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「ナオミ、どうした?」

「ラビスミーナ、私、どうしたらいいかしら?」

 なんなんだ、オメガとの大事な問答の時に……そうは思ったが、ナオミは真剣そのもので、明らかに動転していた。

「何か、あったのか?」

「そう。ええと、何から話せばいいかしら?」

「落ち着いて。思いつくことからでいい」

「そう、そうね。ネッド、ネッド・カプリマルグス。知っているでしょう?」

「ああ。治安部長の秘書官の一人だ。今日ナオミに会いに来ていた」

「そう、そうなの。その彼がまた訪ねて来て、マリアのスケッチブックを貸してくれと言うの。マリアったら、スケッチブックを客間に置き忘れて行ったのよ。ネッドは客間で私を待つ間、それを見ていたらしいの」

「それを借りたいと? 何故だ?」

「わからないわ。でも、とてもしつこくて、怖いくらいだった。とにかく、マリアが取りに戻った後だったから、スケッチブックは無いと言ったら、マリアの居所を教えてくれと言うの。私、断れなかった。第一、私が言わなくったって、治安部の秘書なら、マリアの住まいなんてあっという間にわかってしまうもの」

「そうだろうな」

「私、ネッドが帰ってみると、様子がいつもとあまりにも違っていたのが気になって……それでね、マリアに連絡したの。でも、マリアと連絡が取れないの」

「通信を切っている?」

「ええ」

「出られない用事があるのかもしれないが、確かにネッド・カプリマルグスの様子が変だったとなると、気になるな」

「そうでしょう?」

 ナオミは勢いづいた。

「ナオミ、ネッドが欲しがったスケッチブックはマリアの仕事用だろう?」

「ええ、そうよ。でも、ちょっとした絵なんかも描いてあって、中には人物画もあるの」

「人物画? どんな?」

 思わず声が大きくなった。

「あの、若い男性。みんな同じ人よ。とても生き生きと描かれていて……あれって、マリアの思い人かしら? それにしては若かったけれど。とにかく、私は気になって、すぐにアロに相談したの。そうしたら、マリアのところに行ってみるって。ねえ、ラビスミーナ、聞いてる?」

「あ、ああ。そうか。それで、アロは何も言ってこない?」

「ええ、アロとも繋がらないのよ。私、なんだか心配で。それでロリーさんに教えてもらって、あなたに連絡することにしたの。ねえ、アロはどうしたのかしら? 何かあったのかもしれないわ。私、嫌な予感がするの。私のせいであなたが治安部に追われた。今度はマリアなの? アロのことも巻き込んでしまったの? ネッド・カプリマルグスは、これはハルタン治安部の、いいえ、ハルタンのこれからに大きくかかわる最重要事項なんだとわめいていたわ。そんなこと言われても……ハルタンの重要事項なんて、どうでもいいわ。ああ、アロはどうして答えてくれないの? 私、どうしたらいいのか……」

 ナオミが泣き出した。

「ああ、ナオミ、落ち着いて。マリアを、いや、二人を探してみるから。マリアはどこに住んでいる?」

「ランプ通りの、ホテルロザリー」

「わかった」

「もし……もし、アロにも、何かあったら……」

「大丈夫だ。すぐ、手を打つから。少し待っていてくれ」

「ありがとう、ラビスミーナ」

 通信を切った。

「マルト、ホテルロザリーに誰かをやって、マリア・ラデューを保護してくれないか? 一緒にハルタン治安部のアロ・タンベレもいるかもしれない」

「わかりました」

 マルトがすぐに指示を出す。

「間もなくわかりますよ」

「ありがとう。しかし、まずいな。ハルタン治安部は、どうやらマリアとリン・メイとのつながりを知ったようだ」

「何故わかったのです?」

「マリア・ラデューのスケッチブックの中に、リン・メイの肖像画があった。それを見たネッド・カプリマルグスが慌てて動き出した」

「スケッチブックにある肖像画を見たカプリマルグスは、それがあまりにリン・メイに似ていると思い、治安部に戻ってゼフィロウで解析されたリン・メイの画像を確認した。そして、スケッチブックの人物がリン・メイだと確信し、ハマリ家に戻った……こんなところでしょうか」

「ああ、アロにもあの画像を撮った時の詳しい報告をしろとせっついていたし、この件についてかなりかかわっているはずだ。秘書官ならば当然だろうが」

「先手を打たれましたね」

 マルトが苦い顔をした。

「残念だが、そういうことだ。先手を取ったつもりが、寸でのところで先を越された」

 マルトに連絡が入った。マルトの表情が厳しい。

「マリア・ラデューの部屋はもぬけの殻でした。ホテルの従業員の話によると、マリア・ラデューの住む部屋に背の高い男が訪れ、その直後に、別の男が男が入って行ったそうです。映像で確認したところ、初めの男がネッド・カプリマルグス、次に来たのがアロ・タンベレでした。それから、間もなく救急車がやって来て、気を失っているマリア・ラデューとアロ・タンベレを運び去ったそうです。ネッド・カプリマルグスもその救急車で姿を消したと」

「やられたな」

「ハルタンらしい。救急車なら、問答無用で部屋に入り込み、二人を連れ去ることができますね」

「救急車の行先はわかるか?」

「残念ながら、問題の救急車を特定することはできません」

「そうか。ところでマルト、エッレル、ヒビヤルド、それから高度医療施設の件で来ているゼフィロウの役人たちに監視はついているな?」

「はい」

「変わった動きのある者はいないか?」

「特にはないと思います。今日は全員が医療施設の視察に出ています。視察終了後は個別に他の施設を見て回っても、ホテルに帰っても構わないそうで、すでに半数以上はホテルに戻っています」

「そうか」

「ジャンは?」

「お待ちください」

 マルトがジャンについている職員に確認した。

「まだ視察中です」

「報告した職員はジャンについているのだろうな?」

「はい」

 マルトがジャン付の職員と話す。マルトが頷いた。

「ラビスミーナ様、視察は限定された者しか受け付けられませんので、ブロム氏についている職員は密かに外で待機中です」

「待機中? それでは役に立たない。何とか入り込めないのか?」

 マルトがジャン付の職員に確認した。

「施設のガードが固く、警備員は特別な訓練を受けているようです」

 マルトは私を見た。

「特別な訓練? 医療施設にか?」

「ええ、まるで治安部の特殊な訓練を受けた者のような雰囲気だったと」

 おかしい……おかしいじゃないか……胸騒ぎがした。

「マルト、申し訳ないが、代わってもらえないか?」

 私はマルトから端末を預かり、ジャンについている総領事館職員と直に話した。

「ラビスミーナ・ファマシュだ。聞きたいことがある」

「はい」

 相手はすぐに応じた。

「ジャンの他にその施設を視察しているのは?」

「主に厚生課の職員ですが、オラヴ・エッレル卿、パイアール議長もご一緒でした」

「エッレルと、パイアール議長?」

「はい。お二人は先ほど施設を出ましたが」

「二人で先に出た、と?」

「はい。あっ、ラビスミーナ様、厚生課の職員も出て来たようです」

「ジャンは?」

「姿が見えません」

「ジャンがいない?」

 私とマルトの目が合った。

「わかった。ジャンが出てきたらすぐに連絡をくれ」

 端末をマルトに返した。

「まだ、残っているのは……ジャンだけだ」

「何か、あったのでしょうか」

 マルトが言った時だった。

「総領事」

 職員が駆け込んだ。

「ジャン・ブロム技術開発部長が事故で亡くなりました」

「何だと? 確かか?」

 マルトが叫んだ。

「はい。施設の責任者に呼ばれたハルタンの治安部が確認したそうです」

 ジャンが……死んだ? ヴァンと一緒にいる時のジャンは、最高会議に顔を出すジャンとはずいぶん違っていた。普段のジャンはもっとずっとリラックスした顔をしている。有能で、実直。ヴァンのよき理解者でもある。私にとっても、最高会議の中では一番気心が知れた人物だった。あのジャンが、死んだだと? ヴァンが、せっかく知らせてくれたのに……守ることができずに、殺させてしまったのか……次々とジャンの姿が浮かび、苦く、重苦しいものが胸の奥で膨らんでくる。

「ラビスミーナ様」

 マルトの声が私をこの場に引き戻した。

「で、いったい、どういうことだ? 説明しろ」

 私は、胸の奥から湧き出したものを押さえつけ、駆け込んで来た職員に目を向けた。

「それが……施設見学中に誤って水槽に落ちたそうです」

「誤って……水槽に落ちただと? それだけか? そんなことで納得できるか」

「しかし……それ以上は……ハルタン治安部は詳細を調べた上で報告するとの一点張りで、詳しい情報を求めても、返答はありません。遺体の返還も拒まれました」

「エッレル、パイアール……よくもやってくれたな。ハルタンの治安部も覚えていろよ」

 呟く私にマルトがはっとした。

「し、しかし、ラビスミーナ様、ブロム氏を残して二人が帰ったというだけでは証拠になりません。しかも、まさか、パイアール議長が? もし、間違いだったら……」

 マルトは言ったが、最後まで聞く気はない。

「二人の行先は?」

「お待ちください。ええと、エッレル卿は自宅、パイアール議長は……」

 別の端末に問い合わせたマルトがすっと顔を上げて私を見た。

「パイアール議長は、リーガル病院、だそうです」

「リーガル病院か。ヒビヤルドの病院だ。奴に呼ばれたか……ヒビヤルドは確保したマリアからリンの情報を引き出すか、それともマリアを使ってリンをおびき寄せるか……まずいな、その前にリン・メイの身柄をこちらに確保できればいいのだが。やはり、オメガだ。オメガを説得するしかないな」

「しかし、電脳を説得とは」

 マルトが絶望的に首を振った。

「あいつは電脳とは思えないくらいなのだ。マルト、とにかく、ここまでのことを父上に報告しておいてくれ。それと、手遅れになることだけは避けたい。リン・メイの電脳を上手く説得できなかったら、仕方ない、切り上げて、踏み込む」

「イージス病院へ、ですね」

「そうだ。イアン」

 私はマルトに答えると、そのままスクリーンから情報部イアン・レオを呼んだ。

「何だ、せわしいな」

 イアンは敏感に私の気配を察した。

「たった今、総領事館にブロムが施設を視察中に死んだと報告があった」

「何だと?」

「一緒にいたのはエッレル卿とパイアール議長だ」

「エッレル卿は怪しいと思っていたが、パイアール議長……? ラビスミーナ、パイアール議長を疑っているのか?」

「まだ、決定的な証拠をつかんだわけではないが」

「それで?」

「パイアール議長への金の流れを調べるのは、治安部か情報部か?」

「そう来たか……よし、こっちにやらせてくれ。それで、そっちの望みは?」

「トゥヌ・クルヴィッツ、ヨーク・ローツ、およびルイーズ・ベネットの殺害について、あらゆる情報を私の副官グリン・レヴに提供し、捜査に協力して欲しい」

「わかった」

 イアンは頷き、通信を切った。さて、いよいよ正念場だ。私は中断されているスクリーンに向かった。


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