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天眼の聖女 ~いつか導くSランク~  作者: 編理大河
銀髪小鬼と家出兄妹
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魔法訓練とおまじない


 アレクと月の下で語り合った夜から、一週間が過ぎた。

 エリスの熱もすっかりと下がり、体力も完全に戻っていた。やっぱり風邪のときは、しっかりとした食事と睡眠に勝るものはないね。そして、この一週間で俺も二人に大分スラムの常識というのを教えることができた。行ったらヤバいエリアや炊き出しのスポットと始まる時間、飲んだら危ない井戸の場所などを伝える。俺の話を二人とも真剣に聞いてくれた。アレクもエリスも、本当に真面目で教えがいがある。


「ん~~」

「……」


 そんな二人は現在、秘密基地の一室にて俺の目の前で座禅を組み瞑想をしている。魔法の特訓だ。これは今のところかなり難儀しており、いまだ二人が魔法を行使する気配はない。俺が前世を思い出して魔力の存在を知り、その後に魔法を試みたときは一発で成功した。だが、それは俺が特別だったのかもしれない。もしくはリコという人間が魔法に関しての天分を持っているかもしれないし、異世界への転生という特殊なプロセスを経ている俺の魂が特別という可能性もある。

 そして、俺は少しばかり迷っていた。この魔法訓練を続けるかどうかをだ。もし俺の仮説が間違いでMPや魔力があっても魔法が使えないとなると、この二人に無駄な努力をさせていることになる。そうだったら、とても申し訳ないことをしてしまっている。エリスなど「魔法が使えたら凄いね」と目を輝かせて、この訓練に臨んでくれているのに。


「はい、そこまで」


 そんな思いから、俺は瞑想訓練を短い時間で切り上げてしまう。


「はあ~、やっぱり駄目だねぇ」

「やっぱりリコが特別なんじゃないのかな? 知らないだけで貴族か魔法使いの血が混じってるとか」


 二人も半信半疑な様子だ。確かに、アレクの言う通りな可能性もあるだろう。だが――


(二人のMPが減ってるのが気になるんだよなあ)


 これでMPの減少が皆無だったら、俺も諦めてたかもしれない。でも、減っているということは確実に何かに魔力を消費しているからだ。どんなに他の行為をしても減らないMPが、魔法訓練のときは確かに減る。だからこそ、諦めきれないのだ。もしかしたら、訓練次第で魔法を使えるようになる可能性があるかも知れない。だけど、それにはどのくらいの期間が必要なのかも分からない。俺が規格外だとすると、もしかしたら何ヶ月……いや、下手したら何年も掛かってしまうかもしれない。

かかってしまうかもしれない。

 そう考えたとき、ふと別の疑問が俺の頭をよぎる。……果たして俺は、この二人といつまでいるのだろう、と。最初は成り行きで助けたに過ぎない。そして熱を出し、放っておいたら命が危険だったエリスをアレクの懇願で助けることとなった。だが、いまエリスは快癒した。なら、この先はどうなるのだろう?


「どうしたの、リコちゃん?」


 考え込んだ俺の顔を覗き込むように、エリスが近づいていた。俺はモヤモヤとした心を振り切ると、次は例のアレを試してみることにした。あの夜の出来事から、俺はアレクとエリスにおまじないと称して例の力を使ってみている。幸い何か副作用があるというわけでもなく、むしろ元気になっているようにも見えるので、検証を兼ねて二人に力を行使しているのだ。


「ううん、なんでもないよ。それより、今日もおまじないをしていい?」

「うん、いいよ。アレ、なんか胸がぽっかぽっかして好きっ!」


 俺はエリスが差し出した手を、そっと両手で握る。柔らかく、そしてとても温かい手だ。瞳を閉じると、そっと魔力をエリスの手へと込めていく。すると、俺の体から魔力が抜け出してエリス方に流れ込んでいく。


「あっ、じーんってきた」


 嬉しいのか、エリスが無邪気に笑う。俺は、そっと目を開けてエリスのステータスを見てみることにした。……うん、ステータス欄が輝いている。MP、魔力、賢さ、魅力の、4つの欄が輝いているな。これをアレクにすると、HP、力、防御がとにかく光りやすい。個人によって、適性が違うのだろう。

 一週間この力を使ってみて、なんとなくだが推測レベルでは能力の効果を把握しつつあると思う。ステータスというのは意外と変動しにくいのだ。今まで見てきた人のなかで、成人している人の能力なんて殆ど変わった様子はない。他にも死に掛けの人間なんかは激しく変動し、子供は成長と共に緩やかにあがるという感じだ。

 でも、この能力を使うとステータスの上昇率が高くなるような気がする。ここ数日、アレクとエリスに力を使う傍らで、いつもスラムの同じ場所にたむろっている同年代くらいの子供たちを何人か盗み見た。すると、アレクやエリスの各ステータスが1から2上がったのに対して、その子たちは全くと言っていいほど変化がなかった。まだサンプル数も少なく、アレクやエリスの成長が優秀なだけという可能性も考えられる。しかし、この力が成長促進系のバフであるというのは直感ながら間違えていないと思う。


「はい、アレクも」

「うん」


 次にアレクの手を取った俺は、もう一つ実験を行う。アレクの魔力が上がるようにと、心の中で強く念じる。魔力上がれ、魔力上がれ、魔力上がれ! ……すると、アレクの魔力欄だけが輝きだした。うん、成功だ。この力は、ある程度任意に支援する能力を選ぶこともできる。だが、適性にそぐわない力は上がらなかったり、一つしか支援できなかったりもする。


「今日はこのぐらいにしとこうかな」

「うん、そうだね」


 アレクが頷くと同時に、キュルルと可愛らしい音が聞こえる。音がした方を見ると、エリスが顔を赤くして俯いていた。


「……ごめんね、お腹空いちゃって」

「ううん、いいよ。少し早いけど、夕ご飯の準備をしようかな」


 子供は燃費がいいから、すぐお腹が空く。俺の体も例外じゃない。


「今日は野菜くずのスープしかないけど、ごめんね」

「ううん、いいよ。リコちゃんの作ってくれるご飯美味しいし」


 二人とも本当に美味しそうに食べてくれるから、つい豪勢に振る舞いたくなる。とはいえ、この一週間で大分食費を使ってしまった。もう蓄えは殆どない。急な人口増でエンゲル係数は爆上げだ。稼がねばならないが、花売りだけでは限界がある。でも、他に稼げそうな手段と言えばダンジョンぐらいかなあ。危険だから保留にしてたけど、どうしようか?


「リコ、僕たちのために大分お金を使ってるみたいだけど、大丈夫なの?」


 アレクが心配そうに尋ねてくる。10歳児とは思えない気遣いぶりだ。エリスもハッとしたように真顔となって、俺をみる。……二人とも本当に良い子だなあ。


「うん、大丈夫だよ。なくなったらまた稼げばいいだけだし。二人は気にしなくていいよ」


 こう見えて中身はアラフォー。それぐらいの甲斐性は見せたいところである。アレクとエリスは顔を見合わせるが、あまり納得できていないのか不安そうな表情をしている。


「だから大丈夫だって。この、魔法使いのリコさんに任せてよ!」


 俺は浮かない顔をする二人に拳を掲げてみせると、夕食を作るため炊事部屋へと向かった。




 夕食を終えた俺は、エリスと共に風呂へと入っていた。浴槽は少し広めに作ったので、二人で入っても大分余裕はある。


「ふわあ、お家に湯のお風呂があるって凄いねえ」


 顎まで湯につかりながら、エリスが目を細める。この国では基本、平民は街の大衆浴場へ行くものらしい。風呂のない貧乏学生が銭湯に通うようなものだ。でも、そういうシステムだと街の娯楽場となっている可能性が高い。スパ銭愛好家の自分としては、是非とも一度行ってみたいものだ。


「エリスはお風呂好き?」

「うん、気持ちいいから好き」


 湯に透けるエリスの肌を俺は見る。ここへ来たとき垢にまみれて黒ずんでいた肌は、今では驚くほどに白く輝いている。濡れたブロンドの髪も黄金のように光沢を放っている。まるで西洋画に出てくる美少女みたいだな。本当なら綺麗な服とかも着せてやりたいが、ここでそんな身なりをすると悪目立ちしてしまう。もしもエリスが一般的な愛情のある家庭に育ったのなら、その容姿と優しい性格で花よ蝶よと育てただろうに……。それをあっさりと手放した母親が、俺には信じられない。


「ねえ、リコちゃん」

「ん、なあに?」


 エリスが俺の正面へと向きなおる。その表情は、いつになく真剣だ。


「リコちゃんは、私たちがいて辛くない?」

「え、なんで? 別に辛くないよ」

「……ん、負担になっちゃってるんじゃないかと思って」


 二人が来てくれてから、毎日賑やかで楽しい。こんなにも自分が人に飢えているなんて、思いもしなかった。


「全然、迷惑なんかじゃないよ。毎日ワイワイしてて楽しいし」

「そう、ならいいんだけど。でも……」

「でも?」


 エリスは少しばかり言い淀む。俺が尋ねると少しばかり考えた後、ポツリと呟いた。


「お母さんも言ってたから。全然辛くない、大丈夫って」

「……」


 俺はまだ、二人の事情を聴けてない。どこまで踏み込んでいいのかが分からないからだ。何かアクションを起こそうとする度に責任という文字が脳裏に浮かぶ。その度に立ち止まってしまう自分がいるのだ。

 前世では人付き合いの少ない方だったし、今生でも暴力から遠ざかるため一人で生きてきた。……だからだろう。精神的には30歳近く年下の相手であっても、踏み込んでいくことが出来ないでいる。もし、こんな時に前世というものがなければ、俺は二人と同じ子供として気安く距離を詰められただろうか? つい、そんなことを考えてしまう。


「俺は、エリスのお母さんとは違うよ」


 かろうじて口に出せたのはそんな言葉だった。


「……うん、そうだね。あはは、リコちゃんは凄いもんね」


 エリスは少しばかり元気なく笑う。昔のことを思い出しているのだろうか。我ながら、もっと上手い言葉がなかったのかと少し反省する。こういうとき、もう少し強い言葉で相手を支えられたらといつも思う。また次の機会があったら、ずっとここにいてもいいよと……いや、ずっといて欲しいくらいは言ってあげた方がいいだろうか。……でも、それはそれで気恥ずかしい気がするしなあ。

 その後、俺は調子を取り戻したエリスと共に風呂を出た。そして俺たちの後で入浴を済ませたアレクと三人、藁のベッドへと横になる。まだ遠慮しているのだろう。アレクは大分端の方に寝ている。あれでは藁も殆どないし、固いだろうに。次はベッドも大きくしないと駄目だな。明日、街へ取りに行ってこようかな。そんなことを考えながら、俺は眠りへと落ちていった。





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