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また端末が鳴った。マルトからだった。
「マルト、どうした?」
「情報部長イアン・レオから通信が入っています。単車のスクリーンに繋ぎたいのですが?」
「わかった」
「それと、ロリー・ラスキングを襲った二人の暴漢ですが」
「わかったのか?」
「はい。ヴァルド・ビーとニック・マンです。二人ともハルタン治安部に所属していましたが、暴力沙汰の不祥事を起こし、辞職。この時の直属の上司が今の治安部長フリードリヒ・ハイダーです。二人が辞職という形で収まったのもハイダーのとりなしがあり、ハイダーとはそれ以後、つながりがあるようです」
「なるほど。ありがとう、マルト」
庭を横切り、単車のスクリーンをオンにして、再び総領事館に繋いだ。
「では、切り替えます」
画面がマルトからイアンに変わった。
「やはり、ハルタンで動いていたわけだ」
画面に現れると同時に、イアンは言った。
「知っていたのだろう?」
「まあ」
「それで、用件は?」
「エア様から圧力をかけられたよ」
「父上が?」
「ああ。治安部長と情報を共有せよと。ただし、これを言うのも、父だからではない。ゼフィロウのためだときっぱり言われた」
「近いうちにこちらから話を持ちかけようと思っていたのだが」
「その気があったわけか」
「効率を考えれば、当然の話だ」
「私もそう思う。それで、こちらの捜査の進捗状況を治安部長に話しておこうというわけだ」
「ありがたい」
「まず、メヌエットが送られたダミーの製薬会社だが、代表のマット・ブッシュを見つけた。が、名前を貸しただけで今回のこととは関わりがなかった。マット・ブッシュの陰にいたのはシナ・ヒビヤルドだ」
「イージス病院の病院長だな」
「彼は潔癖な理想主義者、その上、自己顕示欲が強い。クローン治療の研究において業績を上げ、人々の尊敬を集めていたが、最近になってその文献に間違いが指摘され始め、焦っている。ヒビヤルドは、ハルタンはセジュの人のためなら、あらゆるものを利用できると唱え、前ハルタン領主ゲラ・ピートに多大な影響を与えた。現ハルタン領主ロマン・ピートからの信頼も厚い。ロマン・ピートの叔父オラヴ・エッレルとはかつての同僚であり、親交もある」
「らしいな」
「知っていたか」
「ついさっき」
「ヒビヤルドはこっちの治安部長のフリードリヒ・ハイダーとも懇意だ。一方、ヒビヤルドはお父上の友人ハニヤス・レンバ氏に対してはぶつかることも多かったそうだ。そしてな、ローツは熱心にヒビヤルドの講演を聞きに行っていた。母親をイージス病院に入れたのも、ヒビヤルドを慕っていたからだと言う者もいる。実際、ヒビヤルドの口利きもあったそうだ」
「そう言えば、ローツは『信念』と言っていた」
私はローツが最高会議に呼び出された時のことを思い出した。
「だが、その『信念』がヒビヤルドの影響を受けたものかどうかはわからん」
さすがに情報部は軽はずみなことは言わない。
「ヨーク・ローツはヒビヤルドのイージス病院に呼び出されて殺されたのだったな?」
「殺されたか、自殺か、結論を出すには時期尚早だ」
「そうか?」
時期尚早、なんて忌々しい言葉だ。だが、まあ、これが彼らのやり方だ。
「ともかく、ヒビヤルドの影が見え隠れするその会社に三つのメヌエットが送られたことは確かだ。そのうちの一つをヒビヤルドが持ち、後の二つは、厄介なことに、領主のロマン・ピートのもとにあると思われる」
イアンは言った。
「メヌエットの使い道は?」
「ハルタン当局が探しているあの青年と関係があるのではないか? 治療目的で、その上、本人の意思で研究に協力するなら、レンも文句は言えまい」
「そうだな」
私は頷いた。そのためのメヌエットだ。恐らく何らかの形でハルタン当局はリン・メイと接触しようとした。が、リン・メイはこれまで姿を現さなかった。明らかに、彼らに利用される気はないのだ。遺体は不用心とも思えるやり方で海中に沈めながらも、その映像は撮らせず、追跡しようとすれば、追跡をかわす手立てをとっていた。
「リン・メイの意志がどのあたりにあるか、または、どこまで逃げられるか、だな」
「ああ、ハルタン領主たちは強引にリン・メイを確保し、操るためにメヌエットが必要だった」
私は言った。
「甥のカップからロマン・ピートらの動きを知り、リン・メイを追っていたレンバ氏が、ゼフィロウからメヌエットが盗まれたと知って、今、領主の城でメヌエットのありかを探っているらしい」
「ハニヤスはピート家の親戚筋だ。城を訪ねることは可能だが、危険も大きい」
「それにしても……いったい誰だ、ハルタンにメヌエットの話を持ちかけ、まんまと盗み出したのは?」
苦虫をかみつぶしたような顔のイアンに、私は聞いた。
「レンの調査の結果は?」
「それが、容疑者が特定できず、暗礁に乗り上げている」
「何てことだ……ハルタンにたっぷり時間をくれてやったわけか」
苛立った。
「少なくともレンの調査団にそのつもりはないのだろうがな」
イアンはなだめるように付け加えた。
「ろくな証拠も持たないレンが何と言おうと、リン・メイがいる限り、ハルタンの野心はくすぶり続ける」
「そうだな、治安部長。我らゼフィロウの知ったことではないと言いたいところだが、メヌエットのこともある。核同士の力関係のこともある。目は離せない」
イアンは厳しい顔をした。
「リン・メイと思われる青年とその恋人の映像がある。総領事館で確認してくれ」
「それは大した情報だ」
「それと、ホリー研究棟を知っているか?」
「ホリー研究棟?」
「リン・メイの母親、エバが働いていた。当時働いていた研究者が数人自殺している。詳しいことはマルトに聞けば分かる」
「そのようにさせてもらう」
「ああ、情報をありがとう」
通信を切った。




