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「おい、待て。そっちは、部外者は立ち入り禁止だ」
研究棟に近い通路の扉を開こうとしたとき、近づく男に呼び止められた。警備員とは違う。私服だったが、警備員になかった馴染の殺気がある。ハルタン治安部……ならば、遠慮はいらない。私は振り向きざま男に麻酔銃を放ち、動きの止まった男を柱の陰に押しやった。
「おい、異常はなかったか?」
仲間が来た。一人、二人、三人……気づかれるか? ここはその前に……麻酔カプセルを転がした。
「おい」
「何だ?」
「足が、体が……」
「すぐ、本部に連絡を……」
残念、間に合わないな。さあ、これで少しだけ足止めできる。オメガが解除しておいた研究棟の第二ゲートを開けた。人の気配はない。するりと入りこみ、脇の部屋に身を隠す。研究棟で使われる消耗品がストックしてある。私は積み上げられた箱の後ろに潜んだ。すぐに足音が聞こえ、人声がした。
「各ゲートに三名ずつだ。外部の者はもちろん、ここの研究員も入れるなとの指示だぞ」
「滅多に部外者が入ることのないこの研究棟に治安部の俺たちが呼ばれるってのは、どういうことだ?」
「今、ハルタンは領を挙げての一大プロジェクトに取り組んでいるそうだ。その秘密を狙っている奴らがいるらしいのさ」
「例の凶悪犯のこともある」
まことしやかに答えた者がいた。ふん、その凶悪犯とは私のことだ……まったく誰のせいで凶悪犯に仕立て上げられたと思っているのだ。そっちの治安部長が絡んでいるのだぞ。だが、文句を言おうにも、証拠がいる。
「おい、見ろ。ここのゲートのロックがされていないぞ?」
気づいたか……
「まさか」
ハルタン治安部員たちが浮足立つ。
「本当だ。いつからだ?」
「手違いか?」
「こんな時にか?」
「侵入者かもしれん。上に知らせろ。見回りを厳重にしろと伝えてくれ」
ばらばらと足音が散った。さて、マリアとアロはどこだ。私は大小の箱の間で身をかがめつつ、二人の居場所を考えた。あらかじめ頭に入れた研究棟の見取り図では、特に人を押し込めるようなところはない。一方、ほとんどの部屋に頑丈なロックが付いていて、防音も備えている。
「万一のために見回っておこう」
「一つ一つ調べて行くしかないな」
治安部員がマニュアル通りの現実的な対応を始めた。
「よし、俺が行ってくる。見張りは動くなと言われているから、二人はここにいてくれ」
見回りを買って出た男が、早速この部屋の扉を開いた。外の二人はまだしゃべっている。
「それにしても、あの男の方は治安部なんだろう?」
ん?、これはアロのことだ。
「なんでまた?」
「裏切り者さ」
外の声は苦々しい。こっちは凶悪犯、アロは裏切り者か。おっと、男が近づいてくる。大きい。私は懐から特殊なワイヤーを手に、男の背後から襲いかかった。
「ぐっ」
男は呻いた。が、そこまでだ。男の首には私のワイヤーが絡みついている。
「連れて来られた二人はどこにいる?」
私が少しでも力を入れたら、男の首は締まる。この男も職業柄そのくらいは承知しているはずだ。手を緩めなければ話せないが、もともと話すことは期待していない。
「一階には実験室が三つ」
私は男の目を覗き込んだ。
変化なし。
「二階にはヒビヤルドの接待室。一人きりかな?」
少し目線が動いた。治安部員として人を捕縛し、尋問する訓練は受けていても、自由を奪われ、生命の危機を感じつつ、何も気取られないでいる訓練はそう行われるものではない。ということは、リン・メイは接待室か。
「二階は他にはヒビヤルドの書斎と研究室、そして資料室がある」
私は続けた。
変化なし。
「そうだ、一階は動力室と……」
動揺した、隠そうとしても無駄だ。
「そんなところとはね。マリアが可哀想だ」
男のみぞおちに一撃。
「うごっ」
「おっと、静かに」
更に背中に肘を落とす。男はガクッとよろめいたが耐えた。防御用スーツだ。やっぱりこっちか……懐から出した麻酔を嗅がせ、男が崩れ落ちると、そこに転がしてドアを開いた。




