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 もともとエバ・メイの実家では薬草を栽培していた。エバの両親が亡くなった後は、親類の手で屋敷ともども薬草園は売りに出され、近隣の同業者が買ったという。行ってみると、広々とした敷地に立った温室群がオートメーションで管理されて、薬草園は工場のようだった。

 工場の脇に単車を止め、屋敷に続く細い道を行く。荒れた庭の中にぽつんと立つ屋敷だが、かつては豊かな家だったのだろう。洒落たドア、窓の飾り、広いベランダ……だが、その屋敷も今では荒れ果て、誰も住んでいないことが一目瞭然だった。丈の高い草の中を歩き、正面玄関に立つ。異常を探知するヘアピンが反応した。やはり……私は苦笑した。ドアには僅かな電流。この家は監視されている。だが、それだけのようだ。中に危険はない。(今の段階でのことだが)こんなことをするのは、ハルタン治安部か。いや、ひょっとすると、こっそりリン・メイが仕掛けておいたのかもしれない。ドアにはもちろん思念で開く仕組みの鍵がかかっていた。私はポケットから特殊なナイフを取り出してドアの周囲をなぞり、思念受容器を探して無効にすると、ドアを押し開いた。僅かな電流が集まる先の装置もついでに破壊する。これで私の情報は届かないはずだ。しかし、監視する電脳には異常を知らせる警報が入っているに違いない。異常を察知してやって来るのは、ハルタン治安部か、リン・メイか。リン・メイ本人が登場してくれれば手っ取り早いのだが、それは虫のいい話だろう。

 埃とカビの匂いからして、ここは長い間開かれることはなかったようだ。白く積もった砂埃の上に足跡がつく。リン・メイにかかわる情報は既に持ち去られた後だろうが、それでも、ここにいると当時の暮らしが想像できる。ホールから応接、居間、キッチン、寝室、大小五つのベッドルーム、サンルームにバスルーム、大きな書斎に、古いチェンバロの置かれたサロンもある。リン・メイはピアノを弾くのだったな……外見は小型のピアノのようなチェンバロは、個人の職人の手によるものらしく、象眼ぞうがんの美しい花々で装飾されている。花はユリに見える。私はチェンバロに近づき、蓋を開けた。古びて色がくすんだ鍵盤は軽く動く。触れられるのを待っていたかのように、明るい音が響いた。チェンバロの内部を開けた。砂塵と埃が少々。が、きれいなものだ。製作者の名とともに「永遠なる私のカノルへ」と彫り込まれている。棚には古い楽譜があった。書斎には動かなくなった電脳と古風な筆記具、家の記録、特にリンについての記録はない。居間にも映像の類は残っていなかった。あるのは薬草園の絵、かつてのメイ家のものだろう。メイ薬草園と書かれた下に、ユリの花が描かれていた。ユリは薬草として使われていたか? 私にはこの知識はない。そう言えば、チェンバロの装飾もユリだった。埃をかぶったキッチンの食器棚の手作り風のカップと皿に目が留まった。カップにはそれぞれ別の花が描かれていて、名前が入っている。ヘイノ、リヨ、これはリンの祖父と祖母だ。そして、エバとリン。待てよ、リンの横にカノルと綴ってある。カノルはリンのことか? 皿にもリンのものには同じようにカノルとある。花はユリ。そうか、ユリは不凋花、不死の花とも言われる。彼らはリンのことを理解し、受け入れていたのだろう。

 ふと、窓の外を見た。ハルタン治安部のエアカーから男が二人降りて屋敷に向かってくる。面倒なことは避けるに限る。急いで例のナイフでドアをシールドし直し、裏口から外に出た。こっそりと工場横の単車に戻る。幸い、目をつけられていない。薬草園の物だと思われたのかもしれない。(それを願ってそこに置いたのだが)私は二人がドアを破壊して中に入るのを確認すると、来た道を引き返し、単車を走らせた。ゼフィロウ総領事館の周辺で、相変わらず監視を続けるエアカーの横を堂々と通り過ぎる。別に呼びとめられても構わない。もうセシルではないのだから。ラビスミーナがプライベートでハルタンを訪れたところで、何の問題もない。表向きは。むしろ、呼び止められたら、嫌味の一つも言ってやるつもりだった。が、残念ながら、止める者はいなかった。


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