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マリアは息を吸い込んで、また話し始めた。
「リンが、クルヴィッツに復讐しても不思議ではなかった。リンは年を取ったクルヴィッツがリジエの施設で暮らしていると知って、彼を訪ねたの。クルヴィッツは、精神的に異常をきたしていて……リンが面会に行った時も、椅子に座ってぼんやりと庭を眺めていたそうです」
「マリア、あなたはリンに会ったのですね?」
「はい……リジエ療養所でナースの話を聞いたものの、不安で……そこへ、リンから連絡があって……」
マリアはほんのり頬を染めた。
「リンは話してくれたわ。リンはナースに老クルヴィッツは以前自分の祖母と懇意だったこと、祖母亡き今、思い出の品を彼に渡したいと言って近づき、お見舞いの花やお菓子と一緒にクルヴィッツがエバに与えた毒の瓶を見せたと言っていました。私も見せてもらったけど、瓶は普通の薬瓶と違って、とても洒落ていたわ。バラの形をしているの。あんなにきれいな瓶に……」
マリアは言葉を切り、私の顔を見た。
「その瓶を見ると、クルヴィッツの表情が変わって、記憶を受け継いでいるリンにはわかっていたことだけれど、でも、この時、確信したそうです。やはり、エバはこの男に殺されたのだと」
「クルヴィッツは彼がリンだと気づいた。そして、その瓶を見て、自分のしたことを思い出したわけだ」
「リンはそう言っていました。クルヴィッツはその目を大きく見開いて、リンを見つめたそうですわ。リンは何も言わず、ただ付添いのナースに挨拶して帰っただけ」
「だが、その後、クルヴィッツは自殺した」
「でも、リンの罪にはならないでしょう?」
マリアは身を乗り出し、私の腕をつかんだ。マリアは必死だった。
「罪に問うわけにはいかないでしょうね」
私は答えた。マリアはほっと息を漏らした。
「ラビスミーナ様……よかった。私がバナムで出会ったリン、つまり、エバと一緒に葬儀が行われたリンは、エバの実家にいた頃、おじい様のヘイノ・メイからピアノとチェンバロを、おばあ様のリヨ・メイからは声楽を学んだのですって。それで一時バナムの大学に籍を置いていたの。それから間もなくエバの実家に戻り、エバと死んでいる。次のリンはエバの電脳を改良して財をなし、やがて、今のリンに代わった。今のリンは、久しぶりに薬草園を訪れたんですって。その頃、私はハマリ氏が新しい施設のために求めていたデザイナーに応募するため、あちこちの建築やその内装を見て回っていたわ。その時なの。ちょうどこの町のリジエ療養所とその周辺を見学させてもらっていた時、町の瞑想所で今のリンがピアノを何気なく弾きだすのを見たのは。体が震えたわ。だって……私はバナムで彼を見て以来、彼の姿が頭から離れず、その音は事あるごとに私の心の中で響いていたのだから。私は、思わずピアノを弾くリンに駆け寄って言ったわ。『私、その曲を聞いたことがある。あなたはそれを弾いていた人にそっくりなの。もちろん、その人は今なら四十歳の中ごろでしょうけれど。あなたは彼の親戚の人かしら』って」
「彼は、リン・メイは何と答えたのです?」
「『いいえ、他人の空似でしょう』彼は……今のリンは、そう言って微笑んだわ」
マリアは喜びと怯えの混じった感情の中で揺れているようだった。
「それから?」
私はそっと促した。マリアが話を辞めてしまいそうで怖かったのだ。だが、幸いそんなことはなかった。マリアは押さえつけて、おそらく自分で何度も再生させてきた記憶を言葉にするのが嬉しいようだった。
「私はこのまま離れてしまうのが嫌で、何とか理由をつけてリンを食事に誘ったの。リンは承知してくれた。そうね、今考えたら、人はどう思ったかしら。私は三十の半ばに近くて、彼は、十八か十九ってところだったもの。でも、その時は何とも思わなかったわ。あの時は夢中だった。何を話したかしら? そうそう、私は自分のことを話したわ。私の出身は手工芸や手工業で生計を立てる人が多いミアハで、私の家はインテリアを扱っていて、特に壁紙、壁の加工をやっている。兄は父の跡を継ぎ、豪華で、しかも繊細な技法で裕福な家々から支持を得ているけど、私の方は植物や魚や貝殻、小さな動物をモチーフとした画風で別の客層を得ていて、兄も私もミアハで勉強をしたけど、一時期、父に感性を磨けと、芸術の核バナムで勉強したことがある、とかなんとか。リンは私の絵を見てみたいと言ったわ。それで、また会う約束をしたの。リンは退屈な顔もせずに私の話を聞いていた。自分のことは、まだほとんど話さなかったわ。でも、音楽が好きなのはわかっていたから、私はリンの弾いていた曲の一部を歌ったの。笑われたわ、そんなのだったかと。私はあなたのように音に敏感じゃないもの、と言ったら、僕も絵はだめだよと言って笑った。私は嬉しかった。あの孤独な音を奏でていた彼とそっくりな人が、楽しそうに笑うのを見てね。それから、言ってしまったの。『でも、本当に似ているわ』って。そうしたら、『まんざら関係がないわけでもないかも』リンは言って私を見つめた。『僕が、その男だったら?』『ありえないわ』私は答えたわ。だって、そうでしょ? そうしたら『信じない?』って聞くのよ。私、その時言ったの。『あなたがそう言うなら、信じてもいいわ』って。今考えても、魔法にかかったみたいな気持ちだった。リンはあんなに若いのに、リンを前にして、私は自分がほんの小娘のような気がしてしまったの」




