96
「マルト」
総領事室に顔を出し、声をかけた。
「ああ、お帰りなさい。首尾はいかがでしたか?」
「うん、いろいろわかった。だが、まずはジャンだ。こちらに来ている技術開発部長のジャン・ブロムにそれとなく警護を付けてくれ」
「どういうことです?」
「ヴァンから連絡があった。様子がおかしいらしいんだ。何かを掴んだのかもしれないが、身の危険がある。何しろ、相手はゼフィロウの人間、しかも、こちらに招待されている客の中にいる可能性が高い。すべての人物を疑ってくれ」
「そのように配慮いたします」
「それと、電脳を借りたい。どんなものでもいい。ここのシステムから切り離されたものがいい」
「わかりました。ですが、電脳を使って何を?」
「うん、リン・メイの電脳オメガにアクセスするのだ」
「ですが、失礼ですが、それができるようなら、ハルタンの治安部か、情報部が既に成功させているのではありませんか?」
「そうなのだが、ダメでもともとだ。何とか、オメガの気を引くつもりだ」
「はあ」
マルトは気の抜けた返事をした。正直者め。だが、やってみなくてはわからない。私だってだてにヴァンと付き合っているわけではないのだ。電脳の一つや二つ、言うことをきかせられなくてどうする(これについてはヴァンが何というか知らないが)
マルトと総領事館の情報管理室に入り、職員からポータブルのスクリーン付電脳を借りた。
「何かお手伝いすることは?」
マルトが聞いた。
「いや、今のところは。ありがとう」
スクリーンに向き合う。さてと。どこまで行けるか。餌になりそうなワードを小出しにし、相手をそれとなくおびき寄せるという方法もあるが、それができるほど私は電脳にたけているわけではない。しかも、時は迫っている。悠長になぞなぞごっこをしている場合ではないのだ。私はマリアっが言っていたように、電脳を広域に繋いだ。そして、情報を大盤振る舞いに投入することにした。
「リン・メイ、ホリー研究棟、エバ・メイ、メイ薬草園、トゥヌ・クルヴィッツ……」
「ダレダ?」
即座に文字が現れた。よし、応答が来たな。早速相手の気を引いた、と言うか、知る人ぞ知るこの情報を広域にそのままにしておけないという訳だ。そして思った通り、大した容量だ。こちらの電脳を強引に一対一対応のプライベート通信に切り替えてきた。他の者に気付かれたくないのだ。それに、こちらの情報も集める気だろう。なかなか好奇心が旺盛だ。だが、それは願ってもない。かくれんぼは時間の無駄だ。回り道はしない。
「ラビスミーナ・ファマシュ」
「ゼフィロウノ チアンブチョウ、ソシテ リョウシュ エア・ファマシュノ ヨウジョダナ?」
「そうだ。お前はオメガか?」
「ソウカモシレヌ」
かもしれぬとは……なかなか洒落た応対だ。
「シッテイルカ、リンハ ウタウ。リンの名は?」
オメガは質問を始めた。
「カノルだ」
「トゥヌ・クルヴィッツノ ハナハ?」
「薔薇。クルヴィッツ医師は薔薇の瓶を使った」
「デハ、リンノ ハナハ?」
「ユリ。ユリは不凋花、不死の花だ。だが、オメガ、こちらからも言わせてもらう」
「ナンダ?」
ぐずぐずしてはいられないのだ。
「Maria Lily」
「ヨウケンハ?」
「リン・メイと話がしたい」
「ドンナハナシダ?」
「今のリンの状態では、かくれんぼも長くは持つまい。ハルタン治安部、そして恐らくその背後に領主ロマン・ピートがいる。彼らは血眼になってリンを探しているぞ」
「リンノ テキハ オオイ。ラビスミーナ・ファマシュガ ミカタニナル ホショウハ ナイ」
「保障か……」
端末が鳴った。爺さんだ。
「オメガ、ちょっと待ってくれ」
オメガに断わって、画面を見た。だが、出たのはナオミだ。少々気が抜けた。




