰よりも恵まれた体があるだろうが。その骨格、筋量、いずれも規格外。武芸者ならば誰もが憧れる、そんな肉体だ。そんな奴の中身がまさかこんななんて誰も思いやしない。体はそれほどにも活力に満ちているのに、心がそんなのでは貴様の肉体も無念だろうな。宝の持ち腐れだ。……チッ、そんな呆けた顔で見るな。もういい、俺は行く」


 マークスの言葉にアゼルはハッとし、思わずマジマジとマークスの顔を眺めてしまう。そんなアゼルに舌打ちし、マークスは背を向け去っていく。その背を再び見ながら、アゼルは今の言葉を何度も胸の内で反芻していた。


 今のマークスの言葉には、確かに自分に対する羨望が偽らず混じっていたと解ったからだ。今まで自分は臆病ではあるが、実際に本気で戦えれば負けはしないだろうという相手としか出会っていなかった。そんな中で、マークスは確実に自分より強い相手で仮に本気で戦えたとしても敵うことはないと、否が応にも喧嘩に巻き込まれたスラム生活の経験で理解できた。そんな男が、自分の肉体を羨んでいると知った時、熱い衝動が内から自然と沸き起こっていた。


「アゼル、気にすんなよ」

「アイツは元からあんな奴だしなー」


 沈黙したアゼルを、意気消沈したと思ったケイとファムが慰めるように両肩を叩く。それをきっかけとするように自然と体が動いていた。背を向け、去ろうとするマークスへと叫ぶ。


「待てっ‼ ……待ってくれ」

「……なんだ」


 マークスはその呼びかけに顔だけを後ろに向け、感情を抑えたような低い声で答える。一瞬、アゼルの臆病な心がその威圧に怯もうとするが、体の内から全身に広がる熱量がそれを上回った。


「護れるのか、俺がッ‼ この体ならッ‼」

「……そんなのは知らん。お前次第だ」


 マークスはそう冷たく突き放してくる。だが、それは決して否定の言葉ではなかった。なにより、自分を頼ってここに来たということが、先ほどのマークスの言葉と共に答えとなっている。


「お、俺も忘恩のなんちゃらなんかじゃねえッ‼ ……何を、すればいいんだ」




「マークス、さんが⁉」


 アゼルさんの話に俺は驚きを隠せなかった。


「ま、あいつも中々素直じゃない奴だからよ。という訳で、俺達が昼にここの見回りをして、あいつが夜にこの近辺を見回るって話になったんだ」

「まさか、アゼルがこんなにやる気を出すなんてな」

「俺達も甘やかさずに、もっとケツ引っ叩くべきだったかもなー」


 三人はそう言いながら苦笑する。時折マークスのことをからかうようにあげつらうが、侮蔑的でなく仲のいい友人を語るかのように話している。今回の件で、三人共マークスを信頼したのだろう。俺も、予想外なマークスのその行動に、自身の抱くマークス像がぐらりと揺らめくのを感じていた。


 マークスは冠絶した才能の持ち主だ。ステータスもここいらでは断トツに高い。冒険者としての活躍も目覚ましいみたいだし、もしかするとマークスが今回の件を本当に解決してくれるかもしれない。そんな期待が自然と心に湧いてくる。


 マークスの才能に想いを馳せたとき、俺の脳裏にもう一人同様の才能を持った少年の顔がよぎった。中性的な顔立ちの、線の細い少年。彼が勇気を発揮したときには、セティと二人で褒めそやしたっけ。こんなことになって、気弱なあの子は一体どうしているだろうか。俺は仲間であるこの三人にその様子を尋ねることにした。


「そういえば、ウィルは今どうしているんですか?」



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