成り行きってやつかな
さて。ゴロツキ共を追い払ったが、この後どうすればいいのか。エリスは見たところ相当悪そうだ。HPも、以前見たときより低くなっている。今も壁に背を預けながら、ゼエゼエと呼吸を荒くしている。このまま放置したらマズイことになるのは明白だ。
では、秘密基地に運んで看病するか? あそこには色々と物も揃っているので、それが一番確実だろう。だが、二人を秘密基地へと入れてしまった場合のリスクも、絶えず俺の頭の片隅で警報と共に流れ込んでくる。
この二人が秘密基地をどうにかするとは思っていない。初めて会ったときから礼儀正しい子たちだった。スラムという魔窟に来ても周囲を見下さず、常に気を配っていた。それを俺は、あの炊き出しの場で確認している。
だが、いかにこの二人が今現在いい子だからって、それがずっと続くとは限らない。たとえ変わらなかったとしても、まだ二人とも幼い子供だ。ふいにポロリと秘密基地の場所を口にしてしまうかもしれないし、不用意な行動をして勘付かれてしまうことだってあり得る。そしたら俺は、あの楽園を手放して寒風吹きすさぶ路地裏生活へと戻らなければいけなくなってしまうのだ。
少しばかり長考した後、俺はアレクとエリスの様子を窺う。エリスは相変わらずだがアレクは既に驚愕から立ち直ったようで、じっとこちらを窺っている。そして一度俯こうとするも首を何度か横に振ると、キッと顔を上げる。その瞳の強さに、俺は一歩後ろへと下がってしまう。それを見たアレクは、俺に向かって慌てて叫んだ。
「待ってください⁉ 行かないでっ!」
俺が立ち去ると思ったのか、必死に引き留めようとするアレク。そして慌てて這うように俺の近くまで来ると、両膝を折り懇願してきた。
「妹が熱で動けなくなってしまったんです。僕には、何もできなくてっ……。お願いです! どうか助けてください! もし、もし妹を助けてくれるなら、僕にできることならどんなことでもしますっ! お願いですっ‼」
必死に地面へ、頭を深々と下げるアレク。その恥も外聞も投げ捨てた姿勢は、土下座と全く変わりない。そして、こういった行為に俺は非常に弱い。……止めてくれアレク、その懇願は俺に効く。
顔を上げ、真っすぐと俺を見据えるアレク。俺は溜息を一つつくと、覚悟を決める。もとより見捨てるつもりはなかったが、手を差し伸べるからには俺も腹をくくらなければならない。仮面に手をかけ、そっと外す。
「君は……リコ?」
アレクが驚愕に目を見張る。どうやら俺のことを覚えていたらしい。
「話は後にして。とりあえず、エリスを俺のねぐらに運ぶよ。早く行こう」
「ッ⁉ ありがとう。ありがとう、ございます……」
俺の言葉に目を見開くと、目に涙を浮かべ何度も頷きながら礼を述べてくる。まだ、大人の庇護が必要な年齢だろうに……。
「それも後だよ。大丈夫だから顔を上げて。まずは、とにかくエリスを休ませてあげないと。さあ、行こう」
俺の声に、アレクは小さく頷くと立ち上がる。そして、俺たちはエリスを両脇から抱えた。エリスの体は大分熱い。ぐったりとして動かないエリスを、俺たちは二人掛かりで必死に秘密基地へと運んでいった。
「よいしょっ、と!」
エリスを俺のベッドへ寝かせると、俺は大きく息を吐く。子供とはいえ自分と同じぐらいの年齢の子供を運ぶのは、二人掛かりでも中々に大変だった。エリスにシーツを掛けてやってからアレクへ振り向くと、興味津々といった様子で俺の秘密基地を眺めている。
「凄い……。こんなところが……」
「アレクも休みなよ。ここなら、襲われる心配もないからね」
俺の言葉に素直に頷くと、腰を下ろして壁に背を預けるアレク。ようやく安心できたのか、少しばかり疲れた表情を見せている。
「……エリスが回復するまで、しばらくはここにいるといいよ」
一度引き入れた以上、少なくともそれまでは面倒をみようと決めている。だが、その実他者と生活を共にするのが一体どういうことなのかと、少しばかりドギマギしている部分もある。血の繋がった家族以外と同じ屋根の下で暮らすなんて、初めての経験なのだ。
「ありがとう……ございます」
アレクは少しばかり気安い様子で答えるが、すぐにそれを改める。本当に義理堅い子だな。
「別に敬語じゃなくていいよ。あ、少しお湯を作ってくるね」
「え、お湯?」
俺は浴室へと行くと、土魔法で自作した洗面器に水魔法で水を満たす。そして、それを火魔法で加熱する。……この洗面器、ちょっと重いことが玉に瑕なんだよね。だから普段は浴槽で全て済ませてしまうが、今回は役に立ちそうだ。
お湯の入った洗面器を両手で持ち、寝床へと戻る。アレクは湯気の立つ洗面器を見ると、再び驚いた表情で俺を見つめてくる。
「リコは……落胤なの?」
「さあ、どうだろう? 俺にも分かんないなあ」
さんざん目の前で魔法を行使したためか、おそるおそるアレクが問いかけてくる。……まあ、誰だってそうすると思う。むしろ、今更といった感じも強い。きっと、今まで我慢してきたのだろう。
この世界は、貴族か魔法使いしか魔法が使えないとされている。人の能力を視れる俺はソレが俗説だと思っているが、まだ他者で試したことはないので確証はない。リコの血筋に、もしかしたら貴族や魔法使いがいた可能性もある。
「でも、さっきはリコの魔法で助けられた。本当にありがとう」
「ん、まあ成り行きってやつかな」
本当に成り行きってやつだ。この子達の動向次第では、俺のスラム脱出プランも大幅に変更を迫られるかもしれない。でも、受け入れた以上やるべきことはやらないとね。とりあえず、今はエリスの看病だ。
「それじゃ、エリスの体を拭こうかな。アレクは、あっち向いててね」
「……はい」
俺は洗濯しておいた綺麗な布を湯に浸し、エリスの顔や体を拭っていく。女の子ということで緊張したが、幸いにも未だ凹凸が少ない年齢のため、一切情感が動く様子はなかった。まあ、仮にも今は同性だし、アウトプットする器官も幸か不幸か存在してないからなあ。
一通り清拭を終えると、俺は洗面器を手に立ち上がる。これは外に捨ててくるかな。
「アレク、もういいよ。……アレク?」
声を掛けても、アレクの反応はない。よく見ると、彼は壁に背を預けて健やかに寝息を立てていた。……よほど張り詰めていたのだろう。俺は、アレクにも余りの布を掛けてやることにした。
「さて、夕飯でも作ろうかな」
病人に何より必要なのは睡眠と食事だ。幸いにも、野菜売りの親父に貰った野菜くずでない丸々としたキャベツもある。三人前とはいえ、お釣りが来るには十分な量だ。少しだけ奮発してしまおうか。俺は炊事室へ行くまえに、二人へと振り返る。ぐっすりと眠りについている二人を見ると、不思議な感慨を覚えた。……前世を思い出してから二年ぶりだろうか、自身の生活域に他者を踏み入れさせるというのは。
「……何か、変な感じだな」
前世でも、実家で暮らしながら一人旅とかを頻繁にしていた自分だ。おそらく、根っこの部分では一人が好きなのだろう。でも、今は何故か不思議と穏やかな気持ちになっている自分がいる。……もしかすると、俺は完全な孤独には耐えられない人間なのかもしれない。
波風たたぬ水面のような日々に、俺は満足はしていた。だけど今は、それが崩れるかもしれない予感に少しだけ心躍らされていた。