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「お話は終わった? お茶を入れるわ」
ナオミが顔を出した。
「ありがとう、ナオミ」
マリアは答えた。あれだけのことを一気に話し終えた後で、マリアは頬を上気させ、生き生きと見えた。マリアはリン・メイのことを自分の存在をかけて受け止めている。リンを愛しているなら、不安がないはずはない。なのに、静かにそれに耐えている。そんなマリアに話をしてもらえたことが嬉しかった。マリアから聞いた二人のやり取りをかみしめていると、トレイにティーセットを載せて来たナオミが、茶を注ぎながら盛大にぼやいた。
「嫌になっちゃうわ。ネッド・カプリマルグス。両親の前で私との結婚をほのめかすんだもの。もちろん否定したわ。私……」
カプリマルグス家とハマリ家か。私は現実に引き戻された気がした。
「アロがいるから?」
少々意地悪く聞いてみた。
「そう。私、ここにいると自分が自分じゃなくなりそう。ニエドかミアハあたりに行って自分のお店を持ちたいわ。もちろん、アロと、あの、結婚して、ね」
まったくナオミらしいが、私はさらに追い打ちをかけた。
「ナオミ、アロはその話は知っている?」
「まだですわ、ラビスミーナ様、ご存知でしょうに」
ナオミは拗ねた。
「まあね。それと、ナオミ、ラビスミーナでいい。マリアもそう呼んでほしい」
「嬉しいわ」
ナオミが笑みを浮かべて機嫌を直し、マリアが頷いた。それぞれが自分の胸の内と会話しながら爽やかな香りの茶を味わっていると、やがてマリアがナオミに聞いた。
「それで、そのカプリマルグス様は?」
「まだ客間にいるわ。そろそろ帰ると思うけど」
「私も総領事館に戻ろう。マリア、早速彼と接触を図ってみる。今日はありがとう、ナオミ」
「どういたしまして」
「私もそろそろお暇しなくては」
マリアも言った。立ち上がりながら私はふと思い出した。
「ナオミ、リジエの療養所は、今はハマリ家のものだと聞いたが、その前の持ち主はオラヴ・エッレルだったね?」
「ええ、そう、ピート様の叔父上のエッレル卿よ。以前はよくここにも訪ねて下さったのだけれど……」
「所有していた療養所を手放したのは経済的理由だろうか?」
「詳しくは知らないけど、そんな噂も聞こえていたわ。ほら、これがその方」
ナオミは電脳を開いてここを訪れた当時のオラヴ・エッレルの映像を見せてくれた。これは……見たことがあった。爺さんと一緒にレースを見に行った時、貴賓席にいた男、レポが機嫌を取っていたあの男だ。なるほど、爺さんへの脅迫が不十分だったことを知って、レポを使って爺さんを再度痛めつけようとしたか。
ナオミの部屋を出た。別れ際にマリアが真剣な顔で言った。
「ねえ、ナオミ、自分がどうしたいかがわかったら、次には動かなくては。そうしないと絶対に希望はかなわないわ」
ああ、その通りだ。でも、自分の希望が無理だと決めつけて、流れに身を任せようとする人のなんと多いことか。
だが、これを聞いたナオミは目を見開いた。
「マリア、さっきの話ね? 大人で、分別のありそうなあなたから、そんなこと言われるとは思わなかったわ」
ナオミは心底嬉しそうだった。




