98
「オメガ、待たせてすまない」
「イイヤ、コチラモ、ジタイガ キュウヘンシタ」
「ヒビヤルドか?」
「ソウダ。マリアガ ツレサラレタ。リンガ ヒビヤルドト コンタクトヲ トラナケレバ マリアハ イキテ イージスビョウインカラ デラレナイト ヒビヤルドハ イッタ」
「脅迫か。リンはコンタクトを取る気か?」
「トルキダ。ヒビヤルドニハ ハルタンノ チアンブガ ツイテイル。リンガ ハルタンノチアンブカラ ノガレラレルカクリツハ ヒクイ」
「オメガ、新しい選択肢だ。ゼフィロウの治安部長を使え」
「ゼフィロウノ チアンブチョウヲ ツカエバ リンノ タスカルカクリツガ マス。ガ、リンハ イママデドウリデハ イラレナイ」
「選べ、オメガ」
「リンノ アンゼンガ ユウセンジコウ。 ソノ ジョウイニ クルノハ、リンノ イシ、リンノ シアワセ。ダガ、イシ、シアワセ、ハ テイギガ コンナン……」
電脳であるだけに、これはオメガには難しいか。ならば……
「私に従え、そして、リンに選ばせろ」
「ワカッタ。ソノママデ マテ」
やった……
モニターにP1で見かけた若い男、マリアを迎えに来ていたリン・メイ、神殿で見た映像そのものの男が映った。
「リン・メイ?」
「はい。あなたがゼフィロウの治安部長?」
「ああ、ラビスミーナ・ファマシュだ。ヒビヤルドがコンタクトを取るようマリアを使って脅迫してきたようだが」
「そうです。僕はマリアを取り返さなくてはならない」
「待て。私も行こう」
「いいえ。もう、イージス病院にいます」
「モルモットにされるぞ」
「しかし、僕のせいで……マリアの命がかかっているんだ」
「お前が行っても利用されるだけだ。信じてくれ。私がマリアを取り返す」
「見返りにゼフィロウは何を要求するのですか? 結局、ゼフィロウもハルタンと同じではないですか? 僕は、生きるためにはどこからも逃れなければならない。ハルタンとゼフィロウ、どこが違う?」
リンは寂しげに笑った。
「リン・メイ、命を弄ぶようなことは、許されないんだ」
「しかし、それを正当化するために、ヒビヤルドならあらゆる美しい理屈を用意する。そして、それはゼフィロウも同じでしょう」
「リン、マリアは私の友達なのだ」
私は訴えた。リン・メイはほんのりと笑みを浮かべた。
「友達? 友達、か……ならば、ゼフィロウの治安部長、マリアを守ってください」
スクリーンからリンは姿を消した。
「オメガ、リンを止められないのか?」
「ムリダ」
「ぐずぐずしてはいられないな。私もこれからイージス病院へ行く。切るぞ」
「マテ。ヒビヤルドニハ ハルタンチアンブガ ツイテイル。ソウリョウジカンノ ブリョクヲ ツカッテモ ゼフィロウノ チアンブチョウガ ハルタンチアンブニ タイコウスルノハ ムズカシイ。シカモ、ムコウハ マリアヲ ヒトジチニスル」
「そうだ、オメガ、お前にできることは?」
「イージスビョウインノ デンノウニ シンニュウシ ベンギヲ ハカルコトガデキル」
「いいぞ。まずは、できるだけ怪しまれずに病院に入りたい」
「ワカッタ」
「オメガ、お前を私のブローチに登録する」
「ニンショウヲ オクル」
スクリーンに現れた暗号をブローチ型の電脳に登録した。
「よし。じゃ、また後でな」
スクリーンから離れた。
「ラビスミーナ様……」
マルトが待っていた。
「ああ、送ってくれ」
「総動員いたしましょうか?」
「その準備はしてくれ。でも、まずは、私がマリアとアロを取り返し、リン・メイを確保する」
「おひとりで? それは無理があります。私も行きましょう」
「いや、マルトは待機だ。こちらには正々堂々乗りこめるような証拠がない。こっそり行くしかないのだ」
「しかし、ラビスミーナ様だって身元が知れたら大変ですよ」
「まあ、なんとかするさ。もう行く。こうしている時が惜しい」
「わかりました。しかし、あなたの身が危ないと思えば、私の判断をさせていただきます」
「任せた」
直ちに服を着替えた。一見地味な黒のスーツだが、戦闘用だ。そして、武器を仕込む。総領事館のエアカーに乗り込み、イージス病院の近くの大通りで降りた。
イージス病院は、他の医療施設と比べて別格の感がある。大きく、落ち着いていて、洗練された建物だ。正面の医療施設は機能性重視のロータリーを持っているが、奥の二つの建物の周辺は遊歩道になっており、その奥には、目に楽しい果実の成る木々が植えられている。
「オメガ、病院正面の大通りを歩いている。どこから入ればいい?」
「オクノ ニュウインビョウトウ二 ツヅクイリグチガ ムカッテヒダリニアル ソコヲトオレ。カンシノモニターニハ ショウガイヲ オコス」
「わかった」
私は左入口に向かう人々に紛れ、おしゃべりに興じている女性のバッグから覗いている身分証明カードを失敬し、何食わぬ顔で受付を通った。
「ソノママ ビョウトウヲ ヨコギリ、ナラビノ ケンキュウトウニ ハイレ。ケンキュウトウ ダイニゲートノ ロックヲ カイジョシテオク」
「了解」
オメガがいるのでモニターの心配はしなくてもよさそうだが、病院関係者の目がある。その上、警備員が見回り、身分証明カードのチェックを行っている。私は凶悪犯だったわけだから、セシルとしても、このラビスミーナとしても、映像としてチェック対象に入っている可能性がある。とにかく彼らの目に触れないことなのだが、こちらに向かって歩いてくる警備員がいる。私は家族そろって見舞いにやって来たらしい人たちに紛れながら、警備員をやり過ごし、親切な職員に病室の案内をしてもらって、隣の研究棟の第二ゲートに向かった。




