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「とにかく……クルヴィッツさんはこちらで完璧な介護を受け、不幸にも自殺という最期を迎えてしまったものの、それまではお幸せだったというわけですね」

「そう、そうなのよ。何の不平も、不満もなかったはずだわ」

 若いナースは胸を張った。

「ああいう、ちょっと心の病気を持った人は何をするか完全に把握することはできないものなの。心のうちに映っているものが、普通の人と違うんだから」

 彼女は笑った。割り切らなくては、健全な彼女の方が参ってしまうのかもしれない。でも……クルヴィッツの心に映ったのは何だ?

「それじゃ、そろそろいいかしら?」

 ナースはせかせかと言った。

「ああ、どうもありがとう。大変参考になりました」

 私はナースに礼を言い、受付の前を通った。受付の女性が顔を上げたので会釈した。

「ここはどうでしたか? ご満足いただけました?」

 彼女が聞いたので、答えた。

「ええ、ありがとうございます。静かで落ち着いていますね。建物はどっしりとしていて歴史を感じさせるのに、最新の設備も入っている」

「まあ、さすがにゼフィロウの方だこと。でも、この設備は何年か前にやっと入ったんですよ。それまでは古くて使いづらくて、ここに赴任してきた医師もナースも呆れていたわ。これでもハルタンの療養所かって。いくら歴史のある建物だと言っても、ね。それが、ここの持ち主が変わってやっとのことで……」

 彼女はきまり悪そうに口をつぐんだので、私は首をかしげて、声を潜めた。

「前の持ち主は、どなただったのですか?」

「それは……オラヴ・エッレル氏ですわ」

「ふうん、そして今は?」

「アール・ハマリ氏なの」

「どちらも有力者なのでしょうね。ハルタンの有力者は、必ずと言っていいほど医療関係の経営に関わっている」

「そうなの。エッレル卿はピート様の叔父様で血筋はいいの。研究者としても立派だったらしいわ」

「研究者? 研究分野は?」

「クローン、だったかしら。そう、確か、そうだったわ」

「クローン研究者か」

「でもね、経営はお得意ではなかったようよ。だから、ここを手放すことになったの」

「なるほど。何もかも得意な人はいませんからね」

「そうなのよ。だから、別に声を潜めて話すことでもなかったわね。でも、あまり余計なおしゃべりをしていると怠慢だと言われてしまうわ」

 彼女は、こっそり奥を窺った。面会人は少ないので、そんなに根を詰める必要もないと思うが、療養所の士気にかかわるのかもしれない。

「こちらもそろそろ失礼します。あなたが注意される原因にはなりたくないですから。ああ、そうだ、あと一つだけ。シナ・ヒビヤルド氏をご存知ですか?」

「ええ、もちろん。有名な研究者であり、医療に携わる者の指導者ですもの。エッレル卿がこちらのオーナーだった頃は、よくここでも講演会が開かれていたそうよ。そうそう、自殺したトゥヌ・クルヴィッツさんは、ヒビヤルド氏の紹介でこちらにお入りになったとか」

「そうでしたか……貴重な時間をどうもありがとうございました」

 私は礼を言い、外へ出た。大きな木々が茂る療養所の庭の散歩道を歩く。

 端末が鳴った。

「セシル、タンベレだ。ナオミから連絡があって、マリアが来ているそうだ。約束をたがえてしまって悪かったと謝って、今、リフォームの打ち合わせをしているそうだよ。元気そうだとナオミは言っていた」

「そうか」

 マリアはここに来て、知りたいことを知り、安心して帰った……クルヴィッツが死ぬ前に訪ねてきた若い男は、恐らくマリアと一緒にいた彼、リン・メイだ。リン・メイは、何のためにクルヴィッツを訪ねたのだ? マリアは安心して帰ったと言うが……クルヴィッツの死とリン・メイとはどんな関係がある? リン・メイの母親、エバ・メイの実家はここからそう遠くはない。これから訪れるのはそこだ。

「セシル?」

「昨日リジエの療養所にマリアが来ていた。私は今リジエ療養所にいる。ナースから話を聞いたよ。マリアは、トゥヌ・クルヴィッツのことを聞いて帰ったそうだ。というか、彼が自殺する前に会った人物について、かな?」

「誰だ?」

「マリアの彼」

「……ひょっとすると、リン・メイ?」

「ハニヤスからさらに話を聞いたようだ」

「そうだ」

「アロ、マリアと二人で会いたいのだが、ナオミに計らってもらえるだろうか?」

「ちょっと待て。すぐに聞く。これからこっちに戻るのか?」

「この近くにリン・メイの母親の実家があるらしい。行ってみるつもりだ」

「そこは持ち主が変わっているそうだが」

「そうらしいが、ちょっと寄ってみたい。すぐに戻る」

「わかった。また何かあったら連絡するよ」

 アロが端末を切った。すっかり情報を共有し、仲間と認定されている。人のつながりとは不思議なものだ。


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