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天眼の聖女 ~いつか導くSランク~  作者: 編理大河
パパ志願者と笑う少女
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報復


 固唾を飲んで、エマの言葉を待った俺たちの耳に届いたのは、しかし酷薄な拒絶の言葉だった。


「ノア、やっぱりあなたはわかってないのね。ごめんよ、そんな世の中もわかってない子たちの世話になるなんて」

「どうしてっ! こっちにくれば皆笑って暮らせるよ。ノア、エマ姉とバロンと、こっちで一緒に暮らしたい」


 バロンがノアが仲良くしている野良犬ということは、昨日聞いていた。ここでも暮らせるかと聞いてきたから、連れておいでとは言っている。狂犬病とかは心配だが、それはおいおい調べていけばいいことであるし、俺も犬は嫌いじゃない。


「バロン、ね。ノア、あの犬はね」


 バロンの名前を聞いたエマは、うつむく。その表情は、垂れた髪に隠れてわからない。その後に続くように、ガイが嘲るように笑い声をあげる。


「要するにお前は戻らねえってことだな。よかったぜ、こいつをどう誤魔化そうかって悩む必要がなくなった。おい」


 ガイが手下に声をかけると、一人の手下が何かが入っている袋を手渡す。いったいなんだろうか? 危険物なら警戒が必要だな。


「ほら、裏切り者のノアちゃんにプレゼントを持ってきてやったぞ」


そう言って袋の中から取り出したのは、何かの毛皮か。いや、あれは……まさか……。


「ほら、お友達のバロンちゃんでちゅよ」


 ドサリ、とこちらへと放り投げられ地に落ちたそれは、小さな毛むくじゃらな、犬。バロンは既に息をしていなかった。ダラリと開いた口から舌が垂れ落ちている。


「なんてことを」


 アレクが信じられないというように、小さく呟く。


「オメエが裏切って楽しくやってるって聞いてよ。腹立たしくて荒れてたら、手下の一人がこの犬のことを話してな。探し出してぶっ殺してやった。まあ、裏切者に対する正当な報復ってやつだ」


 哄笑するガイ。


「あ、ああ……」


 目を大きく見開き、バロンの遺骸へと駆け寄るノア。バロンを抱き上げると、信じられないといったようにエマを見る。エマもこの事実を知って、なおノアを取り戻せるとでも思ったのだろうか。後ろめたそうにしているエマを見ると、そうとは思えない。ガイが勝手にやったことだろう。

 

 だが、それでもまだノアの友であったバロンを殺した男のいるもとへノアを取り戻そうとしているのか。


「どうして……」


 ノアは掠れる声でエマへと問う。エマは、その視線から顔をそむけながら言い訳がましく弁明する。


「仕方ないじゃない、ガイがしたことなのよ」

「あなたはそれでも、こんなことをする男のもとへノアを置こうとするのか」


 エマはしかし、俺の言葉には一切目もくれず、耳も貸さない。ただ、見るのはノアのみだ。


「ねえ、ノア。犬ならまた飼えばいいじゃない」


 エマは諦めずにノアに手をさしだす。その様子はまるで何かに縋っているようだ。エマはエマなりにノアに想いを残しているのだろう。だが、それでもエマはガイの下を去ろうとはしない。男女として、ガイに愛情があるのか。エマはガイとノアのどちらかを選ぶという考えはないらしい。だが、最早そんなことはどうでもよかった。今一番大事なのは――




 ノアは手に中にいる小さな友を、じっと眺めた。腕の中にあるバロンにかつての温かさはなく、穏やかだった瞳は今は見開かれ白濁していた。


「どうして、どうして……」


 寒い夜に、独りぼっちの寂しさを癒してくれ、共に温め合った友人。エマ姉と同様に大事だった存在だ。リコ姉のところにいる時もその存在は忘れてはいなかったが、バロン自身で数日ぶらりといなくなることもあるし、問題ないだろうと考えていた。


 なのに、まさかこんなことになるなんて。これは自分のせいだ。自身が関わってしまったせいで、ガイに殺されてしまった。


「ねえ、私がまた新しい犬をあげるわ。今度はもっと綺麗な犬にしましょう。そうだ、今度は二人で一緒に世話しましょうよ。だから、ね、ノア」


 違う。そうじゃない。この子は自分にとっての大切だったのだ。他のものとは代えられない。でも、エマ姉にとってはそうではない、ただの野良犬でしかないのだろう。でも、自分にとってこの子が大切だったいう想いすらも、エマ姉にわかってもらえないという事実が、痛みと共に胸に刻み込まれる。


「ノア……」


 リコ姉が心配そうに、肩に手をかけてくれる。その優しさに触発され、お腹の中から熱い何かが込み上げてくるのがわかった。


 ばあやはただ黙って笑いながら頷いていろといった。でも、それでなんとかなるのは自分だけだった。死んでしまったこの子になにができるのだろう。


 ぶるり、と体が震えた。バロンをそっと下ろすと、拳を握りしめる。そこで、ようやく自分は怒っているのだとわかった。周囲の声もよくわからないほどに。だけど、あの男がいまだ自分を嘲笑っているのはわかった。自分の大切なものを二つも奪ったあの男だ。


 気付くと、いつのまにか駆け出していた。叫びながら、拳を握りしめ、憎い男へと目掛けて。





 


 




 


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