行商と護衛
どうやら、テーブルに突っ伏して寝てしまっていたらしい。目が覚めると、蝋燭は全て溶け消えてしまっていた。不経済なことをしてしまったと軽く後悔しつつ、俺はベッドの方へと視線を向ける。そこでは、あどけない顔で二人が寝息をたてていた。よほど疲れていたらしい。
俺は椅子から離れ、エリスの額に手を当てる。……うん、大分熱も下がったみたいだ。しっかりと栄養を取ったのが良かったんだろう。子供の回復力は凄い。とはいえ、子供の熱は日が経つと大抵ぶり返す。油断は禁物だろう。
アレクが起きたら、街に出て何か滋養のあるものを買ってこよう。再び椅子に座りながらそう思っていると、アレクが身じろぎしながら体を起こした。そして椅子に座る俺と目が合うと、少し呆然としたようにフリーズする。まだ少し寝ぼけているのだろう。そんなアレクに、俺は朝の挨拶をする。
「おはよう、アレク」
「あ……おはよう、リコ」
昨日のことを思い出したのだろう。たどたどしいが、俺の名前を呼びながら挨拶を返してくれた。思えば、こういった挨拶も随分と久しぶりだ。なんだか感慨深い。
「ちょうどよかった。これから街へひとっ走りして買い物に行ってくるから、それまでこの秘密基地の留守番お願いしたいんだけど」
「え? 別にいいけど……。リコはそれでいいの? ここに僕たちだけになっちゃうよ?」
アレクが少しばかり何かを危惧したように、俺に問う。それが何か考えたとき、俺はハタと気付いた。アレクは、自分たちが何かを盗んだのではないかと疑われるのを危惧していているのだろう。まだ二回しか会っていない人間を家に泊めるのであれば、確かに当然警戒すべきことではある。だが、ホームレスの俺に取られて困る価値のものなどないし、この子たちが良い子であるというのは昨日の時点で確信している。
「うん、全然。エリスの看病と秘密基地の警護、お願いね」
栄えある自宅警備員に君を任じる。色々揶揄されている言葉だが、この二年間で俺は思い知った。家に誰かがいてくれるというのは、とても安心できることなのだと。前世では自宅警備員に、心の中でひっそりとマウンティングを取ってしまっていたことを少しばかり申し訳なく思う。……でも、働けるなら働いてくれていたほうが何百倍も経済的な安心は得られるんだけどね。
頷いたアレクにエリスの看病を任せ、俺は街へと食材を求めて秘密基地を出た。
早朝の街で、探し求めた牛乳売りから壺に牛乳を入れてもらった俺は帰路へと急いでいた。最初、牛乳売りの老人に牛乳をくださいといったら渋い顔をされた。だが、キチンと金を見せると途端に笑顔となり「偉いぞ、お嬢ちゃん。ただでものが貰えると思っちゃいかん」と上機嫌で売ってくれた。まあ、その金も雑草みたいな花を売って稼いだ金なんだけど。
牛乳売りの老人は、オマケとしてコップに一杯牛乳を入れ飲ませてくれた。ここでは保存が利かないため、しぼりたてを常に売っている。腐ったものなど売ったら二度と商売できなくなるから、売る方も常に鮮度に留意している。そんな牛乳は、とても清々しく爽やかな甘さで美味かった。
それから俺は壺を抱え、小走りで秘密基地へと向かう。あの子たちに早く朝食を作ってやらないと。そんなことを考えながら道を急いでいると、突如現れた馬車とぶつかりそうになった。なんとか俺は踏みとどまり、轢かれるのを回避する。馬車も急停止してくれたため、事なきを得た。……あぶねえ、危うく壺を落とすところだったぜ。他人との久々な触れ合いに、気分が浮かれているのかもしれない。気を付けねば。
「おう、気をつけろよ、お嬢ちゃん」
「ごめんなさい」
そう声を掛けてきたのは、御者台に座るかなり長身な赤毛の女性だった。その髪は驚くほど赤く、まさに紅蓮という言葉を思わせるほどに鮮やかだ。勝気そうに見える顔も、とても美しい。そして女性の耳は獣毛に覆われ、通常よりも高い位置にツンと立っていた。俗にいう獣人という種族だ。スラムでも何度か見かけたことがある。俺は何気なしに、その女性のステータスを見て驚愕した。
【シャーリ-】
種族 :天狼族
性別 :女性
年齢 :17歳
HP :388
MP : 90
力 :332
防御 :312
魔力 : 78
早さ :298
器用さ:155
知力 : 87
魅力 :380
加護:闘神の加護
武器適性
剣 :B
槍 :B
斧 :S
弓 :D
格闘:S
杖 :E
魔力適性
火 :E
水 :E
土 :E
風 :E
高スギィ! 300超えのステータスなんて初めて見た。適性もSが二つある。Aが最高じゃなかったのか。俺は驚きのあまり、思わず立ちすくんでしまう。暗黒街にいた奴らをチラ見したときも、200超えなんて僅かしかいなかったのに。……やっぱり、上限は999だったりするのだろうか。
「ん~? どうした、ボケっとしやがって」
あまりのステータスの高さに呆然としていると、馬車の中から別の女性の声がした。
「あなたが怖かったんじゃないかしら、シャーリー」
「はあ? なんでだよ。あたしはただ心配してやっただけだぞ、フィーネ」
シャーリーと呼ばれた女性が愕然とする中、クスクスと笑いながら一人の女性が馬車から出てくる。烏の濡れ羽色といった形容がぴったりな美しい黒髪を腰まで伸ばし、スラリとした細身の体を清楚なドレス風の服で包んでいる。容姿もシャーリーと遜色ないほどの美しさであり、その立ち居振る舞いはとてもたおやかだ。
「大丈夫、あなた? 怪我はないかしら」
「あ、はい。大丈夫です」
フィーネと呼ばれた女性は膝を曲げ俺と同じぐらいの高さまで屈むと、そっと俺の体に触れて傷がないか確認する。そして大丈夫そうだと判断すると、優し気な表情で笑いかけてきた。その如何にも清純といった雰囲気は俺のストライクゾーンど真ん中であり、ドキドキした俺は目線を合わせられずフイッと顔を逸らす。これはもう、前世からコミュ障であることの所以である。しかし、女性のことをチラッと視界に収めてステータス確認するのは忘れない。
【フィーネ】
種族 :人間
性別 :女性
年齢 :14歳
HP :188
MP :422
力 : 88
防御 :112
魔力 :326
早さ :102
器用さ:276
知力 :389
魅力 :402
武器適性
剣 :C
槍 :E
斧 :E
弓 :C
格闘:D
杖 :A
魔力適性
火 :A
水 :S
土 :A
風 :A
この人も、ステータスメッチャ高いな。
「ふふ、ここから先は危ない場所よ。あなたみたいな綺麗な子が行ったらいけないわ」
「でも、待ってる人がいるから」
涼やかな声でスラムに行く俺の身を案じてくれる。俺がそう言うと、フィーネさんは俺の身なりに気付いたのだろう。ハッとした表情を浮かべる。
「そう、なら仕方ないわね」
少しばかり憐れむ様子を見せると、肩にかけたポーチから袋を一つ取り出す。
「お詫びと言ってはなんだけど、これをあげるわ。皆と一緒に食べてね」
「ありがとう」
敬語を使おうかと思ったが、あやすようにこの女性に言われるとつい子供みたいに話してしまう。すこし恥ずかしくなりながら袋の中身を見ると、そこには色とりどりの飴玉が入っていた。この世界では少し値が張るものだろう。俺は本当に受け取っていいのか迷い、フィーネさんを見た。
「ふふ、遠慮しなくても大丈夫。私はフィーネ。こう見えて行商人なの。結構稼いでいるから心配しないで」
「おう、そしてあたしはシャーリー。フィーネの護衛だ。覚えとけ」
御者台からシャーリーが腕を組み、そのグラマラスな胸をグイッと強調している。……きっと、ステータスを見るに脳筋タイプなのだろう。
「あなたのお名前は?」
「……リコ、です」
名を尋ねられ、たどたどしく答える。やばい、いまだに緊張がとけない。これじゃあ、おしゃまな幼女みたいじゃないか……。
「そう、リコちゃん。いい名前ね。これは家族の人たちと一緒に食べてね」
まあ、家族ではないがアレクとエリスへのいい土産になるな。ここは遠慮せず、ありがたく受け取っておこう。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「ふふ、それじゃあね」
フィーネさんは俺の頭をそっと撫でると、馬車へと乗り込む。去り際にフィーネさんは手を振ってくれた。能力も高いのに、ちっとも傲慢じゃない。優しい人だなあ。
「よっしゃ、早くギルドにいこうぜ。クエストでガッポガッポだ!」
「はあ、本当は商いだけで稼ぎたいのだけど。でも商いをするにしても元手が必要だから、仕方ないわね」
去り際に、そんな二人の会話が聞こえてくる。どうやら冒険者としても活動しているらしい。まあ、あのステータスなら大方トップクラスの冒険者だろうな。
さて、俺も家へと帰るか。飴玉を懐に入れ、再び壺を持つ。早く食事の準備をせねば。それに思わぬお土産もできたし、あの二人もきっと喜ぶことだろう。しかし、今の二人は面白い組み合わせだったなあ。まあ裕福な身なりをしていたし、スラム住人の俺と再び会うことは恐らくないだろうが。