信頼
「うわああああああああああああああ」
「ノアッ⁉」
弾丸のようにガイへと向かって飛び出すノア。その速さと勢いに、咄嗟に制止しようと腕を掴もうとするも、指を掠めるだけであった。
「ああああああああああああっ‼」
「駄目よっ、止めてノアッ⁉」
エマの悲鳴がノアの叫びに重なる。しかし、ノアは動きを止めず、訝し気にそれを眺めるガイの腹部に向かって拳を叩きつけた。
ドスッ、と音が小さく響く。だが、それは所詮は年端のいかない少女の無力な一撃である。大の男にたいしたダメージを与えることも叶わないだろう。実際、ガイも大した苦痛もなさそうに一瞬無表情となり、ノアを見下ろす。
だが、次の瞬間憎悪を顔全体に滲ませ、顎を歪めながら絶叫と共に腰のナイフを引き抜いた。
「育ててやった恩も忘れやがってッ‼ この糞ガキャアアアアァ‼」
「やめてっ、ガイッ‼」
悲痛なエマの制止の声にもガイは止まらず、ガイの腹部に拳を突き立てたまま俯くノアにナイフを振り下ろす。躊躇っている時間はなかった。一瞬で魔力を練り上げ、風弾をガイの頭部へと放つ。まかり間違えてもノアに当たらぬよう、細心の注意を放ち、最速で確実に。
「グハッ」
その分威力は小さい。ガイは顔に風弾を受け、もんどりうって後ろへと倒れた。だが、それだけで十分時間は稼げていた。俺の魔法よりも早く駆け出していたスタンが、ガイが倒れるのとほぼ同時にノアへと辿りついていたからだ。
「こっちだ、ノア」
俺たちの下にノアを連れ、俺にノアを預けると、スタンは敵を警戒するようにすぐさま前へ向き直る。それと同時にアレクもまた、腰に下げた木刀を抜き放ち、ガイたちへと構えた。
「なっ⁉ 今のは?」
ガイが顔を押さえながら、戸惑ったように立ち上がる。その鼻からは血が滴り落ちていた。
「ま、魔法?」
「う、嘘だろ、おい⁉ あのモーラってガキ以外にもまだ魔法使いがいたのかよ」
手下たちが動揺したように俺を畏怖の目で見る。
バレてしまったか。だが、仕方ない。こうしていなければノアは護れていなかった。それに、俺が魔法を使えるということがバレても、それが即誰にも使えるということにはならないだろう。
「テメエらッ、怯むなッ! いくら、魔法が使えようと、あのモーラ以上の訳がねえっ! 隠してたってことは、そんな大層な力はまだ無ぇ。今の内なら殺れるっ‼ ここでなんとかしねえと、いつか報復されるぞ、殺せッ‼」
ガイが恐れおののく手下たちに檄を飛ばす。そして、魔法を使える俺と矛を交えたことで、遺恨を残すのが怖いのか明確に殺意を現してくる。
どうせ、魔法使いということがバレてしまったのだ。ならば、盛大にやるというのも一興だろう。俺は腕の中で俯くノアを一度強く抱きしめると、立ち上がろうと抱擁を解こうとする。だが、それをアレクが押しとどめた。
「姉さんはノアの側にいてやってください。あいつらは僕たちが相手をします」
「ああ、そうだな。エリスの姉貴と一緒に慰めてやってくれ」
そう言って、一歩前へと進み出るアレクとスタン。
「お前たち……」
だが、相手は喧嘩慣れした大人の体格を持つものが多数である。もしかして、魔法を使うつもりなのか。だが、それは今の段階では悪手だ。いまならまだ誤魔化しが利く。だからこそ、俺が奴らを殲滅するのがベストなのだ。
「大丈夫。僕たちはコレだけで相手をします」
俺の考えがわかったのだろう。アレクが己の手にした木刀を一つ振りかぶる。魔法は使わないということだろうか。
「でも、それじゃ」
いくら俺が日々強化し、同年代よりも圧倒的に秀でているとはいえ、ステータス的には少しばかりアレクよりガイの方が上だ。それに今はアレクは真剣でなく、木刀を手にしている。決して先走らないような慎重さを持つアレクが、そのようなことを言い出すとは。彼らの蛮行に、アレクも憤りを覚えているのだろうか。だが、それならば少しばかり危うい。蛮勇は身を滅ぼしかねない。
「心配しないでください、姉さん。僕は冷静です。あの人たちは弱い。僕やスタンなら造作もなく勝てる相手です」
「そうそう、ガタイだけいいデクだぜ、あいつら。かすり傷一つ負わないで勝ってやるよ」
アレクは物静かに言い放ち、スタンは相手方に聞こえるように嘲笑してみせる。
「餓鬼が……調子に乗るなよ。魔法も使えねえテメエらだけなら、訳なく殺すぜ」
その挑発にガイが憎悪を露にして、ドスの効いた声で威圧してくる。声を荒らげることなく、抑揚が利いており、その分明確な殺意が込められていた。そして、その顔には文字通り青筋が立てられており、まさに怒り心頭といった様子だ。歪んだその表情はまさにゴブリンもかくやと言わんばかりである。
「ハッ、ならやってみせてみろや」
「必要以上の威圧に、どこまでも卑怯なやり方。あなたの本質はただの臆病者だ」
しかし、そんなガイに臆する様子は微塵もなく二人は悠々とした態度で、その殺意を受け止めてみせる。
「……言われなくても殺ってやるさ。おうっ、お前らかかれっ! ここで男見せねえなら、後で俺直々にテメエらの息子を切り刻むぞッ‼ 殺せっ」
ガイの脅しに、いまだ躊躇いをみせていた手下も覚悟を決めたように手にした得物を構える。逃げた場合のガイの暴力が、魔法の脅威よりも上回ったのだろう。
俺も参戦するべきかと悩んだが、そのとき腕の中のノアが耐えかねたように震え、嗚咽を漏らし始めた。アレクとスタンを見ると、大丈夫だとばかりに頼もし気に笑って頷いてくれる。
「大丈夫だよ、お姉ちゃん。お兄ちゃんとスタン君は二人でこっそり特訓してたから。それにもし怪我をしても私がいるから大丈夫だよ」
エリスが俺とノアの隣に屈みながら、俺の肩に手を置き、陽気に笑う。その笑みには二人に対する信頼が見て取れた。俺は保護者たらんとする分、どうしても必要以上に心配してしまうのかもと、エリスの笑みを見て思う。
「アレク、スタン」
「はいっ!」
「おう」
俺は信頼を込めて、二人へと語りかける。
「頼んだぞ」




